第7話 ヤナギ堂のふたり
拳銃を持った見張りと一匹の猫がいる換金所で、僕たちは肉球を現金に交換した。サイズによって少々値段が違うらしく、巨大な屍食猫の肉球は一つ六千円にもなった。
合計の収入は手数料を引いて三万六千円。その中から夏音さんは、これは依頼料に充当される分とは別にしてやると言って、僕に半額を渡して寄越した。
鉛と血で購った現金を手に、僕たちはヤナギ堂へと向かう。
その店は事務所から歩いて十分ほどの場所にあり、元々はカフェであったらしい物件を改築して造られていた。とはいえ中に電気はついておらず、看板もバス停にある表示板にペンキで描かれたものがあるだけなので、一見して店とは気づきにくい。
軒先には一台の軽トラックが停まっていた。道中で見かけた廃車とは違い、しっかりと整備されているようだ。仕入れや運送などのために使っているのだろう。
夏音さんは普段からヤナギ堂を利用しているらしく、慣れた様子でドアを開いた。
彼女に従って中に入ると、物資で溢れた狭苦しい店内が目に入った。それぞれの品物は陳列してあるというよりも、単に保管してあると表現した方が近い。
「あー、夏音ちゃんだ」
店の奥にはカウンターがあって、そこには髪の毛を水色に染め、沢山のピアスをつけた少女と、分厚い眼鏡をかけたボサボサ頭の男性がいた。甲高い声をあげたのは少女の方だ。彼女はデスクトップ型パソコンのモニタから目線をあげて、こちらに明るい笑顔を見せた。
「よう凛風。弾丸をくれ。いつものACPと、44マグナム、二箱ずつ」
「そっちの人は彼氏か?」
凛風と呼ばれた少女の言葉には、わずかに中国系の訛りがある。
「そんなもんだ。省吾、お前も食いたいもん買っとけ。また来るのは面倒だから」
「夏音ちゃん、少しは照れたり怒ったりしてくれないと」
「うるせえ」
「早乙女サン、マグナムってまだあったか?」
凛風が傍らの男性に話しかける。彼は作業台に置いた金属の筒を磨いたり、部品を取りつけたりしている。銃器だろうか? 部品の一つには〈Curiosity〉と刻印されているのが見えた。
「お、お、奥の棚に残ってるとお、思うよ」
早乙女と呼ばれた男性は、どもりながらぼそぼそとした声で答えた。それを聞いた凛風が奥に行く間、僕は品物の中から粉チーズとタマネギと鯖缶を選び、カウンターに置いた。男性は目線を下げたまま黙っている。どうやら寡黙なタイプらしい。
そのうち、凛風が弾丸の箱を持って戻ってきた。
「自己紹介するか? ワタシは凛風。こっちは店長の早乙女サン。無口だけど、チンコがでかい」
「や、やめてよ凛風ちゃん」
男性が工具を取り落とすと、彼女は声をあげて笑った。
「深見省吾です。一時的にネメオス所長のところでお世話になってます」
「夏音とはもう寝たのか?」
「…………」
「省吾はちょっとからかい甲斐のあるタイプだな?」
「コイツの妹さんが行方不明なもんで、いま捜してんだよ」
夏音さんが気にする風もなく言う。
「アー、ちょっと可哀そう。妹さん何歳だ?」
「十八です」
僕は答えた。
「んー。でももういい大人だな? 自分の意思でいなくなったのかもな?」
「攫われたんですよ。目撃者もいます。凛風さんはその……顔が広いって聞いたんですけど」
「そういう評判もあるな。でもなんでも知ってるわけじゃないぞ」
「最近〈檻〉のすぐ外とか、すぐ内側とかで活動してる犯罪者、知りませんか。女性を攫うようなヤツらはいませんか」
「犯罪者な……。このあたりは犯罪者だらけだけど……」
凛風は少し考えるような素振りを見せたあと言った。
「最近変わったことといえば、フェリス秘密教団の動きが活発化してて、黒獅子騎士団との抗争が激化してるっていうのがある。もしかしたら〈檻〉の外でも、教団がなにか工作してるかもしれない。それが姫花ちゃんの拉致と関係あるかどうかまでは分からないけどな。教団の動きについては、騎士団のヤツらがピリピリモードで方々巡回してるから、なにか知ってるかも?」
「フェリス……?」
また怪しげな名前が出てきた。
「そういえばどっかでドンパチやってたって聞いてたわ。アイツらが関わってくるとめんどくせえな」
夏音さんがガシガシと頭をかきながら、手近な段ボールに腰かけた。
「教えてください、夏音さん。秘密教団とか騎士団ってどんな奴らなんですか」
「おう、教えてやれ。ちょっと長くなりそうだからお茶淹れてきてやるな」
僕は夏音さんに強く乞うて、それらの組織について教えてもらうことにした。薄暗い店内。しばらくの沈黙を挟んでから、彼女は口を開く。
「なにから話すかな。お前、所長からバステト女神のことは聞いたか?」
「ええ。猫が理性と知恵で、人間が勇気と技芸っていう話を」
「そういう神話があるわけだ。で、バステト女神のことをことのほか熱心に崇めてんのがフェリス秘密教団。ただ所長いわく、かなりねじ曲がった神話の解釈をしてるらしい。穏健な団体じゃないのは確かだな。トップは猫だけど人間もかなりいる。ただ、大体は洗脳された連中だ」
「さっき言ってた猫の異能ってヤツですよね。そんなに強力なんですか」
