第四話「ゲームだからこそ」
《今回はやるのは、ターゲットブレイクマッチ!! その名の通り、今から、二人にターゲットマーカーを装備させるよ! えいや!!》
電子実況娘が可愛らしく手を振り下ろすと、遊李とエレミアの胸に赤い丸が設置される。
《ルールは簡単! 対戦相手のターゲットマーカーを先に破壊した選手の勝利! 制限時間はなし! 他にも遊李選手は初心者ということになっているから、ハンデとしてエレミア選手の武装制限をできるんだけど……本当にいいの? 遊ちゃん》
「だから誰が遊ちゃんか。別にいいよ。全力の、本気のあいつを倒さないといけないみたいだからな」
ダイブルームへと向かう前に、仮面の男から言われたことを思い出す遊李。
エレミアが自動販売機で購入したりんごジュースを飲んでいる時に、十メートルほど離れた場所でのことだ。
「いいかい? 今回の依頼は、本気の彼女を倒すことだ。その報酬として、君をリア充にしてあげよう」
「……本当にそんなことができるのか?」
疑いの目を向けていた遊李だったが。
「大丈夫。可愛い彼女を紹介してあげるから」
「か、可愛い彼女……」
《あー! マスター! 鼻の下伸ばしていますね! エルミという者がいながらー!》
「お前、データじゃん」
《はうあっ!? うぅ……それでも、エルミはエルミは!》
いつもの騒がしい会話をしつつも、遊李は仮面の男へと視線を向けていた。
「まあ、そういうことだから。頑張ってくれ、遊李くん。彼女を……止めてくれ」
(……どうして、そこまでエレミアを止めてほしのかを聞いてなかったけど。それは、この依頼が終わればわかることか)
「マスター!」
「なんだよ」
現実とは違い、仮想の世界のためエルミはその場にいるように出現する。この仮想世界において、エルミは何の役にも立たないと言ってもいいだろう。
元が、データペットのため飼い主を精神的に癒すことや、会話することしかできない。アームズ・ワールドにおいて、戦闘のサポートなど一切できないのだ。
なので、今この場に現れたとしてもただその場にいる女の子でしかない。
「お腹が空きました! データチキンが食べたいです!!」
「……食べてろ。スマホに色々入れておいたから」
「わーい!! さすがマスター! 用意がいいですー! では! データチキンを食べつつ、データコーラを飲み! マスターの応援頑張ります!! ファイトー! ます」
最後まで言い終わる前に、強制的に戻した遊李であった。
「真剣勝負前だっていうのに、女の子といちゃいちゃしているなんて随分と余裕ね」
「別にいちゃいちゃなんてしてないって。……ところで、始める前にひとつ聞きたいんだけど」
「なに?」
「どうしてそこまで強くなりたいんだ?」
「それは……あ、あんたには関係ないわよ!」
それもそうか、と遊李は納得してしまう。
「余計なことを聞いたな。ごめん」
「別にいいわよ。それよりも、本当にいいの? あんたは初期装備。対して、あたしはSSレア武装フル装備。これで、本当に勝てるって、思っているわけ?」
「……レア度の高い武装ばかりで勝負が決まるほど、この世界は甘くないぞってことを教えてやるよ」
遊李の挑発のような言葉に、そうっと短く頷き背中のブースターを噴かし、展開。
空へと跳び上がったエレミアはライフルの銃口を遊李に突きつけた。
「じゃあ、あんたをコテンパンにしてやろうじゃない!!」
《両選手! やる気十分! 火花バッチバチだ!! では、お客様も待ちきれないようなので。さっそく始めちゃうよ!!》
二人の間に出てきたのは、カウントダウン用の機械。
それは、まず赤、黄と変わり、最後に青になった瞬間、勝負は始まる。
《試合!》
赤、黄と変わり、青になった瞬間。
《開始!!!》
「沈みなさい!!」
エレミアが先制の狙撃。
だが、一直線の狙撃ならば予測していれば避けられないものではない。現在使っている武装はSレア武装の【対人ライフルK―01】だ。
射程が長く、その名の通りプレイヤーに対して1.5倍のダメージを負わせる。しかも、装填できる弾丸の数が通常の二倍。
