1-3:猛虎タンメン
大陸郊外に位置する研究所は、所内に食堂を完備している。
最新技術が反映された研究所内の食堂には、AIを搭載した給仕担当のアンドロイドの姿も確認できる。
ロボット工学が発展してからというもの、人間の仕事は少なくなった。基本的な労働は、アンドロイドに任せれば済むからである。
食費もかからず、人件費も不要。必要なのは稼働に十分な電力のみ。最低限のAIを搭載し、パターンと化した作業を淡々とこなす。まさに理想の労働力であった。
「ラーメンで。ええっと、猛虎タンメンってデータ登録あったっけ?」
『店舗側がデータベースに意図的にレシピを公開していません。COOKBOTに再現レシピがありますが』
「へー、再現レシピ。それ試してみようかな。それでお願い」
『10分お待ちを。タグでお知らせします』
「はい。……うーん、便利になったよなあ、本当に」
東洋から派遣されている研究員であるササハラは、食堂を眺めて呟いた。各国から識者を募っているために、食堂には様々な人種が入り乱れている。
そこには国の境もいざこざもなく、いたるところで談笑を楽しむ職員たちの姿があった。その人間の営みのすぐ近くに、アンドロイドが複数見えるのだ。
言葉通り機械的に、組み込まれたプログラム通りの動きを繰り返している。昔は人がこなしていた仕事だ。それが今や、その大多数が機械化されている。
(俺たちは、俺たちの都合に合わせて、都合のいい奴隷を作りたかっただけなのかもしれないな)
ビーッ、という音が、装着していたリング型の職員用タグから聞こえてきた。
骨伝導なので、外には聞こえていない。本当に、便利になったよなと一人ごちた。
『お待たせしました。再現レシピの猛虎タンメンです。食後にレビューをお願いします。』
「了解。ありがとう」
『いえ。またのご利用、お待ちしています』
機体的なやり取りをし、ササハラはふっと鼻で笑った。あくまでも、アンドロイドは機械なのだ。生命体ではない。
(らしくないことを考えた。奴隷?馬鹿いえ、ベルコンやアームと同じだ。あくまで機械だ。アンドロイドに、AIに感情はない)
ササハラは一瞬考えてしまったロボット性善説を否定するように、タンメンがのせられたトレーを持って近くの席に座った。
赤色のスープと、麻婆豆腐がのせられたタンメン。一時期日本で大流行していたものだ。懐かしい香りが鼻孔をくすぐった。先ほどまで、真面目に考えてしまった問題も、どこかへ消えていくように忘れていた。
そんなササハラを見つけ、一人の女性職員が近寄ってくる。
「相席しても?」
「もちろん」
着席した女性は、ジャンナという北欧出身の女性だった。ササハラとはあまり面識がなかったが、知らない仲でもない。
研究生ている分野が違うので、顔を合わすのは会議や共有会か、ここくらいだ。
会議では何度か一緒の席になったことがあり、2,3会話をした記憶もある。でも、その程度だった。
国民性というべきか、ササハラは基本的に断ることができない性質でもある。なんとなく、許可を出した。
一点気になるところは、彼女は食事のプレートも何も持っていなかったところだ。何か話でもあるのだろうか。
「珍しいね。俺たちそんなに仲が良かったっけ?」
「あ、嫌だった?」
「まさか!君のような美人とご飯が食べれるなんて、国に帰ったら一生自慢するね」
「ふふ、大袈裟。でも、そういうところは嫌いじゃない」
「そりゃどうも……ところで、何か話でも?」
「……その、あなたのそれ……過激な色のそれが気になっちゃって、つい。それは何?」
「ああ、これかい。猛虎タンメン……ラーメンの一種さ。といっても、再現してもらったものなんだけど……うっ、辛いな!ああ、でもこの味だ。懐かしいな」
「え、美味しいの?それ」
「まずいと思って頼むやついないだろ。辛いんだけど、不思議と箸が止まらないんだよ。辛いのにうまい。国だと"ウマカラ"って呼ばれるジャンルの料理だな。君は辛いの平気かい?」
「うーん、どうだろう……」
「まあ、勧めはしないよ。人によっては、翌日酷いことになるからね」
「ちょっと、やめてよー!……でも、最近もう大体食べつくしちゃった感じもするからなあ。よし、今日はそれを食べよう」
「え、大丈夫かい?控えめに言っても、結構な辛さだぜ」
「挑戦してみる。あなたの国のご飯なら、大体美味しいって信じてる。ナットウ以外」
「ああ、あれはなあ……」
「なんて頼めばいいの?」
