幼馴染は開き直る
「ヨウくん、お昼、一緒に食べませんか?」
その瞬間、教室の中の空気が固まったのがわかった。
昨日のことが噂されている中、このタイミングは最悪じゃないか……?
どうしよう、これは介入するべきなのか……。
「い、伊月さんと水城くんって、仲よかったの!?」
そんな中、一人の女子が、意を決して伊月に声をかけた。
「そうだねぇ……うーん……うん、そうだよ! ヨウくんと私は、実は幼馴染なんです」
おう……それは本当に言ってもよかったのか伊月よ……。
そういうのが嫌で、今まで話かけてくることもないんだと思ってたんだが。
ああ、男子の視線が痛い……おい火口! なんだお前泣いてんのか!?
あとでドクペでも買ってやるか……。
「そうだったの! 全然接点ないから不思議だったんだよね!」
「へへへ、しばらくちょっと距離があったんですけど、色々あって……」
「あ、じゃあもしかして昨日一緒に歩いてた男の子って、水城くん?」
「えーっと、それは……」
チラっ、とこっちを見る伊月。
ダメだ、これ以上あいつに喋らせてると話さなくていいことも話しそうだ!
早急にこの教室から離れないと……!
「伊月、昼食べるんだろ? 時間なくなっちゃうぞ」
「あ、うんわかった。ごめんね、私行くね……ってヨウくん待ってよ!」
待たねぇ。
「あれっ、外で食べるの? 教室じゃなくて?」
「お前はあの空気の中で食べたいと思うのか……」
「うーん……ないかなっ」
わかってくれればいいんだ。
ところで伊月よ。
なぜ、俺の手を握って来るんだ……。
* * *
伊月を連れ出し、俺たちが向かったのは、校内の中庭だった。
ここの端っこのほうなら、そうそう見つかることもないだろう。
「へへへ、一緒にお昼なんて久しぶりだねっ」
「ソウダネ……」
「あ、今日はちょっと多めに作ってきたんだけど、ヨウくんも食べる?」
「うん、いただきます……」
「あ、あーんとかしてあげようか……?」
「やめてください……」
なんだ……今朝の伊月と態度があまりにも違いすぎる。
朝の塩対応の伊月と今の伊月が全くの別人に見えるんだけど……。
「なぁ、伊月」
「んー? やっぱりあーんして欲しくなっちゃった?」
「朝……というかこれまでと今と、態度が違いすぎる。……何を考えてるんだ?」
「あー……やっぱりそのこと言われるかぁ……」
へへへ、と頬をかきながら、少し顔を赤くする。
「朝はね、ただ恥ずかしかっただけ。私とヨウくん、長いこと話もしてなかったから」
「まぁ……そうだな。4年くらいか?」
「うん。でもね、ほんとはずっと、前みたいに仲良くしたかったんだ」
「あの態度でそれを読み取るのはエスパー能力が必要だな」
「そこは読み取ってほしかったなぁ、幼馴染なんだから」
伊月が二の腕をぽすぽすと殴ってくる。いてぇよ。
「でもね、昨日のこともあって、このままじゃダメだって思ったの」
「うん」
「そもそも、疎遠になったキッカケは私からだったんだし」
そう、俺たちの関係が冷え込んだのは、伊月が急に余所余所しくなったからだ。
朝も急に、先に一人で行くようになるし、話しかけても俺から逃げるようになって。
当時は俺が何かしたのかなぁ……とずいぶん悩んだのを思い出す。
次第に話しかけることもなくなり、俺たちは『幼馴染という他人』になったわけだが。
「でもね、そんな私でも、ヨウくんは昨日助けてくれたでしょ?」
「たまたまだよ。次に絡まれてても助けてやらないかもしれないぞ?」
「ふふっ、それでも嬉しかったよ。……でも、だから次は私が頑張らないとって」
まぁ、朝は結局おはようって言うのが限界で、恥ずかしくて逃げちゃったんだけどね、と顔を真っ赤にしながら笑う伊月。
「それで学校に来てみたら、昨日のことが噂になってるし」
「ああ、なんか凄かったらしいな」
「ほんとだよー、誰が見てたんだか……。ただ一緒に歩いてただけなのにね」
「あれくらいで噂になるとか、人気者は辛いな」
いちいち、あれは誰なのか、どういった関係なのかと詮索されるのも疲れるだろう。
それに、伊月には『好きな人』がいるんだから、そいつから誤解されても可哀想だ。
早くこの噂が収束すればいいな、と思う。
「でもさ、なんかもう、ここまで来たら開き直っちゃえって思って」
「その開き直りのせいで、俺にも被害がきそうなんだがっ?」
「そこはほら、可愛い幼馴染とお昼が食べれたんだから喜ぼうよ?」
「自分で可愛いって言うか普通……」
はぁ、と思わずため息をついてしまう。
この後、教室に帰ってから何を言われるか、想像するだけで疲れる。
ただ……嬉しいか嬉しくないかといわれれば、そりゃ嬉しいんだよなぁ。
「これからは私、もう我慢しないからね、ヨウくん」
「……何を我慢しないのか知らないけど……まぁ、いいんじゃないか……」
何か我慢することをやめたらしい。
ぐっ、と胸の前で拳を握る伊月は、いつも学校で見せている優等生然とした表情ではなく、昔からよく見ていた、自然な笑顔で――――
素直に可愛いな、と思った。
「で、でね……ヨウくんにお願いがあるんだけど……」
「お、おう、俺に出来ることだったらな? あ、金貸して以外で頼む」
「そんな事言わないよぉ」
ぷーっとあひる口になる伊月。
あ、やっぱり可愛くないわ。
「じゃあなんだよ?」
「えっと……その……む、昔みたいに名ま「あーーっ! センパイじゃないっすか! こんなとこでお昼とか珍しい……っすね……?」」
また、面倒くさいことになりそうである。




