表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/46

幼馴染の朝とこれからの事

「ヨウくん、おはよう!」


朝、いつも通りに家を出て登校……と思ったら、日向が待ち構えていた。

どうやら今日からは、一緒に登校するつもりのようだ……。


「なぁ日向……一緒に行ったら、昨日の努力無駄にならないか?」


そう、昨日あれだけ、あれだけ俺と日向は幼馴染以上ではない、

と周りを説得した意味がなくなってしまう。

それどころか、しばらく針の筵となる可能性も……!


「私は別に否定してないから知りませーん♪」

「おいおいおい、ちょっとは俺の生活も考えてくれよ……」

「わかりました! 今日も一緒にお昼食べようね?」


くすくす、と笑う日向に、がっくりと項垂れそうになる。

くそっ、噂が沈静化するまえに、どんどん炎上ネタ放り込んでどうするんだよ!


 ……それにしても……。


「学校に近づくたびに、視線が増えるのを感じる……」

「え? 気のせいじゃない?」


日向は何も感じていないようだが、こいつはもう慣れっこなんだな、人の視線に。

俺のような小市民にはわかる。

あの伊月日向の隣を歩いている男は誰だと言った、嫉妬、好奇心、様々な感情が混じった視線が向けられているのが。

日向の隣を歩くんだから、ある程度は予想していたのだが……。


「この視線の中、よく普通に歩けるな日向は」

「ヨウくんが気にしすぎなんだと思うけどなぁ……あ、なんだったら手、繋ぐ?」

「この視線の中でそんな事したら、刺されるんじゃないか俺?」

「ふふふ、じゃあそれは、帰りだけね?」


悪戯っ子のような笑顔をして……こんな顔も似合うなこいつ!

というか、これは今日も帰りを一緒にする気だな。

今日こそは流されることなく、毅然と対応しよう、俺は強く決意をしたのだった。



 * * *



 結局、朝、日向と登校したことについては特に何も言われなかった。

まぁ幼馴染ならそういうこともあるか? と納得してくれたらしい。

昨日の放課後のデート……? がバレていなくて、本当によかった。

……本当によかった……っ! かけがえのない平穏な日常万歳!


そうしていつも通りの一日を送った放課後。

また一緒に帰ろう、とこちらの教室まで来た日向を連れて昇降口へ向かう最中……。


「すまん水城、帰るところを悪いんだが、ちょっと時間いいか?」


金屋に声を掛けられた。

なんだ、また陸上部に顔を出せって話か?


「おう金屋、悪いけど陸上部なら行くつもりは……」

「いや、部活に来いという話ではなく……まぁ、今後の話だな」


うーん……今後のことか。

まじめな話っぽいから、聞いたほうがいいか、これは?

インハイ予選も終わったところだから、そうそう忙しいわけではないはずだが……。


「日向、悪いんだけどこの後、金屋と陸上部のほうに行ってくる」

「うん、了解。じゃあ、話が終わるの待ってようか?」

「いや、帰っていいんだぞ? どれだけ時間かかるかわかんないし」

「ううん、大丈夫! 図書室にいるから、終わったら連絡して?」

「……了解」


どうしても一緒に帰るんですね。

手を振って離れていく日向を見送るのを、金屋がぽかんと見ていた。


「お前たちは何時の間に、そういう関係になったんだ……?」

「どういう関係だよ」

「いや、まぁ、恋人というかそういう……お前にはてっきり、土矢さんが、と」


土矢と俺が彼氏彼女?

ふむ……ふむ? 

……うーん、日向と俺が彼氏彼女と同じくらい、想像がつきにくいな……。


「土矢と俺も、別にそういう関係ではないんだぞ?」

「む、そうなのか……仲がいいと思っていたんだが……ふむ、そうか……」

「なんだよ」

「いや、なんでもない、悪いな時間を取らせてしまって、来てくれ」


そのまま、金屋と陸上部の部室へと向かう。

おお……久しぶりだな、ここ入るのも。


「さて。今年のインターハイ予選、水城は不参加だったわけだが」

「すまんな、まだ出れるような状態じゃなかったんだ」

「ああ、それはいい、仕方のないことだとみんなわかっている」


もう1年近くも籍を置いているだけの俺に何も言わないなんて、

なんなのこの部活の人たち、聖人か何かの集まりなの?

