第20話 ばいばい、チビ蔵くん
「ふたりでこの町から逃げましょう…!!!」
「どういうこと?」
「ムリなんですよ!!!
どだい、“かたつむり”を倒すなんてことは…!!」
チビ蔵くんが、自分の両手を見ました。
「ボクは……ボクは。
本当は、ヤツを倒すつもりなんてなかった……
だってムリなんだから!!!!
『恒星破壊ビーム』でしとめきれないような化け物が、熱線銃やらの豆鉄砲で倒せるワケないんだから……」
チビ蔵くんが、自嘲するように顔をそむけます。
「ボクが色々と武器を準備したのも…本当は“かたつむり”を倒すためじゃないんですよ……
ただ、自分の身を守るためです…
ヤツには太刀打ちできなくとも、武器があれば、生き延びれる確率は上がる……」
「………」
「さっき、モブ子さんに、“かたつむり”はぼくのが倒すとか言ったのも……
ホントは好きな人の前でカッコつけてただけです。
まさかケツまくって逃げだすつもりだったなんて言えない……
宣言した手前、何もしないのもマズいかと思って、こうして館には来ましたが……
もちろん、突入する気なんてあるハズもなく……
寝てたなんてウソですよ。こんな恐ろしい場所で寝るワケないじゃないですか。ボクはそんな神経図太くない。
ただ、館のまわりをウロウロしてただけなんて言えないから……そんな苦しい演技を……」
「キミはわたしが来るのを見ていたんだね」
「ええ、モブ子さんがやってきちゃったのにはビビりましたよ。
ただ時間つぶしてるだけのこんな姿をみせられない、どうしようって。
逃げようかとも思いました。
でも、そうしたらモブ子さんは一人で館に入っちゃうじゃないですか。
それは……それだけは……」
「一応、わたしを守ってくれる気だったんだね」
「そりゃあ、そうですよ!!!
ボクはもう、失いたくないんだ……
結局、流れで館に突入するハメになりましたけど、もう、心臓が止まりそうでしたよ……
実際、ボクも死にかけたし、モブ子さんだって……
こうして生きてるのが奇跡なんですよ!!!?
もうイヤだ、こんなことはイヤだ……
だから逃げようっていうんです!!!!」
「町から逃げてどうするの?
“かたつむり”は、どこまでも広がっていくんじゃないの?
地球すべてを喰らうまで───」
「いや、その可能性は低いと思います。
ヤツの目的は、あくまでボクらホワイトグレイを滅ぼすことなんです。
こういうと不愉快になるかもしれませんが、ヤツにとって、地球で暴れているのは余興なんです。
飽きれば、そのうちいなくなるかもしれない」
「希望的観測な気がするけどね」
「じゃあ宇宙に逃げましょう!!!
ボクがガンバってUFOを直すから!!!
そうだ、宇宙には人が住んでるところはたくさんあるんです。
どこにだって行ける!!! もう安心だ!!!」
「わたしに故郷を見捨てろっていうの?」
「い、いや、その……しかたないじゃないですか……」
「まあ、わたしは故郷を愛してるなんていうほど殊勝な人間じゃないけど」
「じゃあ…!!」
「でもダメ。だって」
わたしは、チビ蔵くんの目を見据えました。
「ルト子を置いてはいけないから」
「ルト子って……え、そんな重要なことじゃないでしょう……」
「わたしにとっては、重要だよ」
「いや、ムリですよ……だって」
「ルト子は、“かたつむり”に“寄生”されてるんでしょ?
さっきの話によると、ブルーグレイとやらは、宿主に寄生して、捕食して、ブルー人間として生まれ変わらせるとか。
でも、ルト子はまだ人間の体だった。ただ、寄生されているだけ。
ならば、体内から“かたつむり”を叩き出せばまだ戻れる。違う?」
「理論上は、そうです……でも。
ブルーは宿主と強固に結びついているんです。
綺麗にひっぺがす方法なんてないんですよ。
いや…ひとつだけあるとするなら、ブルー本体が死ぬこと。
つまり、“かたつむり”本体を倒すことです。
でもそんなのはムリなんです!!!!」
チビ蔵くんが両手を振りまわしてがなりたてます。
「『恒星破壊ビーム』で死なないヤツですよ!!!?
どうやって倒せっていうんですか!!!
ゼッタイ無理です!!! 物理的に無理なんです!!!」
「倒せる」
「…モブ子さんは何もわかっていない……
モブ子さんは想像つかないかもしれませんが、恒星破壊ビームはホントに太陽級、いやその何十倍ものサイズの恒星を、一撃でこっぱみじんにできる威力なんですよ。
もっとわかりやすくいいましょうか。
この地球上にあるすべての兵器をまとめて叩きこんでも、ヤツにはロクにダメージを与えられないです。
物理的に倒す手段がないんです!!!!」
「そいつは“生物”なんでしょ? なら倒せる」
「………
モブ子さんは……きっと、いろいろあっておかしくなってしまったんだ。
ボクが助けないと……」
チビ蔵くんがわたしに熱線銃をつきつけてきました。
「なんのつもり?」
「撃たれたくなければ、ボクといっしょに逃げてください」
「本末転倒だと思わない?」
「しかたないじゃないですか!!!
