姉だった人物について
ソニア・カーヴァンクル。
カーヴァンクル公爵家の娘である彼女は、金色の髪を持つ美しい少女。
母親はカーヴァンクル公爵当主の妻であった。カーヴァンクル公爵当主が愛していたが故に、男爵令嬢であった母親は正妻として収まっていた。しかし、それをよく思わないものたちがいた。カーヴァンクル公爵家当主の両親と、当主の正妻を望む令嬢たちである。彼らの思惑により、母親は一歳の娘と共にカーヴァンクル公爵家を追い出されてしまう。その腹には第二子が宿っていたという。
カーヴァンクル公爵は、「男と逃げた」だのいろいろ聞かされたが、そんなはずがないと妻と娘を探し続けていた。しかし、見つからないまま七年の月日がすぎ、圧力にまけカーヴァンクル公爵は再婚をしていた。愛のない再婚であった。出来た子供を可愛がることもできず、妻と娘を探す日々。
辺境の街で流行病が発生した際に、奇跡的にも公爵の配下のものが娘を発見する。元夫人にそっくりな見た目で泣きはらしていた少女から話を聞いて、配下の騎士は夫人とその下に生まれた公爵の息子が亡くなった事を知る。そして騎士は、少女を父親の元へと送り届けた。その流行病により、街で生き残ったのは、僅か数名の人間だけだったとされている。流行病にかかった街ということで、土地の領主の命令により辺境の街は焼かれて、今は廃墟とかしている。
ソニア・カーヴァンクルは、母と弟を亡くしても気丈に生きている。腹違いの姉妹にいじめられたり、義理の母親から殺害未遂があったり、そういうこともあったが、それを乗り越えて健気に生きている。心優しい少女というのが評判である。
それが、姉さんだった女の世間に知られている情報である。
あの女が、公爵家の庇護下に入ったことは知っていた。母さんが死に際にいっていたことはこれだったのかと思った。
あの流行病で、生き残ったのはほんの数人だった。それなりに人数が居た街で、それだけしか生き残らなかった。
俺は……流行病ではなく、魔力切れで死にかけていたそうだ。生きているのがおかしいといわれた。あの女への許せないという気持ちで、死んでたまるかって気持ちで皮肉にも生き残ったらしいと、あとから理解した。かろうじて息があったため、領主が保護してくれた。領主様は、亡くなった死体や町を焼いたけど、それは流行病がそれ以上はやらないための処置だった。もうそうするしかなかったという話だ。そのかわり生き残りには手厚く補助をしてくれた。
そして俺は、魔法の才能があり、なおかつ治癒魔法の才能もあるからと神殿に入った。今は立派な上級神殿騎士である。剣も習いたかったからそっちも習ってたらこういう役職になった。辺境の街生まれだけど、今は王都にある大神殿で聖女様の護衛を務めている。……聖女は、俺が神殿入りしたころから一緒に学んできた仲間だから、その関係で、護衛になれた。多分、俺にも公爵家の血が流れているんだろうし、父親の元へ行けば生活も楽だっただろうし、聖女の護衛騎士になるのに一悶着もなかっただろうけどさ。でもあの女と一緒に居たくなかったし、貴族になんかなりたいとも思ってなかったから俺は王都の公爵家に引き取られたソニア・カーヴァンクルが俺の姉だとは洩らさなかった。俺とあの女が姉弟であると知っている皆は既に亡くなっていたというのもある。
というか、俺は父親のことを調べた時、なんてだらしない父親だろうと思った。母さんを守れず、母さんを愛しているといいながら別の女性を妻に娶って。それでいて公爵家だというのならば、人を探すぐらいやろうと思えばできるだろう。上級神殿騎士の俺でもそれなりに情報収集できるのだ。公爵家だともっとだろう。
そもそもだ。あの女が保護されたあとも、あの女の母さんと俺は死んだという言葉を信じ切って、疑いもせずに生きている可能性を探さなかったのも俺は腑に落ちない。
「ニール」
「……ルンガーラか」
「難しい顔をしてどうしたの? また、お姉さんのこと?」
ルンガーラは、聖女である。治癒魔法の才能が誰よりもあり、神の声を聞くことが出来る特別な存在。真っ白な美しい髪に赤い瞳を持つ少女。人前ではルンガーラが聖女であるから、様付しているけれど昔からの仲なのもあって二人の時は呼び捨てをしている。
ルンガーラにだけは、姉のことを話していた。
「……そうだな。もうすぐ、学園だろう? 多分、あの女もいるからな」
ルンガーラは学園に入学することになっている。俺は護衛として同じく学園に入学することになっている。
―――その学園には、あの女が、姉さんの姿をしたあの女がいる。公爵令嬢として学園に通っている。あの女には、あれ以来一度も会っていない。学園にもうすぐ入学することを思うと、よくあの姉さんだった女のことについて考えてしまう。
あの女に会った時、俺はどうするだろうか。あの女と会ってどうなるんだろうか。
あの女は、俺に気づくだろうか。
そんなことばかり、ずっと考えていた。