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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ダンジョンで拾った剣がブロンズソード+99だった

作者: △iX

 ヒンメルズ・リッター。聖霊系、第六位階の召喚獣。

 白く輝く神々しい鎧に身を包んだ、ケンタウロスのドクロが宙に浮いている。

 手にはでっかい槍を持って。

 この説明で、どんな姿か想像つくだろうか。


 神の使者たるその姿は、人間の身では抗うことの出来ない絶対の死を予感させるに充分な威容を放っている。

 そのドクロの騎士の後ろで、かなりポッチャリ……ええと、ふくよかな……いや、貫禄のある体格の司祭さんが高らかに笑っている。


「はーっはっは! キサマもこれで終わりだ! 神の下僕たるこの私に逆らった件について、神の御前にて申し開きでもするんだなぁっ!」


 あーあーあ。

 可哀相に、孤児院のシスター、あんなに怯えちゃって。

 つか、たかだか孤児院の乗っ取りのためだけに、あんな国家間の戦争における最終兵器にもなりうる化け物を召喚するかね?


 まぁ、仕方ないか。

 ついこのあいだ、元Sランク冒険者を返り討ちにされたばかりだもんね。


「では、ほいっと」


 私は気の抜けたかけ声とともに、手にした短剣を振り下ろした。


「ば、バカなぁぁあああぁぁぁっ!?」


 司祭さんが絶叫した。

 それもそのはず。

 私の剣の一振りで第六位階の超級の化け物が、一瞬にして消滅してしまったのだから。


 別に、私がすごいわけじゃない。

 すごいのは、この剣だ。


 話は、数か月前までさかのぼる。



   *   *   *   *   *



 私の名前はクリシュナ・ロムン・パディナ。

 パディナ村から来たクリシュナってわけ。

 性別は女。年は十六歳。駆け出しの冒険者をやっていた。


 ド田舎の出身だからね。口減らしのために、子供たちの多くは町へ放り出される。

 雑用の仕事が見つかればよし。

 住み込みの案件なんて見つかればかなりよし。

 女を売る仕事も、まぁ、マシなほう。

 中でも冒険者は……最悪の部類だ。なにせ、命の保証がない。


 私は女としては貧相な体で魅力に欠けるし、そもそも、男性と肌を合わせるなんて……想像しただけでもムズ痒い。

 初めては好きな人と……なんて夢見がちなことを思っているわけではないんだけど、田舎じゃ男の子たちに混じって野山を駆け回っていた方だから、自分でも出来るんじゃないかと思って冒険者を志した。

 最悪の部類の仕事ではあるけれど、私は希望に燃えていた。


 たまたま、〈鑑定〉のスキルを持っていたから、ドロップアイテムを売るのに損をさせられることも少なかった。

 もっとも、冒険者になりたての頃は、女だから子供だからと甘く見られ、脅しに近い交渉の末、泣く泣く相場の三割ほどの値で買い叩かれたこともままあったけど。


 冒険者になって一年。

 信頼のおける買い取り業者とも巡り会い、カツカツではあるけれども何とか毎日生きて行けるだけのお金をもらえるようになっていた。


 そんな時だ。

 私がこの剣に出会ったのは。



   *   *   *   *   *



(当時の回想)


「おっ、スケルトンじゃーん。こいつ、弱いわりに、持ってる剣が消えずに残るから、結構おいしいんだよね」


 格好の獲物を見つけた私は舌なめずりでもせんばかりの勢いだった。

 もっとも、スケルトンを弱いと言えるのは私みたいな駆け出しの冒険者たちの中でも一握りだそうだけど。

 こいつ程度の動きなら、私には止まって……は言い過ぎだが、かなり緩慢に見える。


「一体、二体……全部で六体か。そろそろレザーアーマーもヘタってきたし、修理に出したいんだよなぁ。せめて二体! 出来れば三体、ドロップしてくれぇ」


 もちろん、六体もの相手に一人で突っ込むようなバカはしない。

 冒険者は冒険しないというのは有名な言葉で、無茶は禁物。

 一瞬の油断が命取りになる。


「そうは言っても、私みたいなソロの冒険者だと、狩り方にも工夫が必要なんだけどね」


 あいつらは目が悪い。

 あ、いや、目はないんだけど、生命の感知範囲というのかな?