装填速度も他のライフルの中でも速いほうだ。
遊李は、脚部ブースターを軽く噴かし、最小限の動きで回避。
そこから、腰に装備されているアイテムを手に持つ。
手に取ったのは閃光手榴弾。
つまり。
「そら!」
「くっ!?」
《ひゃー!? 目がぁ!? 目がぁ!?》
目晦ましのアイテムだ。
激しい閃光により、遊李はエレミアの目の前から姿を消す。エレミアの使っているバイザーは命中率を上げるためのSSレア武装の【精密狙撃バイザーSS】だろう。
より正確な狙撃と、マルチロックも可能な武装だが。
「どこに行ったの!?」
姿を消したプレイヤーの探知などはできない。それをわかっていた遊李は、近くのビルへと逃げ込み、階段を駆け上がっていた。
「……」
階段を駆け上がっている中、また仮面の男との会話を思い出す。
彼はエレミアに関してすごく詳しかった。
その彼からの情報では。
「彼女は、攻撃特化。誰から挑まれても倒せる自身から……サポートアイテムを持っていない。持っているとしたら、ライフルの弾丸かエネルギー補充缶がほとんどだろう」
つまり、今遊李がやったような目晦ましなどはしない可能性が高い。
更に、サポートアイテムには一定時間だがプレイヤーを探知するものもある。
しかし。
《あーっと! エレミア選手! 遊李選手を見失ってしまった!! 遊ちゃーん! どこー!! いたら返事してー!!》
「そんなことしたら、見つかってしまうだろ電ちゃん」
どうやら、使う様子はない。
ということは、本当に持っていないのだろう。自分の腕に自信があるのはいいことだが、サポートアイテムも駆使してこそだ。
遊李は、そろそろだなっと初期装備のレア度Cの武装である【レーザーソード】を手に取る。攻撃力はそこまででもないが。
今回の勝負はターゲットブレイク。
ターゲットは、いくら攻撃力が低くとも、相手プレイヤーからの攻撃が当たれば簡単に砕けてしまう。そして、今からやろうとしていることには、これで十分なのだ。
「いっくぞー!!!」
丁度、遊李を探しているエレミアの姿が上から見えるところ。
そこの窓へと迷いなく一直線に突き進み。
「ひゃっほー!!!」
「なっ!?」
窓を突き破り、飛び出した。
さすがに、エレミアもこれには一瞬動きが止まってしまう。だが、すぐその場から動き飛び出してきた遊李の攻撃を避ける。
《遊李選手! ダイナミックー!! さすがは、伝説のプレイヤー! やることが派手派手!! さながらアクション映画のワンシーン!! 電ちゃん最近このシーンが出てきた映画を見たばかったりなので興奮が抑えきれないよー!!》
「とと……」
脚部ブースターを噴かし、無事着地した遊李はエレミアをもう一度見上げる。
「あ、あんた。なんて奇行を……てか、性格変わってない? あんた!」
「そうか? まあほら、ゲームにのめりこめば性格が変わる人って結構いるだろ。それに、ゲームだからこそこんなこともできる。どうだ? お前もやってみろよ」
子供のような笑顔で提案する遊李だったが、エレミアは首を横に振る。
「嫌よ。それに、あんたの奇襲は、無駄に終わったわね」
「そうでも、ないぞ?」
「なんですって?」
《こ、これは! エレミア選手のブースターから黒い煙が!?》
「え? う、嘘なんで!?」
電子実況娘の言葉に、振り返ると本当にブースターの噴出口から黒い煙が出ていた。よく見ると、先ほど遊李が手に持っていたレーザーソードが噴出口に突き刺さっているではないか。
急いで、エレミアは爆発する前に地面に着地し、武装を解除した。
そして、ライフルを構えながら問いかける。
「どういうこと? あんた、何をしたの?」
「別にたいしたことじゃないぞ。ただ、レーザーソードでお前の武装を破壊しただけだ」
「ありえないわ! たかがCレアの武装であたしのSSレアの武装が破壊されるなんて!!」
エレミアの言葉から、やっぱりなと遊李は頷く。
「知らなかったのか? レーザー系の特徴を」
「レーザー系の特徴?」
「武装ダメージ二倍。レーザー系は、高出力で燃費が悪い、かっこいいとかだけじゃなくて。武装に対してのダメージが二倍になるんだ」
