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第17話 “親友”

「アハハハハ〜、死んだ〜、死んだあ〜〜」


 溶けおちてゆくチビ蔵くんを前にして、ルト子が狂った洪笑をあげます。


「ッ……。アンタああああッッ!!!!」


 わたしはルト子に激しくつかみかかりました。


 ルト子の目は、まるで爬虫類のような、人間味を感じないそれをしていて。

その口は、まるで口裂け女のように醜く裂け、真っ赤な舌がぬらりとのぞいていて。


 ──気づけば、わたしの頰を熱いモノがこぼれていました。


「…な、なに泣いてんのよ。

そんなにチビ蔵がくたばったのが悲しいワケ?」


 …悲しい? チビ蔵くんのことが?


 いえ、違います。

チビ蔵くんには悪いんですが、わたしは出会ったばかりの人間のために泣くほど殊勝な人間ではありません。


 では、わたしは──

わたしは、なぜ……


 …………





〜〜〜〜〜〜〜〜



「あ、あのッ!!」


 いつもどおり、休み時間でやることもないので机につっぷして寝たフリをしていたところ。


 やぼったい子が話しかけてきました。


「そ、その…モブ子さんって、こういうの興味あるッ!?」


 そういって、彼女はオカルト本を3、4冊、ババ抜きのように並べてみせました。


「いや、ぜんぜん」


「面白いんだよッ!! ホラ、これ!

宇宙から飛来し、人に化けて社会に入りこみ侵略する、異星人グレイだとか!

深海10万m域に潜み、愚かな地上人に滅びの裁きを下そうとする、海底人リグーだとか!」


 子供ですか。そんなの現実にいるワケないでしょう。


「興味ない」


 わたしはこともなげにそういって、また机につっ伏しました。


「そ、そう………」


 彼女はガックリと肩をおとして、わたしに背を向けました。

そのままトボトボと去っていきます。


 ………


 なんなんですかね、彼女。

いきなり話しかけてきたりして。


 いや、なんとなくはわかります。

“仲間”がほしかったんでしょう。


 教室を見まわします。みな、思い思いにグループになって、楽しくおしゃべりしています。


 その中で、“ぼっち”でいることが、どれほどミジメなことか?


 直接、何をいわれるワケではありません。

でも、その無言の視線が、おまえは友達も作れないカスだ、劣等存在だと攻めたててくるのです。

 

 でも、仲間がひとりでもいれば、それは解消されます。

ぼっちではなくなるワケですからね。


 ぼっちは、形だけでも“友達”を求めている───


 彼女…名前は忘れましたが、いつも教室の端っこでひとり怪しげな本を読んでいる子です。

つまり“ぼっち”です。


 そのことにいたたまれなくなって、わたしを引きこもうとしたんでしょう。

つまり、誰でもよかった。“ぼっち”でさえなくなれば。


 彼女はわたしを利用しようとしたのです。

ずいぶんガッカリしているようですが、特に罪悪感は感じませんね。


 ………


 でも……


 わたしの中に、なんとも苦いモノがありました。


 異星人だとか海底人だとか、よくわからないことを語っていた彼女の姿が脳裏にうかびます。


 顔を真っ赤にして、しどろもどろで…

滑舌もすごく悪くて、聞きとりづらくて…


 本当に、無様すぎでした。

…でも、一生懸命でした。


 彼女は、いつもひとりでいるような“ぼっち族”です。

消極的な性格に決まっているんです。


 自分から人に話しかけるなんてできっこない。


 でも、彼女は話しかけてきた。ヒドい出来だったけど。


 …それが、どれほど勇気のいることだったのか。

どれだけの決意をもって、わたしに話しかけてきたのか。


 それを、わたしは───



「…グレイっていうの」


「え?」


 彼女が振りむきました。


「その、異星人が社会に入りこんでるとかいうのは…

…ちょっと面白そうかも」


 彼女の顔が、パァッとかがやきました。




 

 それから。

彼女──ルト子は毎日、大量のオカルト本をもってきて、わたしに聞かせるようになりました。


 わたしは現実主義的な人間だから、正直そんなに興味はもてなかったけど。

…でも、ルト子の熱心に語ってる姿を見てるだけで面白くて。


 その、コロコロ変わる表情。大げさな身ぶり手ぶり。

よくこんなくだらないことに熱くなれるモノだと、それが本当におかしくて。うらやましくて。まぶしくて。


 気づいたら、わたしの休み時間は。

ただ寝たフリをしているだけの、退屈で、心のきしむ時間ではなくなっていたんです。


 わたしの灰色の学校生活は、いつの間にか、華やかに色づいていたんです。




 わたしは上から目線の嫌な人間なので、ぼっちのルト子に情けをかけてやったんだと思っていました。

態度にもでていたかもしれません。


 でも、違ったんです。

本当に救われたのはわたしだったんです。


 わたしから彼女に話しかけるなんてできたでしょうか?

