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ガンズ&キャットパウズ  作者: 黒崎江治
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第25話 君は猫を殺せるだろう

 食事を終えて紅玉楼を出た僕たちは、そのまま中華街をぶらぶらしながら時間を潰した。途中、僕は関帝が古代中国の武将だったことを思い出し、夕刻以降の武運を祈ってお参りを済ませておいた。


 騎士団用の無線で連絡があったのは、午後三時を少し回ったころ、僕と夏音さんが茶房と呼ばれる中華風のカフェでおやつをつまんでいたときだった。作戦の承認がおりたため合流地点へ集結せよ、との指示だった。


 束の間の安らかな時間は終わり、これから姫花を取り戻すための行動がはじまる。血生臭いことになるのはどうあっても避けられない。誰かが、あるいは僕自身が命を失うことだって充分にありうる話だ。


 しかしなんとかここまで辿り着いた。僕の手には銃があり、隣には夏音さんがいる。所長やロゼッタも協力してくれている。


 大丈夫だ。きっとできる。


 僕は最後に残った団子を口に放り込み、おもむろに席を立った。


「船ははバヤガ公園の中って言ってまひたよね」


「飲み込んでから話せ」


 神殿が隠されているという船は、ババヤガ公園の端にあるという話だった。合流地点は公園の傍に建つ廃ホテル。ここからは歩いて数分の距離だ。


「船はいまも誰かが使ってるんですか?」


「船としてはもちろん使われてない。そもそも、引退させてから展示用に係留してるって話だ。大体、ババヤガ公園からして森みたいになってる場所だからな。屍食猫(グラット)がよく出るし、人も猫もあんまり行きたがらない」


 近くまで行って見てみると、ババヤガ公園は確かに森だった。この三十年間で手入れをする人もなく、瘴気の影響もあってか茂り放題に茂った植物たちが、密生して土地や日光を奪いあっている。樹冠の高さは十メートルをゆうに超え、その根元には燐光を放つ巨大なキノコがカサを広げていた。とはいえその勢力範囲は限られており、公園の辺縁を迂回すれば、森を突っ切らずとも船にはつけるのだという。


「中に魔女が住んでるとか、迷い込んだら出られないなんて話もあるな。本当かどうかは分からん」


 合流地点の廃ホテルは、よくあるビジネス目的のそれとは少々違い、横浜開港当時の雰囲気を感じさせるクラシックな外観をしていた。往時に訪れた人々は、一階のレストランで優雅に食事をしながら、海上を行く船の姿を眺めたのだろう。堅牢な建築はよく劣化に耐え、放棄されて三十年以上が経ってなお、その佇まいは誇らしげにさえ見える。


 ホテルの正面にある小さな入口から中へ入ると、カウンターの上で二匹の猫が丸くなっていた。両方ともいわゆる鉢割れ柄で、額から胸にかけてがふかふかした白い毛で覆われており、それ以外の部分は暗がりと同化するような黒だった。


「誰かが来たわね、ピート」

「泥棒かなあ? ジェニィ」


 猫は大体において泰然と構えているので、咄嗟に敵か味方かの判別がしづらい。僕は夏音さんに目配せしながらゆっくりと近づき、自分たちがロゼッタの指示でここに来たのだということを明かした。


「ならあなたたちも潜入部隊ってことね。人間なんて役に立つのかしら?」

「人間には人間にしかできないこともあるよ。固い缶の蓋を開けるとかさ」


 騎士団の所属らしいピートとジェニィは、互いに同調するような動きで尻尾を揺らした。見た目もそっくりなところからして、おそらくきょうだいなのだろう。


「ロゼッタもすぐに来ると思うから、適当なところに座っていなさいな」

「僕らも好きに過ごさせてもらってるよ。日当たりはいまひとつだけど」


 眠たげな二匹に言われるまま、僕たちはロビーの一角に腰をおろす。きょうだいの他愛無いお喋りを聞きながら入口を見張りつつ、そのまま十分ほど待っていると、今度は所長が姿を現わした。


