シェアハウス?
あれよ、あれよと言う間に森野とのシェアハウス同居の話は進みGWの初日が入居日と言う事が決められていた。
憂鬱な俺の気持ちとは裏腹によく晴れた入居日当日、取り敢えずの着替えや生活用品を詰めたキャリーカートをひき、親父にもらった住所と地図を頼りに、シェアハウスの場所を探していた。
ふと見ると、通りの向こうから同じように、キャリーカートをひきながら、地図を片手にキョロキョロしている人影があった。
「あれぇ?番地あってるよね?」
白いレースの半袖シャツに七歩丈のジーンズ、ベージュのサンダルといったいでたちの、
少しくせのあるショートヘアーに、
小生意気そうな小動物系の大きな目を見開いて
左手に持った地図と近くの建物を交互に見比べているその少女はー
俺が最も会いたくないにも関わらず、これから嫌でも顔を合わせて、一緒に生活していかなくてはならない…俺の許嫁とされているー森野林檎だった。
「森野。」
俺は仕方なく声をかけた。
「あっ。せんぱーいっ。」
森野は顔をパッと輝かせて駆け寄ってきた。
この間、俺に押し倒されて脅されたことなど、きれいに忘れたように全く警戒心のない笑顔で。
こいつはバカなのか?それとも俺を、舐めているのか?
「よかったー!合流できて。シェアハウスの場所がどこか分からなくて、困っていたところだったんです。」
「いや、すまないが、俺も場所が見つけられないでいるんだ。シェアハウスっていうからには、寮のような施設だよな。」
「そうですよねー。この辺住宅街で、一軒家の建物ばかりで、それらしい建物がないですよね。」
森野も首を捻っている。
「管理人の連絡先を聞いてるから、連絡してみるか。」
俺は地図の枠外に書かれた連絡先に電話をしてみた。
「あ、もしもし、今日シェアハウスに入居予定の里見ですけど、はい、すぐ近くの通りまで来ているんですけど、場所が分からなくって…、はい。すみません。よろしくお願いします。」
電話を切ると、森野に説明をした。
「管理人さん、すぐ、通りまで迎えに来てくれるってさ。」
「そうですか。よかったー。」
と森野が言うやいなや、目の前の一軒家に停まっていた白いライトバンのドアが開き、
50代位の男性が俺達の前に現れた。
「あ、もしかして、里見さんですか?」
「はい。そうです…けど…。」
「私、管理人の杉田です。なんだ。迷ったっておっしゃっていたけど、ちゃん辿り着いてるじゃないですかぁ。
あ、あなた、森野さん?」
管理人の杉田さんは森野の方を見やった。
「は…い…。」
状況が今一歩飲み込めない俺と森野をよそに、管理人の杉田さんは、続けた。
「よろしくお願いしますね。私は管理人の杉田です。一駅先の、シャレール杉ノ田という学生寮の管理人を兼任してまして、いつもはそこに常駐してますが、何か困ったことがあったら、すぐ、駆けつけますからね。ご連絡下さい。はい。これ、名刺。」
杉田さんは俺に名刺を手渡した。
「あ、はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、早速家の中をご案内しますね。」
と言って、杉田さんは足早に目の前の一軒家に向かったので、森野は慌てて声を掛けた。
「あ、あのっ。」
「はい?」
「シェアハウスと伺って来たのですが、ここって普通の一軒家じゃないですか?」
「ああ、一応シェアハウスの扱いにはなってますよ。建物の形に厳密な決まりはありませんのでね。なんでも、学生寮に空きがないので、急遽入れるシェアハウスを探されていたとかで、ちょうど急に転勤されたご夫婦の一軒家を借りられて、管理を任されたんですよ。
あれ?ご両親から聞かれてない?」
俺と森野は引きつった顔で頷いた。
「いやぁ、私も男女二人だけで住まれるっていうから、大丈夫ですか?って聞いたんですがね。あなた方許嫁なんですってね?近々結婚されるって事でそれまでの間、最低限の管理だけでいいって事だったから…。」
「……。」
「……。」
「あははっ、まぁ、人それぞれご事情はありますよねっ。さぁさっ、ご案内しますよ。どうぞどうぞ。」