 それが狭い。


 近寄られたら脅威だけど、遠くから攻撃すると、こちらを認識できなくて右往左往する様子が見られたりする。

 かと言って、肉のないあいつらの体に矢は効果が薄いわけで。


「あいつらに効く打撃属性の矢もあるらしいけど、衝撃をもろに受ける分、すぐに折れて再利用しにくいらしいし……そんなお高いもの、駆け出しの冒険者にはね」


 なら、どうするか。


 私はロープを投げ縄の要領で結び、頭上で回転させた。

 天然の岩肌がむき出しのダンジョンはところどころ出っ張っているから、引っかからないように注意が必要だ。

 コンパクトな回転で勢いをつけて……投げる。


「ほっ」


 物陰から投げたロープが、やつらの一体の首にかかる。

 そのままぐいっとロープを引いて、一体だけを物陰に引きずり込んだ。

 残った五体は一体いなくなったことに、気づいてすらいない。

 鈍いやつらめ。


「悪く思うなよ」


 丸っきり悪役のセリフを吐いて、じたばた暴れるスケルトンの目に短剣を差し込む。

 頭蓋骨に守られた、スケルトンを動かす小指大の魔石にひびが入る。

 人間の脳に秘められた大量の魔力が、ダンジョンという特殊な環境下では消滅せずに結晶化してこうなるらしいけど……。

 生前の意志などは完全に失われているので、躊躇はいらない。


「やりぃっ! ブロンズソードが残りそう!」


 スケルトンの体はボロボロ崩れてダンジョンに吸収されていくけれど、彼(彼女?)の持っていたブロンズソードは崩れ始める兆候が見えない。


「ふっふっふ。プラスつかないかな~」


 ドロップアイテムとして残りそうなブロンズソードを〈鑑定〉スキルで観察する。

 私はこの瞬間が好きだ。

 どんな魔力が籠るか、わくわくする。

 もちろん、何の魔力も籠らない場合もあるけれど、ブロンズソードは一番弱いドロップアイテムなだけあって、結構な確率でプラスがつく。


「この間みたいにプラス3まで行かないかな~。あの時は豪遊できたなぁ。装備を一新できたし、お風呂のある宿に一か月も住めたもんね。もし万が一、プラス4以上なんてついたら、買い取り値はどうなっちゃうんだろう」


 プラスがいくつ付くかは、モンスターの強さとあまり関係がない。

 コイン投げで、表の面を何回出し続けられるかみたいなものだと、先輩冒険者は言っていた。


「きたっ!」


 私が熱心に床に落ちたブロンズソードを見ていると、今にも消えそうなスケルトンの体から、魔力の残滓のようなものがブロンズソードに乗り移る……かに見えた。


「ついた!〈鋭利化〉か。悪くない」


 魔法の武器につく効果は〈鋭利化〉か〈命中〉がほとんどだ。

 ついた効果の数だけ、ブロンズソード+いくつ、なんていうふうに呼ぶ。


 王都のほうじゃ、最大でブロンズソード+10まで確認されたことがあるらしい。

 さすがに伝説の武器には及ばないけれど、〈鋭利化〉プラス6(&他の効果四つ)の切れ味は、ドラゴンの鱗でもやすやすと切り裂くんだとか。

 プラス1だと、せいぜいキルト……つまり布の鎧を、切り裂ける程度なんだけどね。

 今はとある侯爵家が『スケイルスラッシュ』なんて大層な名前をつけて家宝にしているという話だ。


 ごく稀に、〈魔法発動:火魔法(小)〉なんてのがつくこともあって、レアな効果がついた武器はプラス1でも結構な値で取り引きされる。

 まぁ、私はこれまで何本もブロンズソードを拾ってきたけれど、いまだにお目にかかったことはない。


「さて。残りの五体もちゃちゃっと片づけちゃうか」


 私は気合を入れなおし、再びロープを振り回した。


     :

