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夜の後輩はちょっとだけ魅力的

 私と兄には幼馴染が『いた』。


そう、いた、過去形だ。

兄は今、どう思っているかは知らないけど。

私はあの人を、もう幼馴染だとは思っていない。



「陽愛ちゃんよ、兄はそろそろ走ってくるな」

「あー……うん、ちょっと待って、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだいなんだい、兄が一番好きなのはもちろん陽愛ちゃんだぞ?」

「そういうんじゃなくて」


この兄は、ちょっと妹を好きすぎるんじゃないだろうか?

実の兄妹で……なんてことにならないよう、気をつけなければ……。

いや、信用はしてるけど、うん。

それよりも、私には聞かなければいけないことがある。


「……ヒナちゃん。今日のお昼、一緒にいたよね」

「ああ、そのことか……おう、いたな」

「いつの間に仲直りしたの?」

「俺と日向は別にケンカしてたわけじゃないんだけどな」

「日向……」


いつの間に……。

もうこの数年、私たち兄妹とは関わりがなかったはずだ。

『去年の夏』だって、一度も来なかったくせに!


「ま、いつからってなると、今日からだな。ちょっと色々あって」

「……ふぅん、そっか」


本当に、油断ならない。


「ねぇ、これは先に言っておきたいんだけど……」

「ついに兄の魅力に気付いてしまったか?」

「私は、ツッチーの味方だから」

「……? うん、土矢はお前の友達だからいいんじゃないか……?」

「わかってない……けど、もういいや。ほら、走りに行くんでしょ?」

「そうだな、これ以上は遅くなるな。じゃあ、行って来る」

「行ってらっしゃい、アイスよろしくね」



「……兄よ……私はヒナちゃんのこと、許してないからね……」



その声は、玄関へと向かった、兄に届くことはなかった。


 * * *


 さすがに、もう7月も見えた時期になると、相当な暑さだ。

軽く流しているだけでも、汗が吹き出てくる。

これだけ暑いと、土矢も出てくるのが億劫なのか、今晩は一人で走っている。


住宅街を抜け、堤防に上がったら川沿いをぐるっと回り、帰宅。

いつものコースだ。


ただ、今日はやりたいことがあった。

土矢がいない今なら、ちょうどいい。



 いつもは降りない、河川敷の広場に降り、念入りにストレッチをする。

心臓が壊れそうなほど、早鐘を打ちつける。

これほど緊張したのは、初めての大会以来だ……。

大丈夫、もう問題ないと言われていた、俺は走れるはずだ。


「さて……いくか!」


最初はスローペースで走り出し……徐々にスピードを上げていく。

ここまでは全く問題ない、ここからトップスピードに――――


――――……乗れない!?


体は万全、もう問題ないと太鼓判を押されているのに。

全力に近いところまでは持っていけるのに!


その先に行こうとすると……膝に力が入らない……。


「……っなんだよ……!」


膝が折れそうになる恐怖に足を止め、その場でうずくまってしまう。

なんで! どうして走れないんだよ!!


「センパイ!? ちょ、だ、大丈夫すか!?」

「土矢……」


あれ、こいつとは今日合流してないはずなのに……なんでいるんだ?


「……何やってんだお前、いつからいたんだよ」

「ちょっと前っすよ! て言うか怪我!? 怪我したんすか!? ちょっと!!」

「あー、いや大丈夫、別に怪我したわけじゃないから……」


土矢を安心させようと、立ち上がろうとするが……。

頭がクラクラする。

気持ち悪い、世界が揺れる。

なんで、どうして、と言う言葉がぐるぐる回って……。


「センパイ!?」


俺の意識は、暗転した。



 * * *



なんだろう、甘い、いい匂いがする……。

頭に触れる、何かがとても気持ちいい。

ずっとこのままでいたいような……。


「う……」

「あ、目が覚めましたかセンパイ」

「土矢……? 何してんだお前……」

「センパイを膝枕してるっす」

「はぁ!?」


何言ってんだこいつ!? びっくりするわ!

さすがに外で女の子に膝枕されてるというシチュエーションに恥ずかしくなり、

飛び起きようとするが……。


「はいはい、そのままそのまま。センパイ、気を失って倒れたんすよ」

「あ……」


そうだ、さっき、どうしても前みたいに走れなくて。

気持ち悪くなって、それで……。


「にひひ、ボクみたいな美少女の膝枕とか役得っすねー」

「お前、自分で美少女とか言って恥ずかしくないの?」

「そんなんで恥ずかしがる人は、こんなトコで男の子を膝枕なんてできないっす!」

「それな……」


周囲を見渡すと、どうやら先ほどの広場の端にある、ベンチのようだった。

ここまで男一人を運ぶのは、相当しんどかったんじゃないだろうか。

悪いことをしてしまった、謝らなきゃな……。


「ここまで運ぶのちょーしんどかったんで、センパイには謝礼を要求するっす!」


と思ってたら、自分からブッコんできやがった、なんてブレない女だ。


「おー……なんでもいいぞ……ただし金はない、3000円以内で頼む」

「割と現実的な金額が出てきて、さすがのボクもドン引きっす……」


そんな余裕ねぇよ、月額小遣い制の男子高校生なめんなよ。


「じゃあ、ボクとデートしてください」

「はぁ? なんだそりゃ」

「一回くらい付き合ってくれてもいいと思うんすよねー、はーここまで重かったなー!」

「わかったわかった、そんくらいしてやるから!」

「じゃあ次の日曜日、楽しみにしてるっす」

「えらく急だな」

「テスト始まっちゃうと、動けなくなりますからねぇ……」

「ああ……テストか……そうだなぁ……」


それきり、会話が途切れる。

ちら、と上を見上げると、慈しむような、優しげな眼差しで見下ろす土矢が目に入り……。

それと同時に、土矢から香る、柔軟剤の匂いや土矢本人の香りを意識してしまい、

顔に熱が集まるのが分かった。

くそ、調子狂うな……。


「ね、センパイ」

「……んー?」

「なんか焦ってるみたいですけど、もっとゆっくりでいいんじゃないですか?」

「……………」

「これから、まだまだ時間はありますよ」


夏とは思えない、涼やかな風が吹きぬける。


「なぁ、土矢」

「はい」

「ありがとな」

「にひひ、素直なセンパイも好きっすよ」

「うっせ」


そのまましばらく、土矢の手の感触を楽しみながら、穏やかな時間が過ぎていく。

先ほどの気持ち悪さは、もう感じなかった。




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