杉田さんは俺達の不穏な空気を読み取って、
苦笑いしたが、明らかに深入りしたくなさそうな感じで、今どきの若い夫婦が好みそうな新しい一軒家の水回りやガスの設備など、最低限案内して、家のカギと保険の書類を俺に渡すと、あっという間に帰ってしまった。
玄関先で、呆然とする俺に、先に気を取り直した森野が取り繕うように言った。
「あ、あはは…。思ったより、自由度の高いシェアハウスなんですね。でも、よかったですね。きれいなお家に住めることになって。」
うんうん、と自分にも言い聞かせるように頷いていた。
俺は、諦めたように大きくため息をついた。
「取り敢えず、荷物を各自で部屋に運ぶか。」
家の中の間取りは一階部分に、玄関から進んで右奥には洗面所、フロ、トイレなどの水回りの設備があり、左側に広めのリビングがあり、カウンター越しにキッチンが見える。既に、テーブル、ソファー、テレビ、冷蔵庫などの必要な家具や家電は揃っているようだった。リビングのすぐ脇には、二階に続く階段があり、その少し手前右側には6畳ほどの部屋があった。
部屋のドアには吸盤で付くタイプのドアプレートがかかっており、そこにはりんごのイラストと共に、”りんごちゃんの部屋”と書かれていた。
「私の部屋って書いてある!」
森野は部屋のドアを開けて、歓声をあげた。
白いレースカーテンに、赤系のベッドカバーとラグ、木製の本棚、机、チェストなど女の子らしいインテリアは森野のど真ん中だったらしく、うっとりと言った。
「一人の部屋ができるだけでも嬉しいのに、
今日からこんな素敵な部屋に住めるなんて夢みたいです…。」
「森野は実家では一人部屋じゃなかったか?」
「はい、うち、狭いんでいーちゃん、かっくんと兄弟3人一緒の部屋です。やっかましいですよ。」
ふふっと森野は笑った。
年頃の娘が、元気そうな小1の双子と同部屋って…。その環境でよく勉強とかできたな。
俺には想像もできない世界だった。
「先輩の部屋はどこでしょうか?」
「あぁ、一階にはなさそうだから、多分二階だろ?ちょっと上に上がってくる。君、先に荷物でもおろしていたらどうだ?」
「あ、はい。ではお言葉に甘えてそうさせてもらいます。落ち着いたら、二階も見に行きますねっ。」
森野は秘密基地を見つけた子供のように、わくわくしている様子だった。
いい気なもんだよ。全く。
二階に上がると、小さな洋室が2つと少し大きめの部屋があり、大きめの部屋のドアには、“浩史郎の部屋”と書かれたプレートがかかっていた。
部屋の中を見ると、机や本棚などは実家で使っていたものをそのまま運び込んでいるだけだが、まず目に付いたのは大きなダブルベッドだった。
「何だこれは?!親父達は何を考えて…。」
そして、ベッドの上に何か小箱のようなものが
置いてあった。
嫌な予感のするまま手に取ると、それは、まぎれもなく、ベッドで使う例のアレで…!
女性に優しいゼリー入りと謳い文句が書かれた
箱の下の方に、
『まだ、高校生だから、節度を持ったお付き合いをしてね。』
と母の字で書かれた付箋が貼ってあった。
「あんの、クソ両親共!!何考えてんだぁ!?」
堪えきれず、俺は絶叫していた。
「先輩?大きな声出してどうしたんですか?」
そう言いながら、森野が階段を上がってくる音がした。
「い、いや、何でもない!来なくていい!!」
「えー、でも先輩の部屋も一度見てみたいですしー。どんな感じですかー?」
森野が部屋を覗いた瞬間俺は持っていた小箱を
ベッド下の隙間に投げてスライディングさせた。
「わー、こっちも広くて素敵なお部屋ーっ。
あれ?先輩のベッドすごく大きくないですか?」
「そ、そうか?」
例のアレは間一髪見つからずにすみ、ほっとしたが、ベッドの大きさは隠しようもなく、森野に指摘されてギクリとした。
「あっ、もしかして…。」
森野は何かに思い当たったように、ニヤリとした。
「な、何だよ?」
「ふふっ、先輩もしかしてすっごく寝相悪いんじゃないですか?」
俺は森野の天然ぶりに、ホッとするやら苛々するやら、複雑な気分だった。




