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ガンズ&キャットパウズ  作者: 黒崎江治
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第21話 ショゴス桟橋

 払暁を迎えると、コンテナの上部に開けられた通風孔から光が漏れてきて、中の様子が多少なりとも分かるようになった。いつのまにか雨は止んだらしい。


 様子が分かるといっても、あたりには食料や飲料の空き容器、トイレ代わりらしいポリバケツがあるくらいで、ここがまさしく監禁のための空間、ということが知れただけだった。


 ペットボトルを枕に寝息をたてている権藤さんは、立派な髭を蓄えた強面で、確かにカルト教団の幹部というよりは、武闘派の若頭補佐といった風貌をしていた。


 しばらくすると彼も目を覚まし、勢いよく立ちあがってから、その場で屈伸をはじめた。


「おはようございます」


「ほお、そこそこいいガタイしてるな。モヤシみたいな野郎だったらどうしようかと思った」


「ガタイが関係あるんですか?」


「まあ、とりあえずは朝飯を待とうや」


 どっしり構える権藤さんに倣い、僕も座ったまま大人しく待つ。そのうち、コンテナの外で人の気配がし、鉄扉についた小さな窓から、市販品の総菜パンが四つと、ペットボトルの飲料二本が差し入れられた。


「そもそも、ここはどこなんですか?」


 マヨネーズ味のソーセージパンを頬張りながら、僕は尋ねる。


「ここか。ショゴス桟橋だ」


 あんパンを緑茶で流し込みながら、権藤さんが答えた。


 ショゴス桟橋。教団の本拠である無名の女王(アンネームドクイーン)からは数十メートルも離れていない場所だ。コンテナの外に出れば、赤煉瓦城塞もすぐ近くに見えるだろう。


「死体処理とかの用があるとき以外は、教団員もあんま近づかねえ。けど、俺らに対する監視がないってわけじゃない。ラシードって名前のデブ猫がいてな。そいつが人間の部下を使ってここを管理してる。ヤツは猫にしちゃノロマだが、ショゴスの扱い方を心得てるから油断ならない」


「僕を襲った猫は妹に化けてたんですが、ラシードもなにか異能(パウ)を使うんですか」


「念動力だな。ただ、べらぼうに強いもんじゃない。人間ひとりの動きを抑えるぐらいだろ。それを踏まえて、脱出の手筈だが……」


 彼が語るところによると、教団員がコンテナを巡回しにくるのは、朝、昼、夕の三回。銃を携帯した二人組が、食料と飲料の補給をしにくる。そのうち昼の巡回では、ゴミや汚物を回収するため、鉄扉の開閉がおこなわれる。


「巡回に来たヤツを襲って逃げるなら、そのタイミングしかない」


「ラシードはどこに?」


 僕は尋ねた。


「大抵は建屋の屋上にいる。コイツに見つかるのは仕方ないとして、ショゴスをけしかけられる前に、桟橋の付け根の方まで突っ走りたいところだな。建屋に詰めてる人間の教団員はせいぜい三、四人ってとこだ。出てくる前に逃げられりゃ一番いい」


 不確定要素の多い作戦だが、やってみなければ生還の可能性はゼロだ。


「一番難しいのが、このコンテナから出る部分ですね」


「そうだ。一応、こんなモンを作ってみたが……」


 権藤さんはポケットから銀色の金属片を取り出し、顔の前で振ってみせる。それは缶を材料にして作った小さなナイフだった。素手の人間を脅すくらいには使えそうだが、銃を持つ相手に対抗するための武器としては、かなり心もとない。もう一本作ったところで、期待できる成果はたかが知れている。


 なにかうまいやり方はないだろうか?


 頭をひねっていた僕の目に、トイレ代わりの小さなポリバケツが映った。


「権藤さん」


「なんだ?」


「演技って得意ですか?」


       ◆


 朝食が差し入れられてから数時間が経つころ、コンテナの中には濃い便臭が満ちていた。


 権藤さんはコンテナの入口付近に腰をおろし、僕は一番奥まった場所に身を横たえている。なるべくぐったりと、いかにも弱っているといった風な顔つきを心掛ける。身体の近くには、ポリバケツから採取した大便を塗りつけてあった。


 そのうち、コンテナの外で足音がして、鉄扉が開かれた。顔を見せた巡回の教団員が、中のにおいに気づいて不快そうな唸り声を漏らす。僕が薄目で確認すると、巡回は三人に増員されていた。想定と少し違ったが、いまさら中止するわけにもいかない。


「おい、コイツどうにかしてやってくれや。朝からうんうん言ってるわ、クソ漏らすわでたまんねえよ。傷口からばい菌でも入ったんじゃねえの?」


 権藤さんがうんざりしたように言う。何年もスパイをやっていただけあって、その演技は中々堂に入っていた。


 彼の言葉を聞いて、教団員たちがなにごとかを囁きあう。せっかく生け捕りにしたのだから、僕があっさり病死してしまうのはまずいはずだ。


 目論み通り、二人の教団員がコンテナの中に入ってくる。僕はゆっくりと頭をもたげて、彼らの位置関係や武装を確認した。赤黒いポンチョ姿、銃は腰に挿したまま。体格はさほど屈強というわけでもない。うまく不意を突ければ、少なくとも片方はなんとかなるはずだ。外に残った一人は権藤さんに任せよう。