できるワケないです。

だってわたしは…一人でも十分だとかいってカッコつけてるバカだから。

本当は、ぼっちであることがツラかったクセに…

くだらないプライドにとらわれて、何もできなかった愚物だから…


 でも、ルト子はわたしに話しかけてきてくれました。

勇気をふりしぼって、友達になろうって言ってくれた。

すごいことです。わたしには絶対できない…


 だからわたしは、ルト子のことを尊敬してるんです。


 オカルトマニアで、コミュ障気味で、将来真っ暗闇のダメ人間だけど…


 わたしはルト子のことが、大好きなんです。


 ルト子は、わたしの、たったひとりの……



 『親友』なんですッ!!!!!



〜〜〜〜〜〜〜〜




 涙が、とめどなくあふれてきます。


 ようやく、気づきました。


 わたしは、悲しかったんです。

わたしの“親友”が、こんなモノに成り果ててしまったことが……


 醜く、変わり果ててしまったことが……!


 このところ、ルト子には散々いやがらせを受けてきました。


 この女に対する友情度など、とっくに0を超えてマイナスへ振りきれていると思っていましたが…


 実は、そんなことなかった。


 わたしは今でも、ルト子を友達だと思ってたんですね。心の底では。

自分でもおどろきます。


 ………


 家族というのがいますね。


 家族というのはうっとうしいモノです。

なんてイヤなヤツなんだろうと思うことなどしょっちゅうです。

縁を切りたいこともある。


 でも、切れないんですよね。

なんだかんだ情を捨てきれない。

それが家族というモノです。


 そしてもし、そんな“他人”がいたとしたら?


 どんなにケンカしても、不愉快な思いをさせられても、なぜか嫌いになれない。

自分の中に、深く存在が根づいている。


 そういうモノを、『親友』とよぶのかもしれません。


 だとするならば、ルト子は。

自分ではあまり意識してなかったんですが。


 たしかに彼女は、わたしの“親友”だった。

そういうことなんでしょうね……



「誰なの?」


 わたしは、ルト子の肩をつかみました。


「え?」


「誰が、アンタをそんなふうにしたの? どこのどいつが…!!!」


「え…なに、なんなの…?」


 ルト子がおびえたような顔をします。


 わたしは基本ポーカーフェイスであまり表情がかわりませんが。

このときばかりは、いわゆる“鬼の形相”をしていたのかもしれません。


「は、離してよ…」


「かたつむりだか、ミズガミだかいうカスなんだよね? そいつになにをされたの? アンタもジェシカみたいに人間やめちゃったの? どうして? どうしてなの?」


「ひ……ちょ、ちょっと……」


「もどってきてよ…!! わたしは……アンタが……」


「………う、うるさい……うるさい……うるさい……!! わたしのこと、さんざ見下していたクセに……今さら……今さら、そんな……!!!」


 ルト子の口が、がぱっと開きました。

その奥から、ふたたびあの硫酸水が吐きだされようとしているのがわかります。


「ルト子…!!」


「ああああああああああッッ!!!!!!」


 閃光


 横あいから貫いてきた光線がルト子の腹部に炸裂し、鮮血が散りました。


「ゲブッ!!?」


 それによって狙いがそれ、硫酸水はあさっての方向にとんでいきます。


 光線の出元は──


 わたしは、横を振りむきました。


 そこには、シューシューと煙をふきながら溶けおちているチビ蔵くん。


 すでに彼の顔や耳、髪の毛は完全に溶けてなくなっています。

その下から、凄惨な赤い血肉や、頭蓋骨がのぞいて──


 ──否、のぞいていません。

下からでてきたのは、真っ白くて、やけに“つるり”とした質感。


 ぽっかりと穴が空いているような、真っ黒で大きな目。

大きな頭部に、小さな口。のっぺりとした顔立ち。


 どうみても地球上の生物ではありません。

でも、ああ、わたしは。

“それ”に限りなく見覚えがありました。


 今まで、散々目にしてきたではないですか。“それ”を。

そう、アレは──ルト子が、散々語りきかせてきたオカルト本。

そこで、イヤというほどでてきたやつ。


 “それ”の名は──

人に化け、社会に入りこみ侵略する異星人──



 『グレイ』…!!!



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