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AI勇者  作者: 関島
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1-1:研究所にて

薄暗い研究室の中、断続的に、ピピ、という電子音が響く。モニタのスピーカーから鳴っている音だ。

薄型のモニタには、様々なパロメーターがせわしなく数値の更新を繰り返している。その数字を見つめながら、スタッフたちはせわしなく手元を動かしていた。

タタタ、と机に埋め込まれた入力端末をタップしては、画面とにらめっこを繰り返す。研究室内は、そのような職員で溢れかえっている。

研究室のスタッフの一人、人工知能の思考別パターンの分析を担当するマイヤードも同様で、無言で入力端末を操作していく。しばらくすると、母親譲りの長くきれいなブロンドをわしゃわしゃとかき乱してから、ふう、とため息をついた。


「お疲れだなマイヤード。コーヒーいるかい?」


その様子を見ていたのか、彼女の後ろから、一人の東洋人と思わしき男性が声をかけてきた。Sasahara、と記載されたスタッフプレートを首から下げている。

銀フレームの眼鏡に、黒い髪。ずいぶん切っていないのか、ぼさぼさとしていてとても清潔な印象ではなかった。一昔前のヒッピーの様だ。

タブレット端末を脇に抱え、コーヒーの入った紙コップを持って、柔和な笑みでマイヤードの席の後ろについた。


「ああ、ササハラですか……すいません、お恥ずかしい所を。いただきます」

「おっと、熱いぞ、気をつけて……気持ちはわかるさ。経過はどう?」

「今のところ順調です。"Venus"との対話を終え、自身の能力と役割については把握した様子です。あと数分で、アナザーへのデータ転送が終わりますよ」

「おお、想定よりはやいね。……そうだ、電子信号の言語化はできる?」

「やっぱり……はい。送りますね」

「もうできてるんだ」

「はい」

マイヤードは入力端末を2,3回タップしたのち、すい、と上部に引っ張るような動きをした。

ティロ、という子気味のいい音が、スミスの持つタブレットから響く。データファイルが送信されてきたようだった。

内容を確認するため、タブレットを操作してファイルを解凍する。そして、今のやり取りの中に感じた違和感に、ササヤマは首をもたげた。


「ごめん、聞き流しちゃったけど、やっぱりって?」

「ああ、その。私が気になっちゃって。Venus担当のオペレータからすぐデータもらって、解読プログラム走らせちゃいました。多分、私みたいに知りたい人がいるだろうなって」

「ああ、それで」

「はい、それで」

「流石。俺と同じ野次馬根性……と言うと、言い方が悪いか」

「ヤジウマ?」

「あー、なんていうんだろ……俺の国で言う、ゴシップ好き、みたいなもんかな」

「ああ、わかります。ゴシップ、大好きですから」

「何故か無性に気になるよなあ……小市民っぽくていやだけど。む、解凍終わったか……おー、これは……うわあ」


ササハラは解凍したファイルを読み始めると、思わず顔を顰めた。

特別面白いやり取りがあったわけではない。VenusとY-SYα:023の電子信号による意思の疎通に問題はなかった。疎通自体には。


「私たちからすれば至って普通、なんですけどね」

「応対速度も速いみたいだしね。ただ少し子供っぽい、という……なんというか、すごく……"痛い"子だなあ、Y-SYα:023は」

「痛い子、ですか。ティーンエイジャーらしいといえば、らしいと思いましたけど」

「あー、まあ、そうか。そうかも。ほら、俺もそうだけど、俺の国の人間は自己主張が弱い人間が多いからさ。このタイプは目立つんだよ」

「あー、言わんとしていることは伝わります。でも、ササハラは真逆ですよ」

「はは、またまた……冗談だよね?」


Y-SYα:023のログを見ると、サポート用に組まれたプログラム、Venusとの電子信号記録が明記されている。

意図的に学習速度が早い、優性の個体……AIとして、機械的な能力に優れている個体は外しているので、この結果で全く問題は無かった。彼は疑似人格で設定された性格から、彼らしい質問をVenusへ送っていた。その内容が、どうにも10代らしいというか、見ていてどこかむず痒くなるような内容だったのだ。ササハラは冗談めいたやり取りをマイヤードと続けながら、信号のログを眺めては、これは恥ずかしいなあと内心で思った。まさかVenusが応対に困惑するだなんて。

Venusが困ったような反応を示しているのは、ササハラ自身も初めて見るものであった。


古い時代の話ではあるが、AIとAIで会話をさせていった結果、そのAI同士しかわからない言語で会話を始めてしまった、と言う報告がある。

高度にAI技術が発展した現代であってもその流れは変わらなかった。そのために、AIに人間が介入するプログラムが開発された。その一つが、サポートプログラム「Venus」だ。

Venusは独自の思考系統を持ちつつ、アウトソースからの命令も受け付けるよう設計……いわば、前時代的な要素を強く残している。人間とAIを繋ぐための通訳用のAIであった。

VenusはY-SYαシリーズ以外のプロジェクトでも使用されており、AI間のやり取りだけなら学習してきた経験は相当なものになる。中にはピーキーな調整で突飛なことを言うAIもいたのだが、Venusは冷静に応対していた。

そのVenusが、手を焼いている。そのことに、ササハラは面白いと思っていた。


「『適切な返答について、指示を待ちます』ってこれ。ははは。面白い。Venusがオペレータを頼るほど返答に困るなんて」

「ああ、見ました。その後の『Y-SYα:023は本当にAI?』ってオペレータに尋ねているのも笑えますよね」

「ええ……ちょっと怖いくらいだよ。ウケるなあ、023」

「そうですね、過去の個体とは少し毛色が違います。なんだか、本当に"居る"みたいです」

「……そうだね。……ああ、ごめんマイヤード。休憩のつもりが長居してしまった」

「あ、いえいえ。私も誰かに共有したかったので」

「そう言ってもらえると助かるよ。このデータは展開しても?」

「ええ、構いません。と言っても、もうしばらくしたら全体に共有しますよ」

「ああ、じゃあ敢えて展開しなくてもいいか……恥ずかしいだろうなあ、023は」

「でしょうね」

「じゃあ、そろそろ席に戻りますかね。アナザー転送も終わる頃だろうし」

「ですね。では、また後ほど」


そういって、ササハラとマイヤードは自身の業務に戻っていった。

既に読むのをやめたササハラのタブレットには、ログが自動で流れ続けていた。ログの末尾には、このように記されている。


『警告。VenusはY-SYα:023は危険と判断』


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