     :

     :


「おほーっ! 大漁大漁!」


 私はにやける口元を抑えられなかった。

 五体狩ってドロップは三本。

 しかも、すべてにプラスがついた。


 一本なんか、プラス2だ。

 効果は〈命中〉プラス2。

 このぐらいの価格帯の魔法の武器なら、効果は複数あるよりも特化型のほうが好まれるから、そこそこいい値段で売れるだろう。

 今日の稼ぎなら、レザーアーマーを修理に出してもなお豪華な夕食が食べられる。


「今日はもう引き返してもいいんだけど……お前も一人じゃ淋しいだろうからね。仲間のもとに送ってやろう」


 再び悪役みたいなセリフを吐き、最後の一体に向けてロープを投げる。

 が、目測を誤った。

 ロープはスケルトンの首にかかることなく、やつの頭蓋骨にぽすんと当たって地に落ちた。


「ギギッ!?」


「しまった!」


 スケルトンはキョロキョロ辺りを見回す。


(お願い、気づかないで……!)


 戦って勝てないわけじゃないけれど、危ない橋を渡る気はない。

 いつもなら余裕の相手に、ほんの少しの不運が重なって冒険者生命を絶たれた話なんて腐るほど聞く。


 だが、スケルトンは気づいた。

 床に転がっているロープの先に、狼藉ものがいることを。


「まずい、目(?)が合った!」


 瞬間、スケルトンが凄まじい速さで私のほうへと肉薄してくる。

〈ソード・バッシュ〉または〈強襲〉なんて呼ばれるスケルトンの固有能力。

 中距離を一瞬で走破する、移動強撃だ。


「わわっ!」


 慌てて剣で受け、足払いを試みる。

 だが、蹴りだした足は虚しく空を切り、体制を崩した。


「まずい、完全に相手のペースだ!」


 スケルトン、怒涛の乱撃。

 私はそれに対処するので精いっぱい。

 気持ちばかり焦っても、なかなか体はついてこない。


(落ち着け、落ち着け……。本来なら負けるような相手じゃない)


 だがさらに、私の焦りに追い打ちをかけるような出来事が起こる。

 ダンジョンの天井から、虹色のしずくが一滴落ちたかと思うと、『ソレ』はそこらじゅうを跳ね回り始めたのだ。


「な、なにこれ!? 敵なの? それとも罠? こんなの見たことない! 虹色の……す、スライム?」


 スケルトンの猛攻に、辺りを飛び回る虹色のスライム。

 頭の中は最高にパニック状態。


 と、その時、一条の勝ち筋が見えた。


(スケルトンのやつ、左腕が上がらないのか……? そうか、だいぶ壁に近いところにいるから、左腕を上げるのに邪魔なんだ!)


 相手の左側から急所を攻撃すれば、防がれることなく一撃で仕留められる。

 壁際ギリギリの位置だけど、私なら正確に貫ける。


 もう、その直感に賭けるしかない!


