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ガンズ&キャットパウズ  作者: 黒崎江治
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第20話 闇に囚われて

 どこかへ運ばれている。


 手足を拘束されて、荷物のように床へ転がされている。


 エンジンの振動を感じる。どうやら車に乗せられているらしい。


 あたりは真っ暗で、頭を動かすたびにガサゴソと音がする。紙袋を被せられているようだ。


 身体のあちこちが痛い。薄紫色の猫に襲われたとき、階段から落ちたり顎を殴られたりしたせいだ。本当に今日は散々な目に遭っている。


 僕が意識を取り戻したのはついさきほどのことだが、気絶してからあまり時間は経っていないように思えた。せいぜい五分か十分といったところだろう。いまは襲撃者の一味――間違いなくフェリス秘密教団――の拠点に連行されている途中のようだ。


 僕は意気消沈し、自分の迂闊を悔いてはいたが、少なくとも冷静ではあった。教団が僕の身柄を狙っているということは前々から分かっていたし、刺客の言動からすると、すぐに殺される可能性は高くないと考えたからだ。


 それに、姫花もきっと同じような状態で耐えている。僕が恐怖で打ちのめされてしまうわけにはいかない。


 しかし目下のところ、事態の打開はおろか、状況の把握も覚束ない。しばらくはこのまま、様子を見るしかないだろう。


 所長は僕が襲われたことに気づいただろうか? 近くにいればトーラスの銃声を聞いたはずだ。夏音さんと一緒に、なにか手を打ってくれればいいのだが。


 いや、彼女らにばかり頼ってはいられない。これは自分のことだ。自分が姫花を助ける過程で乗り越えなければならない困難なのだ。


 僕が一人で気持ちを滾らせているうちに、車が速度を落とし、やがて止まった。誰かがドアが開き、僕を乱暴に車外へと引きずり出した。


 降り続く雨が傷ついた身体を濡らす。潮気のある風が音を立てて通り過ぎる。


「おい、起きろ」


 転がされたまま、腹を蹴られた。まだ気絶しているふりをしようか迷っているうちに、もう一度強めに蹴られる。ここで我慢してもあまりいいことはなさそうだ。僕は抗議の呻き声をあげながら体を丸め、意識が戻ったことを示した。


 誰かが足首の拘束が解き、立ちあがるよう命じた。紙袋はまだ被されたままだ。僕がふらついていると、腕を掴まれて強引に連れていかれる。


 このにおいはなんだろう。あたりに漂うこの悪臭は。まるで腐った海藻とガソリンを混ぜてぶちまけたようなにおいだ。それから奇妙な音もする。小型の笛を何本も束ね、不規則な吐息で奏でているような音だ。


 テケリ・リ! テケリ・リ! テケリ・リ!


 得体の知れない存在が、僕の動向を窺っているような気がする。


 特になんの説明も与えられないまま、僕は屋外を五十メートルばかり歩かされ、そこでようやく手首の拘束を解かれた。鉄扉の開く音がして、どこか小部屋のような場所に入るよう命じられる。僕が被されていた紙袋を取った直後、鉄扉が乱暴に閉じられ、ガキン、と錠がおろされた。


 囚人に対するオリエンテーションはないようだ。


 仕方なく僕はあたりを見回した。とはいえ、空間ほとんど完全な暗闇に満たされており、なにがあるのかよくわからない。人間の体臭と、汚物のにおいがする。わずかに空気の流れがあるので、密閉されているわけではなさそうだ。壁に触れてみると、冷たい金属でできている。


 おそらく、ここは貨物コンテナの中だろう。


「よう、新入りさん」


 コンテナの奥で、野太い男の声がした。


「誰ですか?」


「お前が先に名乗れよ」


「僕は……深見です。深見省吾といいます」


「若い声だな。教団員じゃないだろ。騎士団か?」


「いえ、フリー、というかなんというか」


「あぁ? ……ま、いいや。とにかくなんかしらのヘマやったんだな」


 ひとまず男に敵意はないようだ。もっともこんな状況では、敵意もなにもないと思うが。


「俺は権藤だ。しばらくここの教団にいたんだけどよ、それは仮の姿ってヤツで。本来の所属は――組の名前出しても分かんねえか。要するにヤクザやってんだよ。ヤクザって分かるか? 兄ちゃん。暴力団」


