3. 派遣ミス(前)
早速「タイトルの状況がなぜ起こったのか」を披露。
これは、ターゲットとなるバツイチ女性に、生命存在を次なるフェーズへと移行させたる俺がファーストコンタクトを取るその、一週間前の話である。
整然と、程よい数の家屋の並ぶここは、自然との調和を蔑ろにした結果ゴミ溜めと化してしまった東京ではなく、我が崇高なる社会:天使界。
久しく見なかった大物犯罪者についての任務を終えた俺は、人間界から帰還し、自宅に戻る道中である。
「よぉ、シルファン! 奇遇だな。仕事帰りか?」
肩で風を切りながら、意気揚々と歩む俺に声をかけてくるのは、金髪の、細身ながらかなり筋肉質な女性天使。
「戦」の天使オリヴィア。
シルファンというのは、俺の名前である。
彼女は、馴れ馴れしくも俺の肩に手を回し、胸の駄肉をグニグニと押し当ててきた。
痴女なのだろうか。
それとも酔っているのだろうか?
「気安く触るなオリヴィア。名誉毀損で訴えるぞ」
ペシッ、ペシッと、彼女の手を払いのけ、止められた足を再び動かし始める。
「・・・普通に酷くない? アプローチしてるだけなのに」
何事かをボソリと、弱々しく呟くオリヴィアだが、まあ些事である。
「・・・おっと、私としたことが弱気になっていたな! シルファン、久しぶりに飲みにでも行かないか!?」
・・・一仕事終えた後の酒も、まあ悪くはないと思う。
普段なら。
ただ、今回の目標は相当性質が悪かったことがあり、いつも以上に気分を害されたのだ。
あんまり酒という気分ではない。
強いてやるなら、ひとり酒だ。
「というわけだ。今日はパスさせてくれまいか」
「おいコラ。モノローグで理由語られても私には伝わらんぞ」
三角になった目を向けてくるオリヴィア。
全く、このくらい察しろ。
「はぁ〜・・・」
「戦」の天使は、深く深く息を吐き出した。
きっと仕事が大変だったのだろう。
「露骨な溜息だな。酒臭くないだけマシだが。しかし、人間によれば、溜息吐くと幸福が逃げて行ってしまうらしいぞ?」
「にゃにっ・・・!?」
バッと自らの口を塞いだオリヴィアは、何故か同時に足も止めてしまう。
振り返ることなく、俺はスタスタと帰路を歩み続けた。
「どーだ、これで私の幸運は保たれる」
置いてかれていることに気づいていないのだろうか。
道の真ん中で口を塞ぎながら独り言を宣う、可哀想な天使になってしまっていた。
こういう時には、「他人のふり」という人間の高等技術が非常に便利になってくる。
「・・・あれ、シルフィンは?」
ちっ、気づいたか。
「ちょっ、待てぃ!! 置いてくんじゃない!?」
恥ずかしいだろうが!! と、なんか「戦」の天使さんがすごい形相で走り寄ってきた。
足の筋肉結構あるな。
「いや待て、そっちこそ追いかけてくるんじゃない! 同類視されたらどうするのだ!?」
かつてないほどの危機感を抱き、脱兎のごとく逃げる俺。
「ふははははは! 残念だったな! 巷ではすでに、私とシルフィンで残念枠ツートップ扱いされているわああああ!」
「なん・・・だと・・・」
衝撃の事実に俺の脳内は真っ白に染まり、身体操作に支障が出た。
右足と左足がゴッツンコし、ゴロゴロと派手に転倒してしまう!
そのまま民家に激突し、漆喰の壁をぶち抜いて。
最後に数回ローリンして停止すれば、その先でゆっくりお茶を飲んでいたキヌエ婆と目が合った。
「・・・」
「・・・・・・」
いくら底なしにファンタスティックな俺にも、気まずい環境は存在する。
やばいちょうきまずい。
仕方ない、俺の連戦無敗な、溢れ出る男の魅力で乗り切るか!
「ヘイ、キヌエ! 今日も入れ歯にこびりついた青のりと乾燥ネギ、イカしてるね☆」
その時ちょうど、ぶち抜き穴からオリヴィアが、青い顔してもじもじと入ってきていた。
沈黙が数秒、場を支配する。
支配者たる俺を差し置いて、生意気な沈黙である。
「・・・あんたらってのは一万年経って姿だけは大人になっても、精神はなぁんにも成長しないね!!」
それから流れるように、二人仲良くガミガミと説教された。
解せぬ。
「・・・はあ。あんたらがあの『戦』と・・・最強の証『砕魂』を拝命されたって聞いた時にはアタシも鼻高々だったてのにねえ。仕事は立派に熟してんだから、もうちょっとばかりは大人っぽく振る舞ってくれてもいいのに」
「随分疲れているようだなババァ。魂砕かれて永遠の休息と洒落込むか?」
「えぇ、それが説教者に対する第一声!?」
恐れ慄くオリヴィアに対し、一歩リード(←?)な俺は優越感を禁じ得ない。
「うわぁ、今度は謎のドヤ顔・・・」
「無駄なのか・・・何を言っても無駄なのか・・・」
アホっぽい五七五を決めたのち、「おっと、忘れるところだった」と手をポンと叩くキヌエ婆を見て、いよいよ彼女の痴呆を疑い始めた。
「シルフィン、あんたに何か、サイコンの天使としての召集がかけられとったぞ。明日の朝8時、場所は中央神殿前広場」
「なんでそんなこと知っているんだ? 俺の郵便受けでも覗いたのか? ラブレター入ってた?」
「覗いとらんし、入っててもクレームか弁償代の請求書じゃろ? アタシはただ、保護者として言伝を頼まれただけさね」
ふむ、キヌエ婆が俺の保護者?
寝言は永眠してから言ってほしいものだ。
「はぁ・・・任務から帰ってきたばかりというに、人使いの荒いことだ」
「まぁシルフィンは、仕事だけはばっちり熟すからな」
なるほど、出来る男は辛いぜ。
自分への満足感を高めていると、横でオリヴィアがもぞもぞ体を動かしながら、ちょいちょいこっちに青い瞳を向けてくる。
「そ、それにしてもシルフィンは、その・・・ラブレターが、欲しいのか?」
「そらお前、欲しいに決まってるだろ。俺に対する愛の讃歌を、包むことなく語ってくれたらなおよし」
「ふ、ふーん・・・」
俺からそっと目を逸らし、顔を赤くして滑舌悪く返すオリヴィア。
意図がさっぱり分からん。
まあ、些事か。
「オリヴィアあんた、頑張るんだよ。もう一万年言い続けてきたけど」
キヌエ婆はホロリと流した涙を、ハンカチでそっと拭いていた。
それよりも、明日の朝の召集のことだ。
普段呼ばれるところは東神殿の地下にある個室なのだが、明日はなぜ中央神殿の、それも広場なのだろうか。
行ってみれば分かるのだろうと思考を放棄し、帰宅。
漸くキヌエ婆から解放されたと辿り着いた家の郵便受けからは、大量のクレームが飛び出し山を成していた。
ったく、一体何が起きたというのだ。
まさに、神のみぞ知る。
(後)に続きます。