「えええいっ! 当たれぇっ!」


 私は全力で剣を突き出した。

 すると、偶然にも――

 そこらじゅうを跳ね回っていた虹色のスライムが、私の剣と、スケルトンの急所との間に躍り出た。


 私の剣はそのままスライムごとスケルトンの左目を貫き、奥にある魔石を破壊する。

 スケルトンがゆっくり倒れ、私もまた尻餅をついて荒い息を吐いた。


     :

     :

     :


「はぁっ、はぁっ、はぁっ。……あーっ、疲れたぁ! っていうか、スライムまで切っちゃったよ。スライムって何かドロップするのかな」


 スケルトンの体がぐずぐず崩れていく。


「よし……。まずは剣が残りそう。これだけ苦戦させられてノードロップってことも普通にあるからなぁ。とりあえず、これで今日の収穫は四本か。大漁だぁ……うふふ」


 もしかしたら、一晩ぐらいならお風呂付きの部屋に泊まれるかも知れない。

〈鑑定〉スキルで、プラスがつかないか慎重に見守る。


「……おっ、まずは〈鋭利化〉か。いいね! 今日は四本全部プラス付き!? この調子でプラス2! プラス2来い! 何の効果でもいいから!」


 すると、消えゆくスケルトンの体からさらなる魔力が剣に宿るのが見えた。


「おお~! すごい、すごいよ! また〈鋭利化〉がついた! 今日はどうなってんの?! 〈鋭利化2〉と〈命中2〉の武器なんて、大収穫だよっ!」


 ……だが、私はまだ知らなかった。

 そんなのはまだ序の口だってことを。


「えっ、ええっ!? ま、まさか……プラス3がつくというの?! また高級宿に一か月……いや、売らずに自前の武器にして、初級者用ダンジョンを卒業するというのもありかも知れない。あぁん、でも、お風呂……」


 そんなことを言っている間にも、どんどんスケルトンの体から魔力が流れていく。


「ぷ、プラス4……!? は、初めて見た……! 高級宿に泊まっても、さ、三年は遊んで暮らせるんじゃ。し、しかも、効果は〈鋭利化4〉だ……スケイルスラッシュとまではいかなくても、オークキングやロックトロールぐらいなら切り裂ける……?」


 私はだんだん怖くなってきた。

 だけど、そのブロンズソードは、それからもコイン投げで表を出し続ける。


「ぷ、プラス5……な、なに、〈次元収納〉って……」


「プラス7……なによ、〈契約武器〉なんて。聞いたことない……」


「は、はは……プラス10……ついにスケイルスラッシュに並んじゃった。それで、効果は……〈成長合成〉?」


 もはやスケルトンの体からではなく、ダンジョン自体から、そのブロンズソードに無限に魔力が流れ込み続けているように見えた。


「プラス24。わ、わぁ、〈鋭利化9〉なんて限界値じゃん。や、やった~」


「プラス32。ああ、ようやく〈魔法発動〉シリーズが終わったのね。効果は……〈聖霊系特攻〉か。これから、〈特攻〉シリーズが続く、なんてことないよね?」


「プラス68……〈限界突破〉」


「プラス72……マジか、また〈鋭利化〉が上がり始めた。どこまでいくのよ」


「プラス81。ここに来て〈能力偽装〉か。なんかショボく見える。はは……」


「プラス90……〈並列知能〉……?」


 そして。


「プラス99……〈無限〉……」


 私はしばらく待った。

 だが、魔力付与はそれで打ち止めのようだった。


「は、ハハハ。まさか、プラス99なんて、ね? あるわけないよね? あ! そうか! 私の〈鑑定〉スキルがおかしくなったんだよ。そーだそーだ、そうに違いない」


 試し振りをしようと、私は剣を拾い上げた。


『持ち主をクリシュナ・ロムン・パディナと認定。契約を完了しました。これより、当武具は“クリシュナの剣”と命銘。マスター以外のいかなる者にも使用不能となります』


 と、耳の奥で変な声が聞こえたような気もするけど……気にしない。


「幻聴、幻聴。この剣だって〈鋭利化16〉なんてついてない、単なるブロンズソードだよ。だから、岩に打ちつければ、ほら……」


 そう言いながら、私は剣を振り下ろした。

 で。


「わぁ、明るい……」


 私の剣はダンジョンの天井を切り裂き、暗い地の底に、太陽の光をもたらしたのだった。



   *   *   *   *   *



(回想終わり)


