第四話「待っている」
「ただいまーっと」
鞄を床に落とし、遊李はベッドに倒れこむ。
なんだかあの日から、神経が磨り減るような思いばかりである。これが、自分が望んでいたリア充な生活なのか?
これだったら。
「明日も、あいつ来ると思うか?」
《エレミアのことですか?》
パソコンにある自分の部屋へと移動したエルミは、さっそくエネルギーコーラを手にしていた。
そう、あの調子だとまた明日。
いや、これからもずっとかもしれない。
それはそれでリア充しているって感じで。
エレミアは、容姿はかなりのものだ。誰が見ても美少女と言うだろう。兄であるケディも、高校、中学と学年関係なく人気のイケメン。
彼目当てで生徒会に入ろうとする者達もいるぐらいだ。雑誌にも確か載っていたこともあった。ゲームにどはまりしていた頃はそんなものには無関心だったが。
「僕は、このままエレミアと付き合い続けることになるのかな」
《結婚するってことですか!?》
「なんでそこまで発展する!?」
《付き合うってそういうことじゃないんですか!?》
「意味合いはそれもあるが、僕が言っているのはそういうのじゃない!」
いや、もしかしたら将来そうなる……いや、考え過ぎか。
一瞬妄想をしてしまったが、すぐに顔を全力で横に振り、ベッドから立ち上がる。
《どこに行くんですか?》
「顔を洗ってくる」
少し頭を冷やさなくては。
別に、エレミアのことを嫌いというわけではない。かと言って好きというわけでもない。まだ、知り合って間もない。
しかも、出会いがあれだ。
遊李は、蛇口から流れ続けている水をじっと眺めながら長く思考している。
もし、このままケディの思惑通りエレミアと仲良くなり、仲が進展したとする。そうなった場合、自分はカティスタン家の一員に?
お金持ちの一員。
人生は、明るく、親も大喜び。
「いやいや、考え過ぎか。ないない」
蛇口を捻り水を止める。
そして、洗面所から出てリビングへと向かった。確かに、カティスタンの一員になれば、世間からは勝ち組だと思われる。
しかし、そんなにうまくいくはずがない。まだ一週間も付き合っていないが、彼女の性格は大体理解したと思っている。
そんな彼女が、自分なんかと付き合い、そして結婚するなんてありえない。
「しかも、あんな勝ち方をしたなら尚更、ね」
「あら? 夕飯なら、まだできていないわよ。まあ、準備もしていないんだけど」
リビングに入ると、母親であるさやかが薄型のテレビに向かってソファーに座りながらゲームをしていた。
最近買ったばかりのゲームだ。
昔から人気を博しているRPGの最新作。遊李が始めて触ったゲームでもある。
「別に。ちょっと飲み物を取りに来ただけだよ」
「そうなの? あ、そうだ! ねえ、遊李。朝こっそりと出て行ったけど」
「んー」
冷蔵庫からコンビニで買ってあった小さな牛乳パックを取り出す、ストローを差込み喉を潤す。
「あの金髪の美少女、彼女?」
「ぶっ!? み、見てたのか!?」
「あらあら? 動揺しちゃって~。なになに? 本当に彼女なの? 可愛い子だったわよねぇ。金髪のツインテールで、小さくて」
気づかれまいと、何とか誤魔化して出てきたはずが見られていたようだ。
少し吹いてしまった牛乳を雑巾で拭き再び牛乳を飲む。
「あ、あれは彼女じゃないって。その……色々と事情があったんだよ」
「その事情って?」
「……内緒」
「にやにや」
遊李は、さやかのにやにやとした顔を見詰めながら逃げるようにリビングから出て行く。
「はあ。母さんに知られるとは」
どうやって知り合ったのか。
本当のことを言えば、さやかは必ずこう言ってくる。
「やっぱり、ゲームのことを忘れられなかったのね! その子を連れてきなさい! 一緒にゲームよ! ゲーム!!」
とでも言うに違いない。
そもそも、エレミアが【アームズ・ワールド】をやっていると言っても他のゲームをするとは限らない。事実、他のゲームはやっていないがアームズ・ワールドだけはやっているというプレイヤーは少なくはない。
エレミアも、そのプレイヤー達の一人という可能性がある。
