第一話「仮面の男」
「髪型よし。メガネもよし。服装もよし。財布も、スマホも持った。完璧だ!」
伊達遊李は、高校一年生になった。彼が通っている高校は中高一貫校。なぜ、彼はそんなところへと受験をしたのか。
それはより多くの人達と関わりたいため。
高校と中学が一緒ならば、その分通う学生の数も多いというもの。中学まで一緒だった友達とは、違う高校に通うことになっているが、それでいい。
「僕は、リア充になる!」
《マスター! リア充ってなんですか!?》
「リアルに充実した生活をしている者達の総称だ」
《え? てことは、マスターはリア充じゃない!?》
「ば、馬鹿! 僕はこれからなるんだよ!!」
《そ、そうだったんですか!》
「そうだよ!! いいから、お前は大人しくエネルギーコーラでも飲んで大人しくしていろ!」
遊李に口うるさくコントをしていた者は、パソコンのディプレイにいる。
明るい緑色の長髪に、ぴょこんっとアホ毛生えており、白のパジャマを着ていた。
彼女の名は、エルミ。
自分では超高性能AIと自信満々に言っているが、その存在は謎なのだ。遊李が、エルミは【アームズ・ワールド】の登録時におまけとして配布される【データ・ペット】として遊李のパソコンに来たのだ。
データ・ペットとは、本物のペットをどうしても飼えない人達のためにと開発されたAI搭載のペットなのだ。だが、エルミは明らかにペットではない。
遊李自身も、自分のパソコンからうるさい声が響いた時は驚いた。
アームズ・ワールドを運営している会社に問い合わせたところ、それはシークレット。特別製だとだけしか答えてくれなかった。
確かに、公式サイトにはシークレットが一体だけ配布されると書いてあった。
とはいえ、エルミはどう見てもペットではない。
自ら会話ができ、表情も豊かで、普通の人間のようなのだ。
《えー!! わたしもお買い物に行きたいですー!!》
そう駄々をこね、遊李のスマホへと移動してくる。
データ・ペットはデータのためにパソコンだけではなくスマホにも移動することができる。だが、それはこちらから操作する必要があるのだが、エルミは自分で移動することができるのだ。
「おま! 勝手に移動するな!! 今から、僕はリアルの友達同士で服を買いに行くんだから!!」
《やだやだやだやだ!! いやですー!! わたしも連れて行ってほしいですー!!》
このように、見た目は中学生ぐらいなのだ。思いっきり子供のように駄々をこねることが多い。
「あー、もう。こんなことなら、こいつも消したほうがよかった……」
《え? ま、マスター。わたしのこと、消しちゃうんですか?》
「うっ!?」
うるうると涙目で、子犬のように見詰めてくるエルミに、遊李は息を呑む。そう、リア充になるためアームズ・ワールドのデータと一緒にエルミもと思ったのだが、その時もこのように見詰められ消すことができなかった。
エルミとは、アームズ・ワールドが稼動してからずっと一緒だった。一人っ子だった遊李は、彼女のことをペットというよりも妹のように接してきた。
そのためか、彼女の涙には……弱い。
「わ、悪かったよ。さっきのは失言だった……。静かにしているなら、一緒についてきてもいいから」
《本当ですか!? わーい!! やっぱり、マスターは優しいですー!!》
「っと、やばい! そろそろ行かないと集合時間に遅れる!!」
《え!? ま、待ってくださいー! まだ着替えていないですよー!?》
「移動しながら着替えればいいだろ! スマホに服のデータあるんだから!」
《そ、そうでした!!》
そもそも、エルミ自身が着替えることはない。そのままパジャマ姿のままでも、なんら問題は無いのだ。とはいえ、エルミも女の子。
その辺りのことはしっかりしておかなくてはだめなのだろうと、遊李はスマホをポケットに入れ自室を後にした。
・・・・・☆
「おっしゃ!! この前当てた武装も使えいなれたし、そろそろバトルしてみるかな!」
「もうやるのか? もう少しトレーニングモードで練習したほうがいいんじゃないか? ほら、今はさ」
「馬鹿野郎! 男は度胸! 怖くていつまでもバトルをしないなんてかっこ悪いだろ?」
高校から一緒になった友達のところへ向かっている途中のことだった。
中学生ぐらいの男子二人が、データスティックを手に通り過ぎていった。
《マスター、マスター》
「なんだ?」
《マスターは、本当に【アームズ・ワールド】をやめちゃったんですか?》
