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僕が小笠原をメモする七日間  作者: 細間低人
4/4

僕は、再び出発する



1月3日


9:00


 今日は急に肌寒くなって雨も降りそうだ、とはいっても昨日に比べての話で、内地の十一月上旬くらいの気温である。おがさわら丸は帰りも丸一日の船旅なので、実質今日が最終日である。午後にはこの父島を離れてしまうのはなんだか寂しかった。それでも、晴れているうちに色々なことができたのは小笠原のなんかしらの神に感謝すべきだろう。

 お土産屋が開くまで小笠原世界遺産センターという小規模な施設で時間を潰すことにしたが、結局パネル展示などに釘付けという有様で、潰れた時間は予想を上回った。


9:30


 簡単に買い物をすませて、宿のおばちゃんが勧めてくれたビジターセンターへ向かった。

 ビジターセンターには昨日見る事が出来なかったオガサワラオオコウモリのはく製が展示されている。こいつめ。そんなつぶらな瞳しやがって。こんなに目の前で細かく見る事ができても、全く納得することは出来なかった。やはり野生の生きているものを見なくては駄目だな。これは、あるかわからない次回の宿題。


13:00


 父島で最後に訪れたのは、大神山神社であった。高台にある神社のため、急な階段を登らなくてはならず少し気が引けたが、ゆっくりと一歩ずつ思い出を振り返りながら登るとすぐに到着した。

 参拝は、祈ることも、願うことも思い浮かばなかったから、「数日間、ありがとうございました」とだけ伝えることにした。

この神社は更に上へと進むと、展望台に繋がっている。


 展望台までひいひい言いながら登り切って顔を上げると、父島を見渡すことが出来た。展望台から、今回僕が訪れた場所の殆どを見ることが出来る程にこの島は小さい。こんなにも小さい島で、何人の観光客が元気を貰い、心を癒やし、思い出を作ったのだろう。この小さな島の持つ力の大きさは、とんでもない。


 天気が良くない父島の少し涼しい風が、僕の住む街の寒さを思い出させて、さて、そろそろ帰るか、という気分にさせるのだった。


15:00


 出港の時。

 おがさわら丸に乗り込み、そろそろ家に帰りたくなってきたような、まだこの父島に残っていたいような、行きとはまた違った種類の感情でそわそわとしていた。

 おがさわら丸出港時のお見送りが有名なようなので、船のデッキに出てみると、おがさわら丸の泊まっている二見港には、沢山の島民の人達が見送りに来ていた。宿のおばちゃんがにこにこして控えめに手を振ってくれる。あ、富爺だ。テンションが異様に高くて目立っている。太鼓の演奏が行われ、島民の方々が用意したメッセージ入りの旗やプレートが掲げられていた。


 大きく鳴り響いた汽笛と島民が奏でる太鼓の音色と共におがさわら丸は港を離れた。島民は何度も何度も手を振り、出港と同時に小型船や中型船を十隻ほど並走させた。ダイビングのインストラクターの方や、ホエールウォッチングの船長が見える。かなりのスピードのおがさわら丸に、手を振りながらギリギリまで追ってくる。

 見送りにきた島民は誰一人「さようなら」とは言わない。


「またね」

「いってらっしゃい」

「ありがとう、またいつか」


 それが、もし万が一に、本当に万が一、観光業としての言葉だとしても、仕事の為の言葉だとしても、僕は嬉しいのだ。また来よう、何年後かわからないけれど。必ず。

 また僕は、つまらない日常を過ごして、辛い日常を過ごして、飽きてしまうほどに繰り返して、再び疲れてしまったときに、「ただいま」という気分で帰ってこよう。


 僕はこの旅行で見た事、感じた事は出来るだけ素早く文章にして、メモも欠かさないと決めていた。その時の現象と感情を忘れないように。そういう文章を書く練習のためにも、この記録を残していた。だから早くこの感情を書き留めなければならないのに、なのに、僕は小さくなっていく船達と、薄くなっていく父島のシルエットから、どうしようもなく目が離せなかった。


 そうして充分景色を眺めて、おがさわら丸のスピードがつくる風に当たって少し肌寒くなってきた所で、この記録に戻ることにした。残り二十四時間で、僕は日常に戻るのだ。




 僕のいたあの島に、しばしのさよならを。


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