俺の姉は、もういない。
「な、何を言っているのよ。そんなこと、ありえないわ。実家にいうだなんて、お父様は私のことを————」
「いいえ、貴方のことをカーヴァンクル公爵家は救いはしないでしょう。それに貴方が何をしているか、というのをきちんとお伝えしました。婚約者のいる男性に近づいておきながら貴方はかろうじて嫌がらせなどをされないようにしていました。それは凄いことだとは思いますが、その周りに侍らせている男たちの婚約者とも仲良くしながらも、その友人を裏切る行為を明確にしておりますし、全員に良い顔をして、全員に好意を抱いているという態度をしておりますし」
「どうして、そのようなことを? 私にそんなことを言うなんてひどいわ」
シュニーは、カーヴァンクル公爵家にももう既に根回しを終わっているのだろう。あの女がどれだけわめこうとも、周りの男たちが何を言おうとも、きっと、もう既に結果が変わらないようにシュニーはしている。それだけ、シュニーは手際が良い。
カーヴァンクル公爵は、俺が息子だとは勘付いている。―――俺は、カーヴァンクル公爵家の息子として生きる気は更々ないけど。ただ、あの女は公爵家に保護された時に、俺と母さんが死んだと断言して、可愛そうな少女を装っていたそうだし、それでいてそれだけ言っていた家族が目の前にいて気づかないあの女を見て少なからず何かしら思っているのかもしれない。
「ひどい、というのは、聖女様に対して言いがかりをしている貴方です。貴方は、そもそも流行病にかかっている母親と弟を置いていけるほどに冷酷な方なのでしょう? 私はカーヴァンクル様がそのような方だと知って本当に驚きましたもの」
「何を言う!! 母親と弟を亡くしたソニアになんという言い草を!!」
「本当に、そのような境遇であるというなら私とてこのような言い方はしません。しかし、ソニア・カーヴァンクル様が、命の輝きを失おうとしていた母親と弟を置いていったのは確かです。私は、その事実を知っておりますもの」
シュニーの言葉に、あの女の顔はみるみる青ざめている。こちらからはその様子がよく見えるけれど、あの女を庇っている面々からは丁度あの女の顔が見えないのだろう。生徒たちが、少しだけざわついているのも、気づいていないようだ。
俺は特に、口を出す気はない。ただ、シュニーの話を聞いているだけだ。
「何を根拠にそのようなことをいっている。ソニアは、そのようなことは出来ない、心優しいソニアがそのような真似できるはずなかろう。ソニアにそのような言いがかりをするとは——―」
「何を根拠にとは、その場にいた方から聞いた話ですから」
「その場にいた?」
「皆様はご存じではないでしょうが、その場にいた方は生きていました。そして、死にかけているその方を置いていったソニア・カーヴァンクル様をちゃんと見ていました。おいていかれたからこそ、その方は生き延びてもソニア・カーヴァンクル様に会いになど行きませんでした」
具体的な話を、シュニーはしている。俺が話した話を、している。本当に……シュニーがこんな話をしていても、あの女は青ざめているだけで、俺の事には気づいていないのだろう。
”ニール”という俺の名前を聞いても、弟と同じ名前だったなどと、一度も言わなかったあの女。母親と弟を亡くしたかわいそうな私、といったような態度なのに、何も気にしていない、態度。ああ、気に食わない。……なんで、あの女は姉さんの姿で、ルンガーラのこと貶めようとしたりするんだろうか。姉さんは、母さんや俺を置いて行ったりは間違ってもしなかったし、どうせ死ぬんだからなんていいもしないし、誰かを貶める、なんて真似もしないのに。
複雑な気持ちを感じている。本当に、本当に、何度も、何度も考えていることだけど、もう、居ない。
俺の、姉さんは、本当に———姿はあっても、もう、居ないんだ。
「ソニア・カーヴァンクル様のことをその方は、変わったといっていました。流行病に街が呑み込まれる少し前から、まるで別人のようになってしまったと。元々とても心優しく、家族思いだったその少女はその時別人になって、元々の少女は死んでしまったのだと。身体は、元の方と一緒でも、中身は———別人なのだと。ソニア・カーヴァンクル様は———、過去を悲しむ少女と言いながらも、気づきもしません。その方が目の前にいたとしても、死んだはずの人物のことなど欠片も考えていないといった様子でした。まだ生きている母親と弟を、おいていける人間。そして、死んだと報告をし、同情を買ったなんて、本当に酷い話でしょう? 私はその話をその方から聞いた時、子供の身でそのような冷酷なことを出来る方なんてと驚いたものです。そして今は聖女様のことを貶めようとしていらっしゃいますし、本当に酷いのは、そちらで青ざめている方でしょう?」
シュニーは反論を許さない、といった態度で言い放ったかと思うと、誰からも漏れないと思っていた”本当の話”をされて青ざめているあの女へと、視線を向けた。