「まあ、洗脳が得意なヤツが教団のトップになるんじゃねえの。教義の方はわたしもよく理解してなくて、どうもバステト女神を〈覚醒世界〉に喚び出す、とかそんなことらしい。そんでもって世界を変革するんだってさ。ヤバいだろ」
その教義に従って世界が変革されるとどうなるのだろう。壁で封印されている〈檻〉の混沌が解き放たれ、〈覚醒世界〉と〈夢幻世界〉が混じりあい、所構わず屍食猫が跳梁跋扈する。そんな空想が僕の頭をよぎった。
「じゃあもしかすると、姫花は教団に洗脳されたり、生贄になったりしてるんじゃ……」
「んー、言うこときかすために洗脳は当然やってるとしても、バステト女神が生贄欲しがるってのは聞いたことないな。それにもし人間の生贄が必要だったとして、わざわざ〈檻〉の外まで攫いに行くか? 別に〈檻〉の中と外で人間の種類が違うわけじゃないだろ?」
「処女じゃないとダメとかな。姫花ちゃんが処女かどうかは知らないけど」
お茶を淹れて戻ってきた凛風が茶化す。
「処女もまあ、探せばいるだろ」
「騎士団の方はどうなんです?」
僕は尋ねた。
「黒獅子騎士団の方は、秘密教団に比べるとまともだな。アイツらは〈檻〉の中に猫と人間の自治領を作ろうとしてる。軽く洗脳されてるようなヤツらは多いけど、無理やり従わされてるって感じのは少ないな。
それに、自治領を作るってのを掲げてるだけあって、電気とか水とか管理してくれてんだよ。〈檻〉の外とも繋がりがあるらしい。とはいえ、いまの団長含め結構過激なのが多いから、迂闊に手を出すと大怪我するってのは変わりない。目的のためには多少汚いこともやるって聞くしな。
その二つは〈檻〉の中でも大きな勢力で、その二つが抗争するってのは……つまりヤバいってことだ。わたしも省吾の妹さん探すためじゃなけりゃ、突っかかってくのは遠慮したいところだ」
姫花を攫ったのがどちらかの組織であるという確証はないが、関わらなければ物事は進まない。それにしても、なんだか話が大きくなってきてしまった。
「黒獅子騎士団の方は所長の方に伝手があるから、こっちの話ぐらいは聞いてくれるかもな。まあ、それでも地雷踏んだら死ぬかもしれんけど」
「ウチも武器の仕入れとか整備でやりとりがあって、いまも新兵器の開発頼まれてるしな。話は通じる方だと思うぞ。こっちもなにか分かったら教えてやる。夏音ちゃんは常連だし、昔すごく世話になったから」
「ありがとうございます、凛風さん」
僕たちは近いうちの再訪を告げて、ヤナギ堂を辞することにした。購入した食料品は一般的な市価より少しだけ高かったが、仕入れの苦労を考えれば随分と良心的だ。夏音さんが贔屓にしているということだから、持っている情報や技術も含めて、信用のおける店なのだろう。
そのまままっすぐ事務所に戻った僕たちは、思い思いに一息入れつつ、ヨコハマ大地下街でこびりついた苔の破片やら謎の粘液やら、屍食猫の血肉やら硝煙の臭いやらをシャワーで洗い落した。
まだ朝なのに随分と消耗してしまった。ミルクと砂糖を入れたコーヒーが飲みたい気分だ。許可を得て戸棚を漁ってみたが、残念ながらストックはなかった。次にヤナギ堂へ行く機会があったら仕入れておこう。
「銃は扱えそうかな、省吾君」
窓際にあるスツールの上で眠っていた所長が片目を開けた。
「思いのほか反動が強かったですけど、なんとか」
「君のトーラスは本来、狩猟で大型の獣を狩るようなヤツだから、慣れるまではちょっと大変かもね。人間を相手にするだけなら、もう少し小さいのでもいいんだ。ところで、血の臭いがするけれど」
「道中で拳銃強盗に襲われまして……」
「なるほど。大変だったね」
所長は強盗という言葉を聞いて驚く風でもなく、身をよじって毛づくろいをしはじめた。その程度ならば日常茶飯事、というような態度だった。
僕はヨコハマ大地下街からの帰路でヤナギ堂に寄り、凛風からフェリス秘密教団と黒獅子騎士団について聞いたことを所長に伝えた。
「それが姫花の拉致に関係しているかもしれないなら、まずは黒獅子騎士団の関係者に話を聞いてみようと思うんです。夏音さんが言うには、所長に伝手があるとか」
「伝手、というかあそこはぼくの古巣なんだ。しかし初手から騎士団に接触するというのは、大胆というかなんというか」
「本人が行きたいって言ってるんだからいいんじゃねえの。わたしもついていくんだし」
タンクトップ姿で浴室から出てきた夏音さんが、タオルで髪をふきながら助け舟を出してくれる。
「夏音君が賛成するならそれでもいいかな。ぼくの名前を出すのは全然構わないよ。ただ、もしかしたら向こうはぼくを嫌っているかもしれないな」
「因縁があるんだっけか?」
「夏音君には何回か詳しく話した気がする」
「覚えてない。年寄りの長話は聞き流すことにしてるから」
「じゃあもう一回、今度はしっかり聞いてもらおうか。このエピソードには、フェリス秘密教団も関わってくるしね」
僕と夏音さんは話を聞こうと揃ってソファに腰かけたが、所長はお気に入りらしいスツールに座ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
しばらくの沈黙と、妙に人間臭いため息のあと、彼はかなり昔に起こったらしい、黒獅子騎士団とフェリス秘密教団にまつわるエピソードについて語りはじめた。




