俺はチョロインですか?
あの後、伊月がまた変な男に絡まれないかが心配だのなんだのと理由をつけ、
家まで送って帰った。送ったって言っても、まぁ隣なんけど。
……その間、何を話したのか、何も話していなかったのか、
それすらもよく覚えていない……。
くそっ、あんな風に笑うなんて反則だろ……!!
目を閉じると、ブサ猫を大事そうに抱きしめた、伊月の愛しげで、
無垢な微笑みが瞼の裏に浮かんで……。
(――あー……ダメだ、落ち着かない……!)
あんな表情を見せられると、嫌でも意識してしまう。
伊月は幼馴染とは言え、もう何年も会話もない、他人みたいなもんだっただろ!
それがなんだよ、たったあれだけのことで動揺して…チョロすぎるだろ俺!!
……じっとしてたら変なことばっかり考えてしまう……。
こんな時は体を動かして、気持ちを発散させるしかない。
そうだ、走ろう、俺には走るしかないんだ。
日課のランニングに出るのにもいい時間だ、走ってスッキリしよう!
「陽愛ちゃん、兄はこれから走ってくるから、ちゃんと戸締りするんだぞ」
「了解ー、ねぇなんかあったの? 妹が聞いてあげようか?」
「今のとこ聞かせるようなことなんもないから大丈夫」
「そか、じゃあ帰りにアイス買ってきてね、バニラ味のをお願い」
「陽愛ちゃんは兄を何だと思ってるのかな?」
まぁ、買ってくるんだけどね。
陽愛(ヒメ)ちゃんは俺の可愛い妹だからね、仕方ないよね。
「じゃ、行って来る」
「はいはーい気をつけてー」
「もしもーし……うん、今出たよ、うん。はいはい、まぁがんばってね?」
* * *
朝と夜、人通りの少ない時間に走るのが、この1年近くの間の日課になっている。
体の負担にならないよう、無理のないペースで淡々と10km。
人通りの少ない時間に走るのは、人に見られたくないからだ。
特に学校関係、さらに言うと陸上部の連中に走っているところを見られたくないわけで……。
「あっ、水城センパイ! 今日もお疲れ様っすー!」
「土矢……なぜ今日もお前がいる……」
いつもと違う時間に出たはずなのに……!
「たまたまっす! これはきっとボクとセンパイは運命の赤い糸で結ばれてるっすね!」
「ないわー、お前と結ばれてるとかないわー」
「そろそろひーちゃん、って呼んでくれてもいいっすよ?」
「絶対呼ばねぇ」
見られたくないのに、なぜか毎日こいつに見つかる。
こいつの名前は、「土矢 光(ツチヤ ヒカリ)」。
陽愛ちゃんの小学生の頃からの友達で、中学では同じ陸上部だった、妙に縁のあるヤツだ。
こいつを一言で言うと……そうだな、うん、ウザい。
まるで子犬にじゃれつかれているようなウザさといえば伝わるだろうか?
どこからそのパワーが出てくるのかと不思議になるくらいだ。子供か。
いやまぁ、こいつと一緒に走るのは悪くはないんだ。
こうやって頻繁に一緒に走るけど、未だに陸上部の連中に漏れた形跡もないし。
延々喋り続けるやつなんで、退屈もしないし。
でも、ひとつこいつと一緒に走りたくない理由がありまして……!
「いやー、それにしてもだいぶ暑くなってきたっすねー!」
「もう6月も終わりで、ここから本格的に夏だからな」
「これだけ暑くなるのが早くなってくると、プールとか行きたくなるっすね!」
「あーわかるわかる、走るのもいいけど、プールでトレーニングもいいよなあ」
「えっ、ボクの水着そんなに見たいんすか!?」
「どうしてそこに飛躍したのかがわからない」
「センパイがどうしても見たいっていうなら……見せてあげてもいいっすよ……?」
むに、っと胸を強調するポーズになる土矢を見て、慌てて目をそらす。
これだよ、これがあるからこいつと走るの嫌なんだよ……!!
――――土矢 光という少女は、とにかくスタイルがいい。
何を食ったらそうなるんだ? という胸部が特に凄い。タピオカ置きたい。
かといって他に肉が付いているわけでもなく、陸上で鍛えた体は引き締まっていて、美しい。
しかも自分でそれがわかっていて、俺をからかうために惜しみなく使ってくるのが本当にタチが悪い……!
「あははは! センパイ顔真っ赤っすよ! 可愛いっすねぇ!!」
「うっせ、こっちみんな!」
くそっ、こいつは本当に人の気も知らないで……っ!!
「でも……センパイが本当に見たいなら……いつでも見せてあげますからね?」
「……さよか」
「はいっ! いつでも声かけてくれていいっすよ!」
そんな笑顔を俺に向けるんじゃない……っ!
ただ、まぁ。
不本意ながら、こいつのおかげでざわざわした何かは落ち着いたので、
礼を言わないといけないだろう。
……直接は絶対言わないけどな。
この後めちゃくちゃアイスを買って帰るの忘れた。