「モウコタンメンって伝えれば。再現レシピしかないって言われるけど、それで大丈夫だ」
「わかった。まっててね」
ジャンナはそういって、食事を注文しに行った。なるほど、今日のご飯を決めたかったのか。と、ササハラは勘ぐってしまったのを恥じて、頬を掻いた。
まっててね、といわれたことが引っかかったが、また深く考えすぎて恥ずかしい気持ちになるのはごめんだった。たまたま声をかけてしまったので、そのままいようというだけだろう。特に何事もなさそうである。
「辛い、辛い」といいながらタンメンを啜っていると、再度別の女性職員がササハラに近づいてきた。
「空いてます?」
「ん、マイヤードか。あー……いや、戻ってこないだろ。空いてるよ」
「大丈夫です?」
「ああ、大丈夫」
「「じゃあ、失礼します。それにしても珍しいものを食べていますね」
「ああ、猛虎タンメンっていうんだ」
「……とてつもない刺激臭がしますが、不思議と食欲をそそられますね」
「そうだろ。まあ、激辛だからあまりお勧めはしないが」
「私は辛い物は得意ではないので……ところで髪の毛、邪魔じゃないですか?」
「ん、ああ、確か邪魔くさいな。切りたいんだけどね、研究所では"ロン毛の東洋人"で覚えられちゃってるみたいで。アイデンティティが失われそうで、切りづらい」
「ああ、なるほど……最後に切ったのはいつです?」
「……いつだっけな?別に伸ばそうと思ってたわけじゃないんだけど……」
「結構無頓着ですよね」
「昔はこうじゃなかったんだけどなあ」
「ふふ。あ、ところで、昨日提出されたオズワルド博士のレポートは読みました?」
「ああ、023の選択における判断の基準?読んだよ。興味深かった」
マイヤードはパンとスクランブルエッグの乗った軽食を小さな口で租借しながら、ササハラと話を続ける。
オズワルド博士の"Y-SYα:023 判断基準レポート"は昨日展開されたばかりの資料だ。
アナザー転送から、およそ一か月の月日が経った。一か月分のAI行動から、判断基準を抽出してまとめ、考察したものである。
「なんだか、どんどんAIっぽくない思考になってきていますよね」
「そうだな。合理的か否かで言えば、まったく合理的でない。けれど、倫理的には理解ができる。そんな判断を下しているみたいだね」
「ええ、なんといいますか……ヒトっぽいですよね。」
「ああ。それも、上には立ってほしくないタイプの」
「"AI統治計画"全体としてみると、現状が続くのはあまり良くない感じがしますね」
「確実にダメだろうな。とはいえ、可能性の高い個体を選定している以上、上はとめないだろう。俺としては一研究者としても、一人の男としても、023の行く末は見守っていたいね」
「男の人って、いつまでも男の子ですね」
「ああいう設定が好きなんだ」
「こら、先客はこっちだったでしょ」
他愛のない話をしていると、ジャンナが悪い笑顔を浮かべながら戻ってきた。
手に持ったプレートには、真っ赤なスープヌードル……ササハラが食べているものと同じ、猛虎タンメンが鎮座していた。
「戻ってきたのか」
「あたりまえでしょ?相席しても?って聞いたんだから」
「ジャンナが先に座ってたんですか。これは失礼。席、変えましょうか?」
「ああ!いいよそんなの!冗談だから!隣、いい?」
「どうぞどうぞ」
「ふう、それにしても、においがすごいねえ、これ」
「ジャンナもササハラと同じものを?」
「ええ、かなりクールな見た目でしょう?ちょっと気になっちゃって」
「たしかに、興味はそそられますね」
「俺は忠告したから、ジャンナ」
「わかってるって。じゃあ、さっそく……うん、美味しい。あれ?意外と大丈夫じゃ……痛いっ!?」
「痛いんですか……?」
「じわじわくる!後からじわじわくる!こんなのよく食べれるね!もう無理!」
「辛いも度を越えると痛いになるからな。だが、ふざけんな!って思ってからが、こいつの恐ろしい所なんだ。もう一口いってみろ」
「ええ……唇がひりひりするのに……辛い、痛い……もう一口……あれ、でもこれ美味しい……?あれ、いやなのに止まらない……」
「はは、不思議だろ。こんなに辛くて痛いのに、美味いんだよなあこれ」
「なんだか怖い料理ですね」
ほのぼのとした雰囲気で飯をつつきあう三人であったが、その様子を他の男性職員たちがうらやましそうに見つめているのを、ササハラはまだ知らない。
ササハラの見た目はGUNTZの実写映画の時の綾野剛みたいな感じです。