幼馴染は否定しない
AM7:40
俺が朝、登校するために家を出るいつもの時間だ。
「いってきます、っと」
ドアを開けると、隣の家からも「いってきます」、と声が聞こえてくる。
そして、いつものようにちらっ、とこっちを一瞥してくる伊月。
その瞬間、昨日の笑顔を思い出してドクン、と心臓が跳ねる。
そして――――
「おはよう」
そう一言残して。
――――そのまま、スタスタと歩いていってしまった。
「えぇ……?」
すん、と心臓の鼓動が落ち着く。
あれっ、昨日あんなことあったのに、何も変わってない……?
もしかして、昨日ごろんごろん転げまわってたのって俺だけ?
やだ……意識しまくってた俺、超恥ずかしい……!!
昨夜とは違う意味の恥ずかしさで悶えている俺は、全く気が付かなかった。
伊月が、実は耳まで真っ赤にしていたことを……。
* * *
今朝は、朝から教室の中の空気が、少しざわついている気がした。
「なぁ、知ってるか? 昨日の夕方、伊月さんが男と歩いてたって噂」
「……へぇ……」
それ、十中八九俺のことですよね? とは言わない、言うわけがない。
どうやら、これまでの伊月の告白の断り文句『好きな人がいる』と、
昨日一緒に歩いていた男が、ついにつながったのではないか?
と、女子たちの間で話題になっており、朝から伊月が質問攻めにあっているんだと。
なるほど、朝から空気が変だなと思ったのは、そういうことか。
それに、そんな事を言われても、伊月も困るだろう。
昨日一緒に歩いていたのは俺だ、決してあいつの『好きな人』なんかではないのは、自分がよくわかっている。
それにしても、昨日はテンパってあんなことしてしまったけど、
それが原因で今、伊月が困っているなら、悪いことしてしまったかもなぁ……。
「で、伊月はそれに対してどう答えてるんだ? なんか言ってるのか?」
「それが、どうも否定も肯定もしないっていうか……うーん、なんだろうなあれ」
「はぁ?」
否定しない? なんで?
違う、そんな人じゃないよ、と言うだけで終わるはずだ。
じゃああれは誰だったのか? と聞かれて、俺に迷惑がかかるのを気にしているのか?
「そんな態度だから、余計にそいつが意中の相手なんじゃないか? って疑われてるみたいだな」
「そりゃ……そうなるだろ。伊月にしては迂闊な回答だな」
「で、伊月さんのストーカーのヨウさんは、相手の男に心当たりはないので?」
「知らん」
知ってますけどね。
「それにしても、俺の天使伊月さんに近寄るとかマジで許せねぇ……!」
「いつからお前の天使になったんだよ、バーカ」
「これからなるんだよ!」
そこからは、いつものようにどうでもいい話で盛り上がる。
おそらくこの噂も、数日もすれば沈静化するだろう。
そもそもが俺と伊月が関わるようなことがイレギュラー、昨日の出来事で少し距離が縮まったように見えるが、それでもようやく朝に挨拶を交わすようになった程度だ。
移動教室のときにチラッと見た、伊月の顔もいつも通り、優等生然とした表情だ。
昨日見せた、あの笑顔は実は俺の妄想でした、と言われても納得できるね。
この様子だと、今後二人でいるところを見られることは、もうないだろう。
平和でいつも通りの日常が帰ってくるのも、遠い話ではない。
そのはずだったのに。
「ヨウくん、お昼、一緒に食べませんか?」
俺を昼飯に誘いに来た伊月を見て、唖然とする火口や他のクラスメイトたち。
どうしてこうなった……!




