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AI勇者  作者: 関島
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1-2:室長と所長

アナザー、と呼ばれる世界がある。

もう一つの可能性を探ることを目的として仮想空間上に作成された、仮想の世界。

人類と同じ知能レベルの存在を確率させるべく、大量のAIデータを作成、独自にチューニングしている疑似人格を数億パターン作成し、その世界に住まう生物として投影。意図的に知能レベルを下げた個体が独自の文化を築き、AIたちは自分たちがプログラムであることも理解することなく、一個体として"生活"ごっこにいそしんでいる。いわば、もう一つの地球であった。


研究室に置かれた巨大スクリーン上で、アナザーで発生している事象をビジュアライズし、先日転送したY-SYα:023の動向を追っている。

ビジュアライズ、といっても、最新技術を用いた美麗なものではない。研究者向けに開発されたもので、ポリゴンですらないワイヤーフレーム体のモノだ。

緑色の線の世界で、人型のワイヤーフレーム達の電子信号でのやり取りを言語化し、チャットログ形式でテキストを吐き出し続けている。

Y-SYα:023がアナザーへ転送されてからおよそ一か月。研究者たちは、成長過程を追い続けていた。

AI研究の第一線に立つオズワルド博士もその一人で、出力されるテキストログと行動パターンから、Y-SYα:023の選択における判断基準についての考察をまとめているところだった。


研究室室長のオズワルドは、専用の私室を与えられている。その私室のドアが開いた音が聞こえたが、彼は作業の手を止めなかった。

一人忙しなく入力端末をタップするその背後から、一人の壮年の男性が歩み寄ってくる。一目で老齢とわかる男性は、白く伸びた髭をなでながら、作業中のオズワルドの椅子の背もたれに手をかけた。


「首尾はどうかな」

「あ、ジジ……マクタビッシュ所長。いらしてたんですね。順調ですよ」

「ふーん」

「ふーんって」

「いや、なんか意外と面白くないなと思って。Venusが危険信号とか出してたから、そりゃもうてんやわんやになると思ったのに」

「ログ、見てますか?」

「レポートは読んでるけど」

「女性型に設定されたAI複数と関係を築こうとしてますよ」

「ウケる」


マクタビッシュ所長と呼ばれた老人は、オズワルドのデスクに設置された端末を触ると、Venus担当のオペレーターに音声通信を繋げた。

突然どうしたのか、とオズワルドが不思議そうに見ていると、オペレーターから返答があった。


「オペレータ、Venusは起動してるかい?」

『はい。起動中です』

「ありがとう。Venusに、Y-SYα:023についてどう思うかを聞いてほしい」

『了解……返答を転送します』

「ありがとう」

『Y-SYα:023の思考は合理性に欠ける。"理解が及ばない"という点が非常に人間に近い。独創的だが恐ろしい』

「興味深いね。オペレーター、君はどう見る」

『Venusがこのような反応を示すのは、私が担当になってからは初めて見ました。陳腐な感想で恐縮ですが、Venusが分析できていない。故に怖い、と思います』

「ふむ。怖い、か。どうもありがとう」

『……これは興味本位ですが、所長はどう見られますか』


Venus担当のオペレーターからの思わぬ質問に、マクタビッシュは「おっと」と声を漏らした。


「私も陳腐な感想になってしまうかな。……素直に、面白いと感じたよ」

『面白い、ですか?』

「Venusもそうだが、AIに"感情"はない。近いものは存在しているが、それは本物ではない。思考過程の中で、AI自身が"肯定"または"否定"を判断し、その理由たる考えを発しているだけだ。そこには"好感"も"嫌悪"も存在していない。AIそれぞれの学習過程から、"正しい"か"正しくない"かを判定しているだけ、というのは長い歴史の中で判明していることだ。どれだけ知的生命体に近づけようとも、生命体の精神的な機敏までは模倣しきれていない。……というのが、つい数分前の私の考えだった」

『数分前、というと?』

「Venusはこう考えたね。独創的だが"恐ろしい"と。私の記憶する中では、恐ろしいというワードを使ったのは、これまでで初めてのことだ。これは非常に興味深い」

『少しお待ちください……過去のログでは、今から30年前に記録がありますね。Venusの前身AI……AphroditeがサポートAIとして開発されたばかりのころに、一度だけ"恐ろしい"と発言しているようです。ただ、これは対応したAIの学習レベルに追い付いておらず、思考が及ばなかったが故、と言うレポートがありました』

「おお、Aphrodite!懐かしいね……ふむ、猶更興味深いね。つまるところ30年もの間……少なくとも、Venusの学習レベルを超える思考をするAIがいなかったという事だ。Y-SYα:023からの影響がすでに各AIに出始めていると考えると、023の思考パターンは、我々の想像を超えている可能性がある。……長くなったが、その可能性が面白いと感じた。これでいいかい?」

『はい。非常に参考になりました。お時間取らせてしまいすいません』

「構わないよ。では、通信を切る」


再び端末をタップして、マクタビッシュはマイクをオフにした。


「ふふ、ははは」


愉快そうに笑うマクタビッシュを、オズワルドが訝し気な目で見つめていた。

マクタビッシュは蓄えた髭を撫でつけながら、一言こういった。


「あーウケる。オペレータから質問されるとか、今日はいい日だな」

「いやウケるじゃなくて。オペレーターが美人だからっていきなり真面目に語らないでくださいよ」

「いやだっていいとこ見せたいじゃんそれは」

「自分の年齢考えたことありますか?」

「美人の前でいいかっこしたいのに年齢なんか関係ないね。全く、だからお前は童貞なんだよ」

「童貞じゃねえよ!殺すぞジジイ!」

「うはは!ムキになっちゃって!余計に童貞疑惑が増したな!」

「一発殴らせろ」

「あっ!こら!暴力はダメだっつったろ!か弱い老人に手をあげるな!」

「うるせえ、エセ老人!髭剃って来いよ!まだ十分若いだろうが!親戚だからって昔からおちょくりやがって!」

「痛え!腹はやめろってお前!警備!警備ー!」


親戚同士である彼らのつつましいやり取りを、実はオペレーターがこっそり盗み聞いて笑っていたことを、彼らが知ることはない。

マクタビッシュが通信終了とミュートの操作を取り違えていたため、二人のやり取りは筒抜けだった。


「男って馬鹿ね、Venus」

『同意する。023との通信を通して、少しだけ理解が及ぶようになった』

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