「あらあら、ネメオス所長がおいでになったわ、ピート」

「彼のことは随分久しぶりに見た気がするね、ジェニィ」


「評判は聞いているよ、ごきょうだい。少数精鋭といえば君たちが出てくると思った。省吾君たちも来てるね。おいしいものは食べられたかな?」


 紅玉炒飯のことを話すと、所長はべろりと舌なめずりをした。


「よかったじゃないか。ぼくもなにか気合の入るものを食べてくるんだった」


 それから彼はごろりと横になったが、僕が落ち着かない様子でいることに気づいたのか、おもむろに身を起こす。


「緊張してるのかな? 省吾君」


「まあ、さすがに……。それに、人を撃つかもしれないっていうのもありますけど、また猫が出てきたらどうすればいいのかが心配で。前回も前々回も、ほとんど太刀打ちできなかったし」


 秘密の神殿に至る過程で、僕たちは間違いなく敵の猫と遭遇するだろう。教団の首魁であるシャビスカとの戦闘も、おそらく避けることはできない。そのときになって、ただの足手まといではいたくなかった。


「猫を殺すコツでも教えてやれよ、所長」


 夏音さんが言った。


「ふうむ」


 猫の殺し方を猫にレクチャーしてもらうというのも妙な話だが、所長はときおり思案する様子を見せながらも、丁寧に説明を試みてくれた。


「闘争の場面において、猫が人間より優れている点は主に二つ。敏捷性と異能(パウ)だ。まず敏捷性についてだけど、猫は人間の射撃を容易に回避できるほどの高い反射神経と身体能力を持っている。とはいえ、弾丸よりも早く動けるわけではない。人間の目や銃口、手指の動きなどから発砲のタイミングや射線を判断しているんだ。だから君が慎重に狙えば狙うほど、敵の猫に回避のための手掛かりを与えることになる」


「でも、狙わないと当てられませんよ」


「そこは慣れと練習だね。基本に忠実な射撃をせずとも弾丸を命中させる訓練を積むことだ。とはいえ夏音君ならともかく、いまの省吾君それを求めるのは酷かな。次善としては、相手が反応できる以上の手数を繰り出すこと。一つの弾丸でダメならそれ以上で、一つの銃口で足りなければ複数で。いわゆる飽和攻撃というヤツだね」


 理屈としては簡単だが、実行するのは難しそうだ。


「マシンガンかショットガンがあれば楽なんだけどな」


 夏音さんが茶化すように言った。


「それを言っては身も蓋もない。省吾君の武装でどうやるかって話なんだから」


異能(パウ)についてはどうですか?」


 僕は尋ねた。攻撃を繰り出そうにも、念動力でこちらの動きを封じられればなすすべがない。


異能(パウ)は色々種類があって、短い時間で網羅するのは難しいんだけど、闘争の局面においてよく使われるのは、大体において念動力と発火の二種類だけだ。後者についてはそもそも使い手があんまりいないし、動き回ってさえいれば、人間松明になるようなことはまずない。厄介なのは念動力の方だね。これはすでに省吾君も体験したかな」