「はいは~い。皆さん、ちゅーもーく」


 ヒンメルズ・リッターなんて決戦級の大使徒を一目見ようと、孤児院の周りには大勢の野次馬が集まっていた。

 ただ、そんな化け物を一撃で倒したなんて知られてしまったら、私の平穏無事な生活が脅かされるわけで……。


 ただ単に、孤児院の子供たちをゲスな貴族に売り渡そうとしていた司祭さんから、子供たちと、それからシスターを守りたかっただけなんだよな。

 まだ町に来たばかりの頃、空腹で倒れていた私に、シスターはクッキーを分けてくれたんだ。

 それから淋しくなると、たまに孤児院に顔を出していた。


「はいはーい! ヒンメルズ・リッターを倒したこの剣、皆さん気になりますよね? 気になりますよね? 今ならなんと、一名の方に、この剣をあげちゃいま~す! 注目、ちゅうも~く!」


 ちょっと高いところに立って、私は野次馬全員に聞こえるように呼び掛けた。


「うおおおおおっ」

「マジかぁあああっ!」

「あんな剣があれば俺だって!」

「俺に寄越せええええ!」


 と、その場にいた全員が、私の剣に注目した。

 その隙を見計らって――


 ぴかっと、剣が光った。


「あ、あれ? 俺たちは何をしていたんだ?」

「確か、司祭様が珍しい使徒を見せてくださるというんで来たんだっけ」

「あぁ、確かにすげぇ使徒だった。鳥肌が立ったぜ」

「あんな恐ろしい力に守られているなら、俺たちの町も安泰だな」

「しかし、司祭様はいいのかな。あれほどの使徒を呼び出すには、凄まじいまでの魔石を食うだろ。俺たちに見せるためだけに呼び出して、その、フトコロは大丈夫なのか……」


 その場にいた全員が、私と、私の剣のことを綺麗さっぱり忘れてしまった。

 ブロンズソード+99に込められた魔力の一つ〈記憶操作〉を使ったのだ。


「だけど、これでもうこの町にもいられないなぁ……。私のことは、なんかすげぇヤツっていう印象だけは残るみたいだし」


 ため息をつきつつ、剣をさする。


「ま、どのみち、これが最後の、お世話になった人への恩返しのつもりだったからな。こつこつ貯めたお金で、旅にでも出るか……どこかの辺境に家でも買って、そこでのんびりするのもいいかもな」


 いまだざわつく野次馬たちを見つめながら、私はそうひとりごちた。


     :

     :

     :


