幼馴染とカレーの具材と
「あ、ごめんヨウくん、この後スーパー、寄ってもいい?」
「この状態から、さらに買い物袋を追加するつもりか……?」
俺たちは今、一本の傘の中、寄り添うように歩いている状態だ。
ここへさらに、買い物袋をぶら下げるのは、正直厳しいのではないだろうか?
「大丈夫、そんなに大きな物を買うわけじゃないよ。ほら、明日勉強会するでしょ?」
「ああ、そうだな……そういやどこでするつもりなんだ? うち来るか?」
「うーん……今回は、ちょっとやめておこうかな」
「そうか? 陽愛ちゃんも久しぶりだろ? 喜ぶと思うけど」
「陽愛ちゃん……うん、まぁ、ヨウくんの家はそのうち、ね?」
なんか……含みのある言い方だな……。
うちの家なんて、昔から何回も来てたのに、いまさら遠慮するなんて。
もしかして、陽愛ちゃんと何かあったんだろうか?
「まぁ、日向がそういうならいいけど……じゃあ明日はどうするんだ?」
「明日は、うちでやろうよ。お父さんとお母さんも、朝からいないし」
「おいおい、健全な男子高校生を、女の子一人のところに上げるつもりか?」
「ふふふ、ヨウくんは私に何かするつもりなのかな~?」
「いや、しないけど……」
え、俺が日向に手を出す?
いやいやいや……出来るはずがない……っ!
そんな事をしたら、間違いなく身の破滅である。
見えるようだ、翌日からの学園での辛い境遇・周囲の侮蔑の視線が……っ!
「もし『何か』、したいなら言ってね?」
「ばーか、それより、そんな事俺以外の奴に言うなよ、勘違いされるぞ?」
「……こんなことヨウくんにしか言わないし……」
「はいはい、そうだねそうだね。それより買い物だろ?」
「あ、そうそう、そうだった」
ぽん、と掌を合わせる。
この仕草をよく母親がやるが、その時はなんとも思わないのに
日向のような美少女がこれをやると、やたらと絵になるから不思議だ。
「明日はうちで勉強会するとして、お昼とか食べるでしょ?」
「そうだなぁ、外に出てなんか食うのも面倒だしな」
「うん、だからヨウくんが何か食べたいものを作ろうかな、って」
「それはかなり嬉しいんだけど」
うーん、と考える。
自分で昼を用意していることからもわかるように、日向はどうやら料理が上手い。
そんな日向が作るものなら、おおよそなんでも美味しいとは思うのだが……。
「昔食べた日向の家のカレー、あれが食べたい」
「え、カレー? そんなのでいいの??」
「おう、もう何年も食べてないからな……」
「んー、じゃあカレーの材料買って帰ろうか」
* * *
二人が入店したのは、家からもほど近い、大きめのスーパーマーケットだ。
品揃え豊富・値段もお安めで、付近の奥様方もここを重宝している、この地域皆がお世話になる頼れるお店である。
そう、皆がお世話になるお店なのである。
「たまねぎ、にんじんに……じゃがいも……日向の家のカレーって鶏だっけ?」
「うん、鶏のひき肉だよ」
「うち、いっつも豚だからやっぱ新鮮だなぁ」
「鶏のひき肉カレーはヘルシーだからね、今のヨウくんだと物足りないかも?」
「いやいや、すっげー楽しみ。……あとは買うもんあったっけ?」
「あ、卵がお一人様108円だって! 2パック買おうヨウくん!」
「おっけー」
「そういえばヨウくんはトマト食べれるようになった?」
「た、食べれるわ! ……おい、入れるなよ? いらないからな!?」
相変わらず野菜あんまり食べないんだ……という非難の眼を無視し、会計を済ませる。
そして日向がカバンの中からエコバッグを……えっ、それ常に持ち歩いてるの?
「帰りにお買い物して帰ることも多いからね」
とは日向さん談。
学園のアイドルだというのになんて庶民的な……!
それなりの重さになったエコバッグを持ち上げ、外に出ると
雨は上がり、遠くには晴れ間が少し見えるようになっていた。
「お、雨上がったな」
「ぶー、また帰りも一緒の傘で帰りたかったのに」
「こんな荷物持ってまたあの体勢は正直辛いから助かるな」
カレーの具材のみのはずが、卵に牛乳なども追加されたエコバッグを掲げる。
なんやかんや言って、結構な重さになってしまった。
「ね、ヨウくん、手、繋いでもいい?」
「……別にいいけど」
「ふふっ、ありがと」
そっと、日向の手を握る。
本当に小さい手だ、強く握ると折れそうで怖い……。
「一緒にお買い物して……手を繋いで帰って……」
「なんだか、新婚さんみたいだねっ」
「ぶふっ!?」
思わず噴出してしまった俺を、日向がクスクスと笑いながら見つめてくる。
日向のその顔は……なんとなくくすぐったくなるので苦手だ。
「ふふふっ、帰ろうか、あなた?」
「お前な~っ……」
その後、地域の奥様ネットワークで。
「まるで新婚さんみたいだったわね」という微笑ましい噂が流れるのに、そう時間はかからなかった。




