2. すぐに険悪ムードへと
私の名前は、佐竹典子と言います。
よく「のりこ」と間違えられます。
そんなこといいんです。
助けてください!
SOS!
と、心の中でレスキューを叫んだ。
これには、先ほど夜中に大声を出して、近所の皆さんに叱られたことは関係ない。
寧ろ訴えられてもおかしくないのに、注意に留めてくれるウチのご近所さんたちは、すごくいい人たちだと思う。
問題は、正座する私の前で偉そうに踏ん反り返る、長身・黒づくめな怪しすぎる男である。
今現在、男は私の目の前で。
「へぇ、貝ワサビというこれ、旨いな。褒めてつかわす」
と、私が328円で購入した私の今夜のお供を頬張り、私の所有物であるはずの回転椅子に座って、キーコーキーコー回している。
「警察呼ぶわよ」
「呼んでも迷惑がられるだけだぞ? 何せ俺の姿が見えるのはお前だけなのだから」
「ぐっ・・・」
そんな馬鹿な、と言い返してやりたいけど、つい先ほどのご近所さんたちの反応を見るに、どうやら本当のことのようで。
「・・・あんた、どうやら人間じゃなさそうだけど、一体何者なのよ」
問えば、黒づくめの男は驚いたようにグイッと顔を前に突き出し、はぁ、と呆れたように溜息を吐いた。
「女、俺の華やか過ぎる口上を聞いていなかったのか? 言ったではないか、俺は『再婚』の天使だと。というか貴様、まだ酒臭いぞ」
自分から顔を近づけたくせに、こっちが迷惑をかけたみたいな言い方をして、鼻を摘みながら離れていくこの男、有体に言って殺したい。
「む? 今貴様、俺のこと殺したいって思ったな」
「・・・何で分かるのよ」
「何でって、そりゃ、俺は天使だからな」
いや違うでしょ、それ天使じゃない。
どっちかっつうと死神でしょ、やっぱり。
「・・・飽くまで天使って言い張るなら、証拠見せてみなさいよ!」
「『悪魔で天使』? そら女、誰だって二面性を持っているもの・・・」
「ちゃうわ! 『飽くまで天使』よ! ほら例えば、天使の翼とか、輪っかとか!」
とりあえずイメージで、天使が生まれつき持っていそうなものをリクエストしてみた。
これで、こいつの化けの皮が剥がれてくれれば・・・。
というか、正座キツくなってきた。
足崩していいですかね?
「ふぅむ。何を言っているんだ、この女? 人間の骨格で翼が生えても、邪魔なだけで動かせるはずあるまい」
まさかの正論。
「あと、あの輪っか? あれは天使界の黒歴史でな。どれ、一つ教授してやろう」
怪しい男は、身振り手振りを交えながら、天使界とやらの歴史を解説する。
曰く。天使界には、人間界の未来を断片的に占える「未来」の天使がいると。
曰く。「未来」の天使は、断片的に見通した丸型蛍光灯を、人間界の新しい衣装だと勘違いしたと。
曰く。時代を先取りしようと頑張り、作られた光る輪っかが、ニューエイジのファッションと取り上げられ大流行したと。
曰く。人間界にちょっかいを出しに行ったイケイケ系の若者天使の、頭に輪っかを取り付けた姿が宗教画で神秘的に描かれるようになったと。
曰く。数世紀が経った頃に「未来」の天使が自らの過ちに気づき、人間界に残る輪っかの描かれた宗教画を消し去ろうと色々画策した結果が、「世界大戦」だったと。
「言い訳のしようもなく黒歴史じゃねえか!! 最後急に重いわ!」
あと話が長い!
もう足の感覚がない。
「これは天使界を代表して俺が謝ろう。すまなかったと」
「いや、私に謝られても!? 私、しがないバツイチな一般女性Aですから! 言ってて悲しいわ!」
パチンと自分の頭を叩く。
故郷の大阪で培った一人ノリツッコミ。
「おお、一人で乗りと突っ込みか。これでは男の出る幕がない」
「遠回しそうで結構ダイレクトなセクハラやめてくんない!?」
はぁ、はぁ・・・。
まさかの三連続ビックリマーク付き台詞に、私は疲労を隠せない。
「安心するがよい。結婚しても、男の出る幕がなく離婚してしまったバージンな貴様が再婚出来るよう、この俺が来てやったのだから。大船に乗ったつもりでいてくれたらいいぞ」
「なんで私が処女って知ってんのよっ!!???」
目ん玉飛び出しそうになった。
プライベート、プライベートプリーズ!
「見れば分かる」
黒づくめの男、真顔でそう返す。
「そこは嘘でも『事前調査』とか言ってぇ!? 頼むから! 自信なくしちゃうから!!」
こいつ、本当に私を再婚させる気あんのかよ!
絶対ないだろ!