《マスター! お友達からメールですよー!》
「友達から?」
自室に戻ると、パソコンにメールが届いていた。
エルミがそれを丁寧に開いていき、俺に開示する。
「健司からから」
届いたメールにはこう書いてあった。
『よう、遊李。元気にしているか? って、元気に決まっているか。今日は、お前にいい情報を持ってきてやったんだ。この動画を見てくれ。お前は知っておいたほうがいいものだと思ってな』
添付されていた動画を遊李は、怪しみながらエルミにクリックさせる。
再生されたのは、予想はしていたがアームズ・ワールド関係の動画だった。公式でもよくやっている注目プレイヤーに突撃インタビュー! というものだ。
まだプレイヤーだった頃の遊李のところにも何度か来たことがある。
今回のインタビューは。
「エレミア、か」
《あ、この日付。昨日の奴ですね》
どうやら、昨日もエレミアはあのゲームセンターへと足を運んでいたようだ。
《それでは、突撃インタビューです! 今回突撃するのは! 先日注目の対戦を行ったプレイヤーの一人エレミア・カティスタン選手です!》
《どうも》
緊張している様子はない。
どこか慣れたような感じで、インタビューを受けている。
《さて、さっそくお聞きしたいのですが。今日も絶好調ですね。もう連戦連勝。早くも十勝ですかー》
《これぐらい当たり前よ。それに、あたしはもう負けるわけにはいかないの》
《お? それは、伊達遊李選手以外にはってことですか?》
《あいつにも、よ。伊達遊李! これを見ているなら、さっさと戻ってきなさい! 勝ち逃げなんて絶対許さないんだから! それまで、あたしはここで勝ち続ける!!》
それからもインタビューは続き、一分ぐらいの動画は終わった。
静寂に包まれる空間の中で、遊李は椅子にだらーっと倒れ天井を見上げる。
「今日とは大違いだな」
《ですねー。でも、生意気なところは変わっていません! マスター! もう一度、この生意気な鼻っぱしを折ってやりましょうよ! ね! ね!!》
おそらく、彼女は今日もゲームセンターへと通っているはずだ。
今も尚、自分が来るまで戦い続け、勝ち続けている。
「……」
机に置かれているデータスティックに視線を送った後、なんとなく気になったので掲示板を確認しにパソコンを操作する。
そこには、もう一度あの戦いを見たい。
やっぱり、あいつがいないとだめだな。
いつでも待ってるぜー、と遊李の帰還を待っているコメントが目に映る。
そして、脳内で再生されるのはエレミアと戦った時の映像。
一度は、自らあの世界から退場した。
もう二度と戻ることなんてない。
データも消して、受験に集中するために勉強を必死にやって。将来のことを考えて、何かをやめるのは当たり前のことだ。
それが好きなものでも。
社会人になれば尚更。結婚をすれば、子供ができれば。
だが……それでも、好きなものは忘れられない。続けられる。母親であるさやかのように。結婚しようと、子供ができようと好きなことを全力でやり続けている。
別に自分は間違ったことをやったわけじゃない。
現に、将来のことを考えて、生活習慣を変える者達だってたくさんいる。自分も、それを実行したまでのこと。
「なあ、エルミ」
《なんですか?》
「今の僕って、輝いてるか?」
《……ゲームをやっていた頃のマスターの方が輝いていたと、私は思います!》
リア充というのは、生活の中できらきらと輝いている者達。
リアルに充実している。
充実していれば、当然のように楽しそうに、きらきらと輝いているはずだ。
そっか……今の僕って輝いていないのか。
遊李は、もう一度先ほどのインタビュー動画を再生した。エレミアは、輝いている。あの世界で、自分の思ったように生きている。
好きなことだからこそ、やり続けられる。負けたとしても、次は勝つぞと。
「はあ……リア充になるのって難しいな」
《やっぱり、マスターはリア充にはなれなかったってことですね!!》
「ばーか。これから、なるんだよ」
そう言って、遊李はデータ・スティックに手を伸ばした。