普通、文句の一つも言いたくならないの? 逆に怖いんですけど!


「それで、今後大会に出るつもりはないのか? ということなんだが」

「……まぁ、おいおいってとこかな」

「おいおい、な」


ふぅ、とため息を一つ。


「知ってるんだぞ、お前が朝夜、走りこんでること」

「え……」

「むしろ、なんで知らないと思ってたのかが、俺にはわからん」

「……誰かに、聞いたのか?」


俺が走っていることを知っているのは、陽愛ちゃんか、土矢だ。

日向から漏れたという線は、昨日今日では考えづらい。

となると、接点を考えると、土矢が……?


「いや、聞いたわけではないんだ。朝走っているのを、見かけた奴がいてな」


土矢がもらしたわけではないようだ。

頭の中の土矢が、「ボクを信用してくれないんですか!?」と怒っている。

すまん、土矢。


「そこから考えるに……部活への復帰は考えてるんだろう?」

「まぁ、そりゃな」

「それならば、今後の大会参加の希望も聞く必要があるだろう?」


今後の大会開催予定をぱらぱらとめくりながら、話しを続ける。


「今年はもうインハイ予選も終わってしまっているから、9月以降だが……」

「そのことなんだけど……すまん、すぐには回答できそうにない」

「なぜだ? 膝ももうほぼ完治していると聞いたが」

「そっちはな。実は……」


そうして、俺は昨夜のことを話した。

走れはするが、全力では走れないこと。

どうしても、膝に力が入らなくなることを。


「なるほど、全力で走れない、か」

「ああ……近いところまでは行くんだが、そこから伸びないというか」

「原因はわかっているのか?」

「……」


分かっている。

結局のところ、怖いんだ、俺は。

また、怪我をすることが。



 昨年の夏。

馬鹿な子供だった俺は、練習中に、怪我をした。


あの頃、1年生にして大きな大会で結果を残し、周囲の期待を背負っていた。

同じ種目に出た先輩も期待してくれている。

先生や、周囲のみんなも楽しみにしてくれている。

頑張らないと、もっと、もっと結果を出すために頑張らないと。



俺を『ヒーロー』と言ってくれた、あの子のためにも……!



 気負いすぎていたんだろうと、今の冷静になった俺ならわかる。

完全に、オーバーワークだった。


その少し前から、膝に違和感があるのは分かっていた。

……わかっていて、対処を怠った。

その時は後回しでいいし、何かあって次の大会に出られなかったら困ると思っていたからだ。

本当に、今考えると馬鹿なことだと思うよ、全く。


左膝前十字靭帯断裂・半月板損傷。


それが、馬鹿な子供が体の悲鳴を省みず、馬鹿なことをした結果、負った傷。

周囲の期待を裏切る絶望、記憶の中の『あの子』が悲しむ顔。

今思い出しても背筋が凍る、辛い記憶だ……。



「俺はさ、また、怪我をすることが怖いんだと思う」

「…………」

「トップスピードに乗るかって時に、ふと頭をよぎるんだ……。

 あの時の、膝から力が抜けた時の感覚と、その後に来た痛みが」

「それは……」

「ははっ、笑っちゃうだろ? もう1年も前の話なのにまだビビってんだよ」


それが、完治したはずなのに、走れない理由。


「だから、今すぐなんかの大会に……ってのは考えられないんだ」

「いや、そういうことなら仕方ない……」

「悪いな、金屋。気を使ってもらってるのに」

「こちらこそ悪かった、嫌な話、させてしまったな」

「気にすんな」


話は終わりだと、カバンを手に持ち、ドアへと向かう。

ふぅ、なかなか精神的に堪える時間だった……。

甘いものでも食べてぇ……。


「みんな、また水城が来るの、待ってるからな!」

「……ああ、そのうち、走れるようになったらまた来るわ」

「おう」


金屋の肩をぽんぽん、と叩き、陸上部の部室を後にした。

図書室で待っている日向に連絡をしないと……。



先ほどまで晴れていたはずの空から、しとしとと、雨が降り出していた。



***************


ここから日向のターン!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