「だ、だけど二倍になったところでCランクの。それも初期装備で!」
「だから、ブースターの一番脆い噴出口を狙ったんだよ。完全破壊まではいかないが、ダメージは与えられる。まあただ、修復キッドで修復される恐れがあったんだけど……お前は持っていないんだよな?」
ブースターのような高出力でエネルギーを放出する武装は、ダメージを負ったまま使い続ければそれだけで自らを傷つける。
しかも、それは噴出口に思いっきり突き刺さっていれば尚更だ。
だからこそ、それらの武装を使うプレイヤーは修復キッドを所持するというのが常識なのだが。
「くっ! あんた、それがわかっていて!」
「まあな。さぁて、ここからは地上戦だ」
レーザーソードは今、エレミアのところにある。なので、使えるのはもうひとつの初期装備であるレーザーナイフ。
ちなみに、初期装備は登録する時に選ぶことができるのだ。
「いくぞ!」
「させないわ!!」
すると、エレミアはライフルを解除し、すぐに次なる武装を展開する。
二つでひとつ。
二丁拳銃だ。
「おっとと!?」
激しい銃撃の嵐に、遊李はビルの陰に隠れる。
「もうあんたを近づけさせない! 近づかれたら、何をされるかわからないから!!」
「人を変人みたいに言うなー!! うおっ!?」
この銃撃の激しさから、本当に近づけさせないという意思を感じる。とはいえ、こちらは近づけないとターゲットを破壊することができない。
もう一度閃光手榴弾を使うか? いや、もう一度使うのはリスクが高い。先ほどの行動から、また姿を消せば彼女の性格だ。
ビルを破壊してでも、遊李をあぶり出そうとするだろう。その際に、崩れたビルの残骸でダメージを負ってしまう。
とはいえ、今ある武装とアイテムでできることは少ない。何か、ないかとアイテム欄を確認すると。
(ん? これは)
こんなアイテムあったか? と首を傾げるがそういえばと仮面の男の姿を思い出す。あの時、遊李のデータスティックでやっていたのは登録だけではなく、このアイテムを入れていた?
とはいえ、遊李ですら見たことのないアイテム。
用途は……なるほどと遊李は笑う。
「これは使えそうだな。とはいえ、所持数は一個。タイミングが命だな。それと、度胸も」
丁度銃撃が止まる。どうやら、弾切れのようだ。
よし、今がチャンス。
弾を装填しているこのタイミングで。
「突っ込む!!」
「来るんじゃないわよ!!」
遅れて弾を装填したエレミアは再び弾丸の嵐を遊李へと放つ。だが、脚部ブースターと、障害物を利用し、徐々にエレミアへと近づいていく。
「ちょこまかと!」
(あの武装の弾丸数は、百発。あれだけの乱射、無駄撃ち。そろそろ半分を超える。そして、エレミアとの距離は!)
《早い! すごい! 遊李選手、まるでゴキブリのようにエレミア選手へと近づいていく!》
なんでゴキブリ? と突っ込みたくなるが、今はそんな暇はない。エレミアとの距離が大分近づいた。
よし、ここだ。
遊李はアイテムストレージから、とあるアイテムを取り出し。
「一気に決めにいく!!」
地面に叩きつける。
すると。
「ひうっ!? な、なによこの騒音は?!」
思わず耳を塞ぎたくなるような騒音が球体から鳴り響く。
《ひゃうあ!? ななな、なんだこの音ぉ!? 耳が痛いよー!?》
突然の騒音に、耳を塞ぎ攻撃を止めてしまうエレミア。
その隙が、遊李に接近と攻撃のチャンスを与える。
一気に、脚部ブースターを全力で噴かし急接近。
「こ、この……!」
なんとか接近用の武装へと切り替えるエレミアであったが。まだ動きがぎこちない。避けるのは容易だった。
ターゲットマーカーは目の前。
「貰った!!」
「きゃっ!?」
レーザーナイフの横薙ぎにて、ブレイク。
一瞬の静寂の後、ビー!! というブザー音が鳴り響き、空中に文字が現れる。
勝者、伊達遊李と。
《け、決着ぅ!! やった! やり遂げた! 伊達遊李選手。初期装備で、上級者エレミア・カティスタン選手を倒しちゃったぞー!!》
湧き上がる歓声の中、遊李は静かに、自然と天へと拳を突き上げた。