「分かります。でも、ヤクザ屋さんがどうして教団にいるんですか」


 僕は尋ねた。暴力団とカルト教団。堅気でないという共通点はあるが、あまり近しい存在だとも思えない。


「なんだ、お前。あんま事情知らないクチか?」


「新入りなもので……」


 権藤さんは笑った。話し相手を得て喜んでいるような感じもした。彼はコンテナの隅に――闇の中では気配で感じることしかできないが――どっかりと腰をおろした。そのうち、黙っているのに我慢できなくなったのか、自らが知る事情とやらを、どこか得意げに語りはじめた。


「教団つっても運営するにはカネがいる。フツー、宗教法人ってのは信者からの布施で成り立ってるだろ。でもここにはカネ持ってるヤツなんてほとんどいない。猫はそもそもカネに興味ねえしな。だからなんとかしてカネを稼がないといけない。まあ〈(ケージ)〉の中にゃ色んなシノギがあるけどよ、教団がやってるのは死体の処理だ。ウチの組も噛んでんだけどな。〈(ケージ)〉の外で出た違法な死体をこん中に運んできて、綺麗さっぱり無くしちまうんだ」


「どうやって?」


「どうやってだと思う?」


 面倒臭く思いつつ、問答につき合う。


「はあ……。コンクリとドラム缶を使って海に沈める、とかですか」


「違う、アレだ」


 権藤さんはコンテナの壁をコンコン、と叩いた。


「どれ?」


「耳を澄ませてみろ」


 打ち寄せる波に混じって、さきほど耳にした奇妙な音が聞こえてくる。


 テケリ・リ! テケリ・リ!


「ショゴスだ。ショゴスが死体を食うんだ。あとにはなにも残らない。普段はゴミとか食わせて飼ってる。死体はアイツらにとってごちそうなんだろうな。何回か現場を見たけど、しばらくは飯が喉を通らなかった」


「…………」


「で、なんで俺がここにいるか、だっけか? さっき仮の姿って言ったけどよ。俺は一応教団の幹部として、死体処理のシノギに関して組との窓口任せられてたわけ。その立場を利用して組に内部情報流してたんだよ。九年だか十年だか、結構うまくやってたつもりなんだが、まあ、気の緩みってヤツだ」


 要するに、権藤さんはスパイだったのだ。身分の発覚したスパイがどうなるか、素人でも想像に難くないが、その割に落ち着いた様子なのは、彼が強い胆力の持ち主だからだろうか。


「俺は話した。今度は省吾クンが自己紹介する番だ」


 別段、彼に話して困るような事柄はなさそうだったので、僕は自分が〈(ケージ)〉を訪れた理由、姫花ともども教団に狙われることになった背景、間抜けにも拉致されることになった経緯などを、包み隠さず語った。


「権藤さんは、姫花を見てませんか」


「いや。そもそも俺は一週間前からここにぶち込まれてるからな。しかし、妹をね……。漢気のあるバカって感じだな、お前は。まあ、嫌いじゃねえよ。組にもそういうヤツ多かったしな。よし、省吾、お前、俺の舎弟になるか」


「いやそれは……」


「冗談だ。それはそれとして、お前、まだ諦めるつもりはねえんだろ?」


「もちろんです。ただ、この状況をどうにかしないと」


 僕はコンテナの天井を見あげた。


「一人だと厳しいが、二人ならできることもある。俺もここで終わるつもりはねえ。狭いのはまだしも、不自由は我慢できない性質でね。ちゃんと考えがあんだよ。朝になったらまた説明してやる。今日はそろそろ寝ろ」


 権藤さんがなにかを投げ渡してきた。少し湿った毛布だった。


「俺も寝る。ショゴスの鳴き声は……そのうち慣れる」


 どんな素性であるにせよ、仲間がいるというのは心強い。眠ることはできそうにないが、せめて多少なりとも休息を取り、いざというときの行動に備えておくとしよう。僕は目を閉じたまま、じっと身体を横たえる。


 ショゴスの鳴き声はそのうちに絶え、あとはコンテナの天井を叩く小雨と、打ち寄せる波の音だけが、闇の中で聞こえるすべてだった。

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