涙
「何してるのヨウくん、追いかけて!!」
「え……でも……お前……」
日向をこのまま放っていくのか?
でもひかりも……
ダメだ、俺今、めっちゃ混乱してる……!
なんでこんな最悪の場面をひかりに見られるんだよ!
「いいから! 土矢さんのこと好きなんでしょ!」
「……っ悪い! また今度、埋め合わせすっから!」
「そういうのもいいから、早く!!」
そういい残し、屋上を飛び出していく。
くっそ、あいつ意外と足速いんだぞ……毎晩俺と走ってて体力もあるし!
追いつけるか……!?
……いや、追いつかなきゃ、いけないよなぁ!
こんなときに全力で走れなくてどうすんだよ、俺!
今こそ本気で走らせてくれよ……!
* * *
「あーあ……行っちゃったなぁ……」
屋上から下を見下ろすと、凄いスピードでヨウくんが走り去っていくのが見えた。
「ふふっ、やっぱり速いなぁ……かっこいいなぁ……」
じわぁ……っと視界がだんだんゆがんでくる。
ああ、今私、泣いてるんだなぁ……。
「…………っふぅ……っ!」
あの時。
変に意識して、ヨウくんの側を離れなければ。
もっと早く素直になって、ヨウくんと仲直りできていれば。
去年の夏、怪我で苦しむヨウくんを側で支えていれば……。
……今とは違った結果が待っていたんだろうか?
ぽたぽた、と地面が涙で濡れていく。
やだなぁ、男の子にフられて泣くなんて……かっこわるい。
そう思っているのに、私の涙は、全く止まる気配がなくて……。
「ヒナちゃん」
「……陽愛ちゃん……っふふ、カッコ悪いところ、見せちゃったなぁ……」
「いえ……」
「ヨウくんに、フられちゃったよ。やっぱり土矢さんが好きなんだって」
「そうですか……兄はどこに?」
「今は、ひかりちゃんを追いかけていったよ……私が告白してるの、見られちゃって……」
「あの子はまた勘違いして……」
はぁ、と陽愛ちゃんがため息をつく。
こんなときだけど、陽愛ちゃんがいてくれてよかった、と思った。
一人だったら、多分もう動けなくなっていただろうから……。
「……どうして帰らないの、陽愛ちゃん」
「なんとなく、帰りたくない気分なんです」
そういうと、陽愛ちゃんが私の隣に腰を下ろして、話を聞く体勢になってくれる。
「ふふ……私の事嫌い、なんでしょ?」
「嫌いですけど、泣いてる幼馴染を放っていくほど、私は性格悪くないんですよ」
「優しいね、陽愛ちゃんは……」
「さて、ヒナちゃんは私を優しいといってもいいんですかね? 恋敵を応援していた女ですよ、私は」
「ふふふ、それでも、やっぱり優しいよ……」
「そうですか……」
そんな私たちの間を、夏とは思えないほどの清清しい風が吹き抜けていく。
「私ね……ヨウくんが好きだったんだ」
「はい」
「好きだったんだよぉ……!」
「……ヒナちゃんには、もっといい人がいますよ」
「もうこんなに好きになれる人、出来る自信ないよぉ……」
「大丈夫、大丈夫ですから、ね?」
そういいながら、私が落ち着くまでの間、陽愛ちゃんはずっと、私を慰めてくれた。
年下なのに、なんだかお母さんみたいだな……と。
なんとなく、思ってしまって、ちょっと笑えてしまった。
ヨウくん。
今頃、まだ土矢さんを追いかけてるのかな?
それとも、もう追いついて、ちゃんと好きだって言えたのかな?
ヨウくん。
ずっとずっと、好きだったよ。
今度はヨウくんが、頑張ってね。