「そうだよ。お前も目の前で見ただろ? 僕がデータを完全消去するところを」
何を今更、と遊李は角を右に曲がった。
すると。
「やあ」
「……」
明らかに怪しい仮面を被った男……だろうか。とにかく、祭の店などで売っていそうなヒーローの仮面を被り、それに似合わずびしっとしたおしゃれな服を着た怪しい者が待ち受けていた。
なにやら手を挙げているが、自分でないだろうと遊李は素通りしていく。
《ま、マスター! 不審者です! ポリスに通報しなくちゃですよ!》
「いや、ああいうのは無視するに限る。早いところ、ここから立ち去るんだ」
と、早足でその場から立ち去ろうとするが。
「待ってくれ、伊達遊李くん。いや、アームズ・ワールド第一回東京大会優勝者と言った方が止まってくれるかな?」
「……」
《マスター?》
なに、止まっているんだ。
遊李は、自分でもわからなかった。だが、自然と足が止まってしまったんだ。そして、そのまま仮面を被った怪しい男のほうに振り返る。
「僕に何かようなのか? 僕は、今忙しいんだ」
「すまない。でも、君にしか頼めないことなんだ」
「僕に?」
「そう。実はね、今わがままな子がいてね。その子を止めるには、アームズ・ワールドで彼女に勝たなければならないんだ。でも、誰も勝てなくて……」
「なるほど、ね」
遊李がアームズ・ワールドの元プレイヤーで、大会の優勝者であることを知っていたのも。そのわがままな子を止めるために調べた、ということなのだろう。
「頼って僕に会いに来てくれたのは嬉しいけど。僕はもうあの世界から退場したんだ。データだって完全に消去した。その子がどれほど強いのかわからないけど、今の僕じゃ到底勝てないと思うよ」
すでに、集めた武装はない。
今から始めても、初期武装しかない。そんな自分が、誰も勝てないとまで言われているプレイヤーにどう勝てというのか。
「退場、か。じゃあ、なぜデータスティックを持ち歩いているのかな?」
仮面の男に言われ遊李は上着の内ポケットに触れる。
なぜそのことを。
「やはり、持ち歩いているんだね」
「まんまとってことか……」
「本当は、まだ捨て切れていないんじゃないのかな?」
「ち、違うって。これはその……たまたま。そう! たまたまだから! 残念だけど。話はもう終わりだ。それじゃ、僕はこれから友達と約束があるから」
と、焦るりながら立ち去ろうとしたが。
「リア充になりたくはないか?」
また仮面の男の言葉に足を止めてしまう。
どういうことだ? なぜ、自分がリア充になりたいと思っていることを知っている? いったい、どこまで調べているんだ?
《マスター! わたし、わかっちゃいました! この人は、ストーカーです!! やっぱりポリスメンに通報したほうがいいですよ!!》
「あははは。ストーカーか。まあ確かに、君の事を調べたのは謝るよ。でも、本当に困っているんだ。助けてはくれないかな?」
「……さっきの言葉」
「ん?」
ゆっくりと振り返り、遊李は仮面の男に問いかけた。
「さっきの言葉、どういう意味なんだ?」
「リア充になりたくはないか、てやつだね。うーん、そうだね。そのままの意味だよ。このまま僕の頼みを聞いてくれれば、リア充になれる可能性があるんだ」
《はっ!? マスターの心が揺らいでちゃっている!? り、リア充という言葉はそれほどの魔力があるんですか?!》
エルミのうるさい声に、ハッと我に帰った遊李は上ずった声で反論するも。
「う、うるさい。べ、別に揺らいでなんていないって……で、でもまあ……ちょ、ちょっとだけなら付き合ってもいいかなー、なんて」
《結局揺らいでいるじゃないですか!?》
「ち、違うぞ! ちょっと確かめる程度だ! いや、本当に!!」
「あははは! 君達は、中々いいパートナー同士みたいだね。それじゃあ、承諾してくれたってことでいいのかな? 伊達遊李くん」
手を差し伸べる仮面の男。
偶然通り過ぎた自転車のおばちゃんは、何をしているんだろう? と見詰めていた。そんな中、遊李は頬を掻きながら、手を握る。
「今回だけ! 一回きりだから! あの世界に、戻るのは!」
「それでも、嬉しいよ。ありがとう。大丈夫だ。友達のほうには、僕の方から少し遅れると先に伝えてある」
「……本当に、何者なんだ?」
《な、謎だらけです……!》
未だに素性を明かさない仮面の男と共に高級な車に乗り、そのまま移動をすることになった。