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ガンズ&キャットパウズ  作者: 黒崎江治
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第8話 かつて友と呼んだ者

「この国の政府が横浜駅地下の封印を断念し、一帯の治安回復を放棄し、〈(ケージ)〉がいまと同じような形になってまだ間もないころだった。かつてこの場所に住んでいた人々がほとんど逃げ去って、代わりに胡乱な人間たちがどんどん流入してきていた。状況は混沌を極めていたよ。屍食猫(グラット)の数もいまよりずっと多かった。


〈覚醒世界〉の猫たちもこの事態には対処しきれず、〈夢幻世界〉の猫たちに助けを求めた。そういうわけで、ぼくを含めた猫たちが〈(ケージ)〉にやってきたんだ。しかし中には結構不埒な連中も混じっていてね。ここぞとばかりにカルトを組織する者、猫としての本分を放棄して人間を支配下に置こうとする者、人間の無法者たちと組んで好き勝手に生きる者なんかが続出した。


 当時のぼくはそういった勢力を牽制しつつ、均衡の回復に励んだ。そのために組織されたのが黒獅子騎士団だ。ぼくは仲間の猫や人間と肩を並べ、最前線で任務に就いていた。数えきれないほど惨状を目にし、大事な仲間を失ったことも一度や二度ではなかった。それでもなんとか災厄の拡大を抑え込み、多少なりとも秩序を取り戻すことに成功した。屍食猫(グラット)を根絶することこそできなかったけれど、その数は大幅に減った。


 当時若かったぼくにとっては困難な仕事だった。とても困難な仕事だった。疲弊した心は段々と〈(ケージ)〉の景色と同じように荒んでいった。そんなとき慰めになったのは、〈(ケージ)〉に来てからできた人間の友人だった。彼女はミルカという名前で、〈夢幻世界〉からやってきたバステト女神の祭司だった。


 なにごとも最後までやり通す意志を持っていて、どんな存在に対しても優しく、心の底から猫と人間を愛していた。本当に大切な友人だったよ。彼女がいなければ、ぼくは早々に使命を放棄し、どこか遠い人間の家で、怠惰な飼い猫として生活することを選んだかもしれない。


 しかしよいことばかりではなかった。ぼくと親しくしていたせいで、ミルカは悪意の対象となった。ぼくと彼女の関係が深いことを知った敵対組織――フェリス秘密教団の前身――が彼女を拉致したんだ。要求はぼくの裏切りだった。教団の操り人形となり、騎士団の情報を絶えず流せというものだった。


 ぼくは大いに苦悩した。確かにミルカはこれ以上ないほどに大事な友人だったが、かといって騎士団の仲間もその大義も、ないがしろにしてよいものではなかった。しかし安易に事情を打ち明ければ、捨て置けと言われるのは分かり切っていた。当時の騎士団に感傷が入り込む余地などなかったからね。ひとたび判断が下されれば、ぼくはそれに従うしかなくなる。ミルカを救うことはできなくなってしまうんだ。


 いま思い返してみれば、もっとよい方法があったのではないかと思う。しかし当時のぼくは未熟で愚かだった。だから誰にも言わず騎士団から飛び出して、たった一人で教団の拠点に乗り込んだんだ。相手の要求を呑んだふりをして不意をつき、死に物狂いで暴れた。何匹もの猫を傷つけ、殺し、ぼく自身も深手を負った。


 毛皮を濡らしている血が誰のものかも分からない。自分のものか、敵のものか、猫なのか、人なのか。それでもぼくはなんとかミルカを見つけ、教団の拠点から連れ出した。しかし彼女はショックのせいか、あるいは拷問でも受けたのか、意識が長い間朦朧としていて、そのうえずっとあとになっても、記憶のかなりの部分が失われたままだった。ぼくのこともほとんど完全に忘れてしまっていた。


 ここが一番愚かな部分で、ぼくはミルカの状態にすっかり困惑してしまったんだ。自分が大切に思っていた女性に忘れられて、激しく動揺してしまった。本当なら当分は彼女に寄り添って、助けてやるべきだったんだ。しかし自分勝手なぼくはそうしなかった。二度と教団に狙われないよう〈(ケージ)〉の外に連れ出して、信頼できると思った人間に預けただけで、無責任にも彼女のもとを立ち去ってしまった。


 それから自暴自棄になったぼくは、騎士団にも〈(ケージ)〉にも戻らず、各地を放浪した。十年以上経ってからようやく多少の冷静さを取り戻し、このあたりに帰ってきたのだけれども、そのころにはミルカの消息も知れなくなっていた。


 結局ぼくは〈(ケージ)〉に戻り、しかし黒獅子騎士団には戻らないまま、形ばかりの探偵事務所をはじめた。以降、大した信念を抱くこともなく、猫と人間とのバランサーを気取っているというわけなんだ」


 語り終えた所長はしばらく目を閉じ、過ぎ去りし日々に想いを馳せていた。


「ほとんど女の話かよ。つまんねえ」


「ちょっと夏音さん」


「過去は大事じゃねえんだよ。いまヤバくなってる人間がいるんだから。結局、黒獅子騎士団とは話ができる状態なのか? どうなんだ?」


「ぼくは騎士団を裏切ったわけじゃなくて、せいぜい不義理をしたというだけだから、敵視まではされていないと思う。向こうはぼくの存在を認識しつつ、無視してるってところじゃないかな。クセルクはさすがに、気にかけてくれていると信じたいけど」


「そのクセルクって人……じゃなくて猫が、所長の知り合いですか」


「当時の仲間だよ。いまは団長だ」


 思いのほか重たいエピソードを発掘してしまって戸惑ったが、僕は僕で遠慮をしてはいられないのだ。そのクセルク団長に会って話を聞けば、姫花の消息を掴むための端緒でも見つけられるだろうか?


「彼は赤煉瓦城塞にいるだろう。あそこが黒獅子騎士団の本拠だ」

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