「ええ、二度ほど」


「強力なものになると、人間ではまず抵抗できない。もちろん無機物に影響を与えることもできる。そこのきょうだいは結構な念動力の持ち主だから、見本を示してもらおう」


「私たちのことかしら? ピート」

「どうもそのようだね。ジェニィ」


 鉢割れのきょうだいは僕たちの方を見ずに話す。


「けれど、人間に手の内を明かしてしまっていいのかしらね?」

「それも、猫の殺し方を知りたがっている人間に明かすのはね」


「まあいいじゃないか、僕たちは味方同士だし。それに省吾君だっていたずらに猫を殺したいわけじゃない。妹さんを助けるためなんだよ」


 所長は宥めるように言ったが、実際のところ、きょうだいは自分たちの力を誇示できるのがまんざらでもない様子だった。


「きょうだいを大事にするのはいいことね」

「それが猫であれ人間であれいいことだね」


「じゃあ、そこの石くれを私たちに投げてごらんなさい」

「命中させられたら、僕らのお腹を触る権利をあげよう」


 僕は言われる通り、手近にあった拳大の瓦礫を掴みあげ、三メートルほどの距離から、きょうだいに向かって投げつけた。


 直後、うわん、と薄いアクリル板がたわむような音がして、瓦礫が空中に静止した。きょうだいは丸まったまま動かない。


「これくらいは造作もないわね」

「そしてこういう風にするのさ」


 ピートが言った直後、瓦礫が明後日の方向にすっ飛んで行って、粉々に砕ける音がした。もし人体に命中すれば、きっとただでは済まないだろう。


「お望みなら、鉄砲の弾で試してもいいけれど」

「いま大きな音出すと、敵に気づかれるからね」


 つまり、その気になれば弾丸でも防げるということだ。


 自慢げなきょうだいにちらりと目をやったあと、所長は続ける。


「このように念動力は猫にとって大きな武器であり、防御手段でもある。しかしもちろんあらゆるものを捉える魔法の矢ではないし、攻撃を自動的に防ぐ無敵の鎧ではない。念動力への対処も、さきほどと同様の飽和攻撃、そして可能な限り先手を打つことだ。充分に素早く強硬ならば、正攻法で制圧できる」


「守りに入るよりは、攻めまくるのがいいということですね」


 僕は言った。


「要するに、余裕をぶっこけなくすればいいんだよ」


 夏音さんが両手で二挺のコルトをくるくると回す。


「まあ、そういうことになるかな。覚悟を持ち、弱気にならないことだ。そうすればきっと君にも、猫を殺せるだろう」


 僕はわずかに広がった所長の瞳孔に、かつて彼が経験した凄惨な闘争の記憶を見た気がした。僕の母であるミルカを教団から助け出すときに、猫といわず人間といわず殺しまくった過去。そのとき、彼はどれほどの覚悟をしたのだろう?


 それから三十分ほど待つと、ロゼッタが合流してきた。


「皆さんお揃いですね」


 これで全員なのかと確認すると、そうだという返事があった。秘密の神殿へ向かう部隊の編制は、人間二名、猫四匹ということになる。


「船ごと破壊すべきという意見も出ましたが、結局は潜入するという案が通りました」


「ありがとうございます。姫花のことを気にかけてもらって」


「礼には及びません。シャビスカが持つバステト秘典を回収する必要もありますから」


 カウンターで丸まっていたきょうだいも輪に加え、僕たちは薄暗いロビーの中、作戦を確認するために頭を突きあわせる。


「まず私から、役割分担についてお話します。ジェニィ、ピート、省吾さん、夏音さんは前衛で敵の排除をお願いします。私とネメオス所長は後方警戒と負傷者の救護をおこなうこととします。潜入する船の名は緑淵丸(りょくえんまる)というのですが、残念ながら図面を取り寄せる時間がありませんでしたので、神殿の場所は別途探し当てる必要があります。内部は狭く入り組んでいるでしょう。常に現在位置を把握し、退路を確保しておかなければなりません」


「敵の数は?」


 あぐらに頬杖の姿勢で夏音さんが尋ねる。


「不明です。ババヤガ公園を経由すれば、監視の目にかかることなく猫や人を移動させられますから。とはいえ無名の女王(アンネームドクイーン)の動向からして、大量の猫や人間が配置されているとは思えません」


「まあ、船に乗せられるぐらいの数なら、全員ぶっ殺せばいいよな。で、いつやるんだ」


「敵が城塞を開始した直後とします。それまでは待機になりますので、各自、爪とぎと毛づくろいは済ませておいてください」

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