side:伊月日向 その2
「日向お帰りー……ってどうしたの、顔真っ赤よ? 風邪ひいたんじゃないでしょうね」
「う、うん、大丈夫だよ……風邪じゃないのわかってるから。ご飯できたら呼んでね……」
ふらふらと階段を上がり、自分の部屋に入り、しっかりと鍵をかける。
制服がしわになるのもためらわずに、そのままベッドに飛び込み……。
「~~~~~~~~~~~~~っっっっっっっ!!!!!!」
貰ったこのぬいぐるみを胸に抱いたまま、声にならない声を上げる私。
ダメだ、今すっごいだらしない顔してるのが、自分でもわかる!
こんな顔、絶対学校で見せられないよ……!!
さっき、ゲームセンターであった事を思い出す。
知らない男の人に囲まれて、逃げようにも逃げられなくて……。
今思い出してもぞっとする。もしヨウくんが助けてくれなかったら、
私はどうなっていたんだろう、って。
だからこそ、あの時のヨウくんが本当にかっこよくて……!
危ない所をかっこよくたすけてくれて! しかも私を胸元に引き寄せて!!
『俺のツレに何してんだお前ら』
「うう~~~~……ツレって……ツレって……!」
か……彼女みたいに見えたかな……多分見えたよね……? えへへ……。
その後も、私が全然取れなかったぬいぐるみも取ってくれて……。
私の欲しかったぬいぐるみをプレゼント……してくれて……。
帰りも、また何かあったらどうするんだ、って家まで送ってもらって!!
恥ずかしくて、嬉しくて、足をバタバタしてしまう。
こんなに幸せなことがあってもいいんだろうか?
こうなるとあの時の男の人に感謝してもいいのでは?
……なんてバカな事も考えてしまう私は、重症なのかもしれない。
それくらい、今日のヨウくんとの時間が楽しかったの!!
思えば、ヨウくんとこんなに話したのは、本当に久しぶりだったなぁ……。
小学生の頃は一緒に遊んでたし、中学生の頃も、最初のうちはお隣さんだから一緒に登校してたし。
本当は、ヨウくんと同じ学校なんだから、今も一緒に行きたいと思っているの。
朝もヨウくんと同じ時間に出るようにしてるんだけど……は、恥ずかしくて……声がかけられなくて……!
私たちの関係がこんな風になってしまったのは、中学2年生の頃。
あの頃はまだ、ヨウくんはただの幼馴染で、好きだなーなんて感情もなくて。
周りの女の子が、『水城くんってちょっといいよね』って言ってるのをへー、そうなのかーって他人事みたいに聞いてるだけで。
それが一気に異性の『好き』になった、あの日……。
なんてことはない、物凄い事件があったわけでもなんでもないんですよ?
階段を踏み外した私を、ヨウくんが抱きとめてくれたってだけの、よくある出来事だったんだけど。
――――あの時、落ちた私を優しく抱きとめてくれて、
『大丈夫?』って優しく声を掛けてくれた表情に。
……もう、どうしようもなく、ヨウくんに異性を感じてしまったわけでして……。
いつの間にか私よりずっと高くなった身長も、部活で鍛えたがっちりした体も。
ヨウくんの声、何気ない仕草……ヨウくんの全部がどうしようもなく私をドキドキさせて!
もう、ヨウくんの顔を見るのも恥ずかしくなって!
……哀しいかな、話しかけるのも、恥ずかしくなっちゃって……。
それ以降、どうしてもヨウくんと普通に接することが出来なくなって。
そうなるとヨウくんも気を使ってるのか、それまでみたいな私との時間も減っていって……。
少しずつ、私からヨウくんが離れていくのは、本当に悲しかった。
高校も、ヨウくんが行きたいって学校を友達伝手に聞いてもらって、今度こそ幼馴染らしく、一緒に学校に行けるように!
って意気込んでいたのに、結局意気地なしの私は、声も掛けられなかったわけでして……。
ヨウくんが一番辛かった『あの時』も、側にいてあげられなかったのは、辛かった……。
だからこそ今回、ヨウくんがくれたこのチャンスは逃がさない!
明日は絶対、絶対私から「おはよう」って声をかけるんだ……!
「明日から……覚悟してよね、ヨウくん!」
ヨウくんからもらったねこさんをぎゅっと抱きしめ、私は明日に思いを馳せたのだった。