「えっと、ご愁傷様。とりあえずだ、『再婚』の天使は仕事として最初何をやればよいのかな? 知ってるか?」
「私の悩みを流すなや! あと知らねえよ!!」
ホント何なんだよこいつ・・・。
ああ、もう疲れた。
明日仕事あるし、寝たい。
×××××××××
むむむ、「再婚」の天使の仕事を知らないとか、使えない女だ。
「仕方ない。マニュアル見るか」
黒いコートの内側をまさぐり、防弾にも使えそうなほど分厚いマニュアル書を、パサパサと捲る。
「ねえあんた、その態度でもしかして新人なの? ありえなくない?」
ジトリとした目で、俺を睨んでくる女。
まったく、どうしてこんなに反抗的なのか。
どうして俺を崇め奉らないのか。
「当たりだ。天使歴は長いがな、『再婚』の天使をやるのは初だ」
「ベテランの信頼出来そうなのにチェンジ出来ない? というかまだ、あんたが『再婚』の天使とやらだと信じることが出来てないけど」
「チェンジは俺がスリーアウトしてからだ。なおボールとファウルはカウントされない」
「何だその小学生の野球みたいな緩い感じは」
女は、心底呆れたように眉をハの字に曲げた。
眉間に皺出来るぞ?
「おっと、まずは支給された『再婚ぽいんたぁ』に目を通し、こいつの『再婚指数』を測ればいいのだな」
地上に出るときに渡された、ダッサイ虫眼鏡的なものに目を通し、怪訝な顔をしている女の再婚指数、とやらを測定する。
「0.68か。因みに1が最高値だ。極めて微妙というコメントに尽きる」
「あー、指数決定の基準が知りたい。そしてあんたを殴りたい」
ふむ、指数決定の基準か。
確かに少々気になるな。
この女にしては高すぎる値に思えるからな。
「ま、こんな値参考程度にしかならん。せいぜい、再婚確率だとか、再婚後の世帯継続率とかの、的中率95%な推定値を導出するのに使えるだけだ」
「めちゃくちゃ重要じゃないの。計算はよ」
んー、的中率は100%を超えてからが勝負だとじぃじが言ってたからな。
95%なんて無視だ、無視。
「やだめんどい。よし、次は質問だな。女、貴様の元彼はどんな奴だった?」
マニュアルの質問事項(だろうか?)で一番上に載っていたものを、読み上げる。
心なしか棒読みになった。
それも仕方なかろう。
この女の元彼など、毛ほどの興味もないのだから。
「うわぁ、せめて抑揚をつけるくらいはしたらどう? まあ答えるけど、一言で表せばちょうどあんたと真逆、かねぇ?」
「なるほどなるほど。『ゴキブリみたいな奴』、と」
「ちゃうわ! ビックリするほどの草食系だったってことだよ!」
ほうほう。
相性とかどうなんだろうか?
気の強いガサツ女と草食な男。
噛み合いそうな、噛み合わなさそうな。
まぁどうでもいいか!
「じゃあ二つ目の質問だ。何で元彼と別れたんだ?」
女の要望通り、今度は抑揚を付けてみた。
クライアントの要望に応えられるとか、俺はなんて出来る男なんだろう!
抑揚以外は何も付けなかったが。
「うっ・・・」
女は詰まったような声を出し、俯く。
なんだなんだ、質問に答えてもらえなければ、先に進めないぞ!
「ほら、言ってみ? 早よ、言ってみ?」
茶化すように催促すると、女は涙を溜める目でこちらをキッと睨み。
ペチン。
「・・・は?」
いつの間にか、俺は叩かれていた。
殺気も何もなかったから、全く気づけなかった。
完全に油断しきっていた、というのもある。
俺は、弱々しい手で、叩かれていた。
「おい・・・」
「出てって」
鼻声。
「出てってよ」
ビッと、扉の方へと人差し指を向ける、女。
訳も分からず、俺はポカンと女を見つめるだけ。
「出てってよぉ!!!」
終いには、体をグイグイと押され、抵抗も出来ずに部屋から締め出されてしまった。
バンッ! と、目前の扉が閉められる。
「どうしたと、言うのだ?」
いくら考えても、分からない。
くそっ、マニュアル通りに対応しただけなのに。
実は俺、こういう血生臭くない平和な仕事は初めてで、正直な所ワクワクしていたのだ。
それをあの女、裏切りやがって・・・。
クレームを付けるため、先ほど見ていたマニュアルの質問事項ページを開く。
「・・・あ」
しかしよく見たらそれは、「初対面時に聞いてはならない質問集」だった。
どうして、これらが初対面時に聞いてはならないことなのか、理解は出来なかったが。
あの女の何かの地雷を踏んじまったんだろうと、俺はそこで初めて失敗を認識した。
幾ら何でも酷すぎる質問。
主人公(男)は忖度出来ない奴なんですが、まあ見守ってやってください。