モブ子さんは混乱してるんだから、こうでもしないと…!!
これはモブ子さんのためなんです!!!」
「混乱してるのはどっちだか」
「ボクと逃げてください」
「断る」
「拒否権はみとめません」
「わたしはルト子を見捨てない」
「なんでそうガンコなんですか!!!!
友達なんて……友達なんて……」
チビ蔵くんが。
「また、いくらでも作ればいいじゃないですか!!!!!」
言ってはならないことをいいました。
次の瞬間、チビ蔵くんは地面に転がっていました。
まあ、わたしが殴りたおしたんですがね。
彼は、わたしの逆鱗にふれました。
「ふッ…ふぐッ……」
チビ蔵くんが鼻をおさえながら立ちあがります。
その手の下からは、鼻血がダラダラと流れています。
──血は普通に赤いんですね。
彼らが地球人と同タイプというのも、本当なのかもしれません。
「ど……どうして……どうしてわかってくれないんだよォ……」
「方針の決裂だね。ばいばい、チビ蔵くん」
わたしは、クルリとチビ蔵くんに背を向けました。
もう、この洋館に用はなさそうです。
そのままスタスタと玄関をめざします。
「……そうだ……いいことを思いついたぞ……
そうすれば、モブ子さんを……うふふふふ………」
チビ蔵くんが何やら不穏なことをつぶやいていますが、無視します。
正直、混乱している彼にかまっていられるほど、わたしは余裕がないのです。
まあ……混乱しているんでしょうね……わたしも……
チビ蔵くんの言っていたことは荒唐無稽の極みでしたが、筋はとおっていたと思います。
これまで起こったことと合致していましたし、実際グレイであるチビ蔵くん自身という物的証拠あります。
彼の言っていたことは本当でしょう。すべてとはいいきれませんが。
だとすると。状況は相当、厄介そうです。
わたしは“かたつむり”を、町に潜む怪異的に考えていましたが、実際はもっとずっとヤバい存在であるようです。
とはいえ、わたしのやることは変わりません。
わたしは脇役ですから、宇宙的スケールだとかそんなことはまったく関係ない。興味もない。
ただ、目の前のことをやるだけです。
そう、友達を助けるっていう───
わたしは、ルト子を助けます。
そのためならば、かたつむりだって“始末”しましょう。
これからやるべきことも、すでにわたしの中で決まっています。
ルト子は、かたつむりが、“また”、“町に”、行っていると言いました。
しかしもちろん、町でそんな怪奇的生物なんて見かけませんでしたね。
もしそんなのがウロついていたら、今ごろ大騒ぎになっているでしょう。
ならば、地下にでも潜んでいるのでしょうか? 下水道とか?
考えられないことではありません。しかし、どうもピンときません。
わたしの勝手なイメージですが、“かたつむり”というのは、すごく傲慢で、エラそうな奴なんです。
上から目線でわたしたち人間をもてあそんでいる。そんな気がします。
そんな奴が、下水道に、わたし達の地べたの下に、引きこもったりするでしょうか?
どうもイメージと合いません。
ここで、チビ蔵くんの話です。
グレイは種族的に、異世界人の中に混じって生活するのが好きだとか。一大興行として成立するほどに。
そして、“かたつむり”だってグレイなんです。思考回路的にはそんなに変わらないハズ。
──わたしは、ピンときましたね。
かたつむりは、“人間に化けて”、町に潜んでいるのではないでしょうか。
そう、チビ蔵くんと同じように。グレイ的に。
わたし達と同じ顔をして、わたし達を嗤っているのです。これほどイメージに合うことはない。
特に、確証があるワケではないです。
でも、わたしはこの推測に確信をもっている。
“かたつむり“は、町の誰かに化けている───
ならばわたしは、そいつを見つけだして、“始末”するだけです。
そのために、今、やるべきことは───
わたしは、洋館の外に出ました。
すでに、日は完全に暮れかけています。
冷たい風が、わたしの体を吹きぬけていきました。
ざわざわとした葉鳴り。
暗い木々が、ポツンとしたわたしを取り囲んでいます。
──荒涼感。
…わたしはまた、ひとりになってしまいましたね。
まあ、今さら気にすることでもないです。なれっこですから。
わたしはひとりでも、やり遂げてみせます。
わたしは、ひとりで十分───
そのとき。地鳴りのような音がきこえました。
地震でしょうか? 地面が少し振動している気もします。
しかし地震にしては、妙に特定の方向からきこえるような?
わたしは、音の方向を見てみました。
“壁”がありました。
水の壁です。木々よりずっと高い、まるで構想ビルのような高さの水が、見渡すかぎり横に広がっていて。
わたしに迫っていました。
『大津波』です。
「なッ……」
さすがのわたしも声が止まります。
当然でしょう。この町の標高は100m程度はあります。
津波なんて考えられない。ましてこんな巨大なのが──
ありえない。と思っていた次の瞬間には。
わたしは、そのありえない水の中にのまれていました。
「ガボッ…!!」
そのまま、すごい勢いで流されます。
息ができない。
わたしは、どうなって───