 教団員が近づく。鼓動が高まるのを感じる。僕は深呼吸を繰り返しながら、不意打ちのタイミングを測る。


「足元に気をつけろよ、クソがくっつくから」


 権藤さんが言ったタイミングで、僕は勢いよく跳ね起きた。右手の中に隠していた即席ナイフを、一人の顔面に勢いよく突き刺す。


 コンテナの中に悲鳴が響き、傷ついた教団員が顔を覆ってよろめいた。


 僕は間髪入れずもう一人の胴体に組みつき、そのまま勢いよく壁に押しつけた。肩で相手の動きを封じつつ、腰に挿された銃を奪う。素早く安全装置を外して左太腿を撃ち抜くと、教団員は呻き声をあげて崩れ落ちた。


 まず一人。


 振り返ってみれば、さきほど顔を刺した教団員が銃に手を伸ばしていた。僕は彼の胴体に銃口を向け、素早くトリガを二回引いた。弾丸を受けた身体がうしろ向きに倒れ、強烈に仰け反り、すぐにぐったりと脱力した。


「ぼうっとするな。こっからがヤベェんだぞ」


 コンテナの入口から権藤さんが言った。彼は教団員の一人をノックアウトし、銃を奪い取ったところだった。


 倒れた教団員やゴミを踏み越え、コンテナの外に飛び出す。真昼の日差しに目を眩ませながらあたりを確認すると、そこはセメントレンガで覆われた桟橋の先端だった。


 背後と右手に海。左手には大きな建屋。目指すべき桟橋の付け根は、現在位置から四百メートルほど前方にある。そこまで辿り着ければ、市街に逃げ込むのは難しくない。


 しかし僕たちが移動をはじめようとした矢先、一台の白いライトバンが桟橋に進入してきた。


「よりによっていまかよ」


 意図せぬ新手に権藤さんが毒づく。


 建屋の中に入ってやりすごすという手もあるが、時間をかけるのはまずい。さきほど銃声を響かせてしまったので、ラシードや建屋内の教団員も僕たちの脱走に気づいたはずだ。


 権藤さんと目線を交わす。ここまできたら突破するしかない。


 直後、建屋の屋上デッキから、歯ぎしりするような唸り声が響いた。反射的に見あげると、逆光の中に大きな猫のシルエットがある。


「高いトコから偉そうにしやがってデブ猫が」


 正面に目を戻せば、ライトバンの教団員たちがこちらの存在に気づき、車をおりてきていた。数は四人。ただし全員が銃を持っているわけではないようだ。


「建屋の連中が出てきたらジリ貧だぞ。走れ!」


 さきほど敵から奪った銃を手に、遮蔽物のない桟橋の上を駆ける。ライトバンとの距離が二百メートル、百メートル、五十メートルまで近づいたところで、弾丸が僕のすぐ近くを通り過ぎた。


 教団員たちはライトバンの正面をこちらに向け、両側のドアを弾除けにしながら銃を構えている。見たところ、撃っているのは二人。銃口の数はこちらと同じ。しかし立ち止まって狙える分、僕たちよりも優位にある。


「おおおおおぉぉぉ!」


 権藤さんが吠える。これまでにも似たような修羅場を潜ってきたのだろう。彼は気迫の効用を充分に心得ていた。殺意を持った突進によって生じる圧力は、多少の不利を覆すだけの威力があった。


 そこまで荒々しくはなれない僕も、直線的な動きを避けつつ、彼より少しだけ遅れて距離を詰めていく。


 二十メートルまで接近した権藤さんは、足を止めて膝立ちとなり、猛然と銃を連射した。ライトバンのドアに穴が空き、怯んだ相手の銃撃が中断される。


 彼を援護すべく、僕も前進しながら射撃を加えた。弾丸が何発装填されているか分からないが、惜しんで死んだら意味がない。


 連射、回り込むように前進、また連射。そしてついに権藤さんの放った弾丸が、教団員の頭部に命中した。


 火を噴く銃口が一つ減る。形勢不利を見て取ったのか、銃を持たない二人が逃げ出した。彼らは車を離れ、頭を庇いながら建屋に入っていく。残る一人に集中攻撃を加えると、その男はやがて銃を取り落とし、肩を押さえてうずくまった。


 権藤さんはライトバンに走り寄って男の銃を蹴飛ばし、頭を銃把で殴りつけて昏倒させた。


「省吾お前、運転うまいか?」


「免許も持ってません」


「じゃあ俺がやる」


 権藤さんは教団員たちのライトバンを奪うことに決めたようだ。彼は運転席に乗り込み、挿されたままのキーをひねってエンジンを起動した。僕が助手席に身体をねじこむと、彼はサイドブレーキをおろし、アクセルを踏み込んでライトバンを急発進させた。


 ドアを閉める間もあればこそ、今度は急ブレーキとともに車体が旋回する。タイヤのこすれる音とともに、強い遠心力が僕を翻弄した。


「しっかりつかまってろ」


 遅まきな指示があったころには、もうライトバンの鼻先が桟橋の付け根に向いていた。あと百メートルほど直進すれば、この施設を脱出できる。


 エンジンが唸り、加速度が僕の頭をヘッドレストに押しつける。周囲の景色が後方に去り、銃撃戦で粉砕された窓から風が流れ込む。


 しかしそこに混じった微かな悪臭が、僕の神経をひどくざわめかせた。


「権藤さん、なにか――」


 次の瞬間、海面から黒いものが飛んできて、フロントガラスにぶつかった。

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