side:土矢 光 その2
陽愛ちゃんからそれを聞いた時は、足元が崩れ落ちるような気がした。
え、怪我? なんで? どうして!?
視界がぐらぐらと揺れる……。
「ツッチー!」
「あ、え、ひ、陽愛ちゃん……ぼ、ボクどうすれば……」
「大丈夫ですから、兄は大丈夫ですから……」
「う……ううう~~~っっ!!」
夏なのに。
暑いはずなのに。
ボクは、震えがとまらなかった……。
……詳しく話を聞いてみると、センパイの怪我は、
どうやら日常生活を送る分には、しばらくすれば問題はなくなるようで。
ただ、陸上選手として競技生活に戻るためには手術が必要になり。
しばらく、リハビリ生活を送ることになる、という。
ボクはセンパイが走っているところを見ているのが、大好きだった。
センパイが走っているのを見ているだけで、ボクは幸せだった。
だから、センパイにはまた、思い切り走れるようになってほしかった。
でも、辛いリハビリでセンパイが苦しむなら……という風にも考えてしまうのだ。
センパイはどうするつもりなんだろう……。
「おー、土矢。お見舞いに来てくれたのか?」
「お疲れっす! 思ったより元気そうで安心したっすよー」
「ま、体のほうは全然問題ないからな」
大怪我をしたと聞いたわりには、意外と元気だな、と思ったのが第一印象。
よく見ると、ちょっと無理してるかな? という表情も時々見えるかな?
「にひひ、いきなり怪我した、って聞いた時はビビったっすよ!
まさかあのセンパイが!? って!」
「お前は俺をなんだと思ってたんだ……」
「うーん、鉄人とか、そういうのっすかね!」
「このやろ」
いつも通りのセンパイとのやり取りに、物凄く安心する。
たったこれだけの会話で、もうボクの中の不安は飛んでいっちゃうんだから、
ボクってほんと単純だよねって思っちゃう。
「そういや陽愛ちゃんに聞いたんすけど、手術するかもしれないんすか?」
「あー……そうだな。このままでもまぁ、大丈夫らしいけど……」
「リハビリ、大変だって聞いたっすよ?」
「でもやっぱ俺、走るの好きだから。その為なら頑張れるかなって」
その時のセンパイの決意を秘めた横顔に、ドキッとした。
ずるいっすよ……今、大怪我して辛いはずなのに。
それでも、そんなかっこいい顔見せるなんて……。
でも、センパイがそういうなら、ボクはボクのできることで、センパイの役に立ちたい。
自分の受験の準備もあるから、常に一緒にいられないのは分かっている。
でも、たとえ1時間でも、2時間でも、センパイを支えることができるはずだ!
「はー! 仕方ないから、たまにボクが様子見に来てあげますよ!」
「いやいや、お前受験生だろ、勉強しろよ」
「え? もしかして毎日来てもらえるとか思ったんすか? ドン引きっす」
「くそっ! そうだよ、お前はそういう奴だよな!」
「ま、暇な時だけっすよ! にひひ!」
それからと言うもの、ボクは時間がある限りセンパイと一緒にいるようにした。
センパイが辛そうな顔でリハビリに励んでいる時こそ、明るく振舞って。
……たまに、こいつウゼーって顔してるの、知ってるんすからね?
「センパイはアレっすね、ボクみたいな美少女に応援されて幸せっすね」
「えっ、応援? どれが!?」
「頑張れ♡ 頑張れ♡」
「うっぜぇ! こいつマジでうっぜぇ!!」
「現役美少女JCの頑張れボイスは普通ならお金になるっすよ?」
「うえー、そんなもんに金払う気がしれねー」
「ほらほら、汗ふいてあげるっすよ!」
「おいバカやめっ、痛い!!」
自分でも不謹慎だと思う。
でも、この二人だけの時間が、本当に、本当に楽しかった。
……時々、伊月さんがこっちを見てたのは知っていたけど、無視をした。
来れるもんなら来ればいい、ボクは逃げも隠れもしないぞ、と。
さすがに冬の間は、ボクたちも受験準備があったので
センパイに会いに行く回数は激減したけど、時間がある時は一緒に走った。
毎晩、センパイの外出時間を教えてくれる陽愛ちゃんには感謝しかない。
……今度ケーキの差し入れでもしないといけないな、うん。
そして、春。
「お、土矢来たな、お前よくここ受かったな!」
「にひひ、陽愛ちゃんにめっちゃ教えてもらったっす! 余裕だったっす!」
「それ、全然自慢することじゃないっていうか、何うちの可愛い陽愛ちゃんに迷惑かけてんだ!」
「ぎゃー! 痛いっす! おにぎりは痛いっす!!」
また、センパイと同じ学校に入れた!
おバカなボクに根気よく付き合ってくれた陽愛ちゃん、本当にありがとう!!
……ただ、センパイはまだ陸上に戻ってはいないらしい。
完治したわけではない自分は、まだ戻るわけにはいかないのだとか。
でも、ボクは信じてる。
センパイならきっと、また走れるようになって、ボクに最高にかっこいいところを見せてくれるって――――
* * *
「よし、そろそろ帰るか」
「えー、もうちょっと膝枕しててもよかったのにー」
「バカ言うな、これ以上帰るの遅くなったら、陽愛ちゃんが心配するだろ」
「あのー、ボクの心配は……」
「陽愛ちゃんよりは優先度は下がるな」
「相変わらず酷いっす!」
こういった会話もいつもの流れだ。
そろそろ、ボクのことをもうちょっと女の子扱いしてくれても……。
「ほら」
「……なんすかその手」
「いや、長いこと頭載せてたから……足痺れて立てないとかないかな、と」
「……にひひ、それはボクと手を繋ぎたいって事っすか?」
「ばーか、そんなんじゃねぇよ」
「顔真っ赤にして言うことじゃないと思うっすけどねー」
「お前、人の事言えないからな?」
「「…………」」
「か、帰るか!」
「そ、そうっすね!」
きゅっ、とセンパイの手を握って、立ち上がる。
ヤバイ……ドキドキしすぎて死にそう……!
「あー、帰りにコンビニでアイス買って帰らないとなあ」
「センパイ、ボクはハーゲンダッツが食べたいっす!」
「はっ、お前にはポッキンアイスで十分だよ」
「安っ! それ一本10円くらいっすよね!?」
初めて繋いだセンパイの手は、思ってたよりもずっと大きくて。
優しく手を握ってくれるセンパイの気遣いが、とても嬉しかった。
……帰ってから冷静になり、手汗は大丈夫だったかとか、死ぬほど悶えました。