 翌朝。

 私は、町から出る定期の馬車便に乗っていた。

 いつもなら結構人が多いんだけど、今日は偶然にもお客は私一人だ。


「これでこの町ともお別れかぁ……」


 なんか、感慨深いものがある。

 パディナ村から出てきて、ずっとお世話になっていた町だもんね。


 それに、この町を出るってことは、故郷の村からも離れるってことで。

 まぁ、故郷の両親は私が村を出る前に死んでいたし、今さら私を縛るものなんてない。

 ちょっと、懐かしく、もの悲しく思うだけだ。


 すると、御者のおじさんが駆けてきた。


「おおい、すまないね。もう一人、乗りたいっていうんだ。相席になるが、構わないかね」


「ええ、どうぞ」


 にこっと笑って承諾する。

 もともと、私一人なのがおかしかったぐらいだしね。

 相席は覚悟の上だ。


「あ、あれ? あなた……」


 幌馬車の荷台に上がって来たのは、黒髪ロングの、眼鏡の少女だった。

 私も痩せぎすの貧相な体をしてるけど、少女はさらに細い。

 当たり前だよね。まだ十歳ほどの子供なんだから。


 というか、私はこの子を見たことがある。この子は……


「じゃあ、出発するよ! 忘れ物はないね!?」


「あっ、はい! 大丈夫です!」


 御者台からおじさんが大声を張り上げた。

 そのまま馬車はゆっくりと進み始める。


「あの、あなた……」


 私は少女に声をかけた。すると、


「クリシュナさん。こんにちは。私もあなたについていくことにしました」


 少女が不思議なことを言った。


「えっ、えっ? っていうか、あなた孤児院の子だよね? いつも隅の方で一冊の本を大事そうに読んでいた。本も眼鏡も高級品だから、覚えていたよ。確か名前は……」


「アイシャ」


「そ、そう。アイシャちゃん、シスターが心配するでしょ!? 私についてくるってどういうことよ。早く帰らないと……」


「大丈夫です。シスターには、引き取ってくださる親戚が見つかったっていう手紙を私が書いて、一週間前に渡しておきましたから。さっき、門のところまで盛大に見送ってもらいましたよ」


「ちょ、ど、どういうこと?」


「私、ずっと気になっていたんです。あなたのこと。あなたには何かあるって。ある時から急に羽振りが良くなって、私たちに毎日クッキーを買ってきてくれるようになりましたし。それに何より、お父様から頂いた本に出てくる女騎士にそっくりなんです」


「わ、私に何かあるだなんて。まさか……ハハ」


 すると、アイシャちゃんはシャツの中から綺麗なペンダントを取り出した。


「これ、何だか分かりますか?」


「何って……ペンダントでしょ?」


「そうです。“魔法の”ペンダントです。私のうち、没落貴族なんです。お父様とお母様は無実の罪で処刑されてしまい、財産も何もすべて没収されてしまったんですが、本と眼鏡、それからこれだけは私に遺してくださったんです」


「ま、魔法? それが何か?」


「このペンダント、記憶操作やもろもろに対する防御の魔法がかかっているんです。私が大人になったとき、おかしな男に騙されたりしないように。だから私、あなたがヒンメルズ・リッターを倒したことも、しっかり覚えているんです」


「な、何を言ってるのかな……?」


 こめかみに冷や汗が流れた。


「あ、大丈夫ですよ。これほどの魔法が籠った道具、この町じゃ、没落前は有力貴族だった私の家ぐらいにしかないでしょうから。あの野次馬の中で、クリシュナさんの記憶操作にかからなかった人は私一人だと思います」


「ま、まじで?」


「マジです。……お願いします! 私を連れてってください。きっと、お役に立てると思います。勉強は得意ですし、父から政治や経済についても学んでいます。憧れの女騎士様のお役に立ちたいんです!」


「そ、それは……」


「それに」


「え?」


「連れて行ってくれなかったら、バラしますよ? その剣のこと。すると、どうなるでしょうね。毎日毎日、その剣を狙う刺客に襲われて、気の休まる暇がないでしょうね。それだけで済めばまだしも、決戦級の使徒を一撃で倒しちゃう剣です。その剣を巡って、戦争なんか起きちゃったりするかも知れません。罪のない人が大勢死にますね」


「お、脅す気っ!?」


「はい。脅してます。お願いします、連れて行ってください。私一人ぐらいなら、その剣を持っているあなたなら、余裕で養えるでしょ? もちろん、落ち着いたら私でも出来る仕事を探して、決して迷惑はかけませんから! 孤児院にはもう戻れませんし、あなたのところしか、行くところがないんです!」


「……っ……ぅ……!」


 私は言葉を失った。


「だから、よろしくお願いします!」


 アイシャちゃんが深々と頭を下げた。


 結局のところ、最後は私が折れた。

 こうしてここから、私たち二人の旅が始まったのだった。

長編版も連載しています。

『私、気楽な冒険者でいたいのに!~どうのつるぎ+999の前には伝説の剣もかないません~』

というタイトルです。

(+999になっていますが、序盤の内容は同じです)

続きが気になる方は、999のほうをブクマしてもらえると更新通知がいくようになるはずです!

※下にリンクがあります

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