第6話「告白」
作者のリアルで色々あって遅くなりました。
葵がキスしてきた事に驚いた茜はソファーから中々起き上がれずにいた。…………いや、キスしてきた事ではない。どちらかといえばその後の告白。葵が自分の事を好きだということだ。好きだとハッキリ言っているわけではなかったが、思いつめたようにあんな台詞をあの妹が言ったのだ。家族として、姉妹としての好きという意味なら何度も言われたことはある。だが、先程の言葉に含まれる意味はそれらとは多分違う。
「はぁ……」
茜は何度目かになるか分からないため息を吐くと、重たい身体を起こしてソファーに座る。
時計を見ると、すっかり遅い時間になっていた。もうすぐ母親が帰ってくる頃だろう。
葵は……たぶん二階の子供部屋かな、と茜は考えた。正直、顔を合わせて平常心を保てる自信はない。
「いつから……なんだろう」
葵が自分に普通ではない好意を抱く事になった理由を茜は考える。最初に思いつくのは盆地祭りの日。初めてキスをした夜。
あの日から葵の様子がおかしくなったのは確かだ。
「キス……」
自らの唇を指で触り、ほんの少し前のキスを思い出す。触れるだけだった。それでも茜の心臓の鼓動は跳ね上がるように早くなり、体の奥底から熱が生まれた。
あの夜のキスはこんなものではなかった。お互いの深くまで確かめ合うような、そんなキスだった。あんなキスを続けていたら、後戻りできなくなってしまう、あの日の夜にそう思った茜はその1日だけでキスをする事をやめた。
「……我慢できないって、そんなのワガママだよぉ……。我慢しているのは葵だけじゃないのに……」
茜だって我慢している。大好きな妹とするキスは1日限りのものにして、忘れられるほど茜は大人じゃない。
本当は茜だって葵と毎日でもキスがしたい。しかし、そんな欲望すら抑える理由が茜にはあった。
「おかしい……もん。私達は女の子同士……だよ」
それは常識と呼ばれるものだった。
キスは男の人と女の人がするものであり、同性がするなんて間違っている。少なくとも茜の知っているドラマも映画もマンガも絵本も、同性がキスすることなんてなかった。
キスとは、異性でするものであり同性でするなんてありえない、そんな常識が当たり前であると茜は思っていた。
あの夜だけのことならノリでやった事にできる。でも、自分の望むままにキスをやり続ければそれはもうノリというひとときの感情では済まされない。
ガチャ
玄関のドアが開く音がした。茜の母親が仕事から帰ってきたのだ。
茜は頭に渦巻く悩みを奥底に追いやって、取り繕う。茜達の母親は、子供の変化には敏感であり少しでも悩みを見せると洗いざらい吐かされてしまう。母親には迷惑かけたくない気持ちと、素直にこの秘密を明かすのが恥ずかしい気持ちがあった。
(大丈夫、いつも通りの私……)
「おかえり、お母さん。晩御飯何?」
「どうしたの茜。何か悩み事でもあるの?」
どうやらこの母親には茜の隠し事は筒抜けのようだ。
■■■
茜は母親に打ち明ける事にした。
もちろん全て打ち明けた訳ではなく、自分達である事は隠して同性同士が付き合ったり、キスしたりする事について母親に尋ねたのだ。
「……今の小学生って進んでいるのね」
茜の母親はそれだけ言うと近くの裏紙にペンで何か書くとそれを茜に渡した。そこに書かれていたのはとある言葉の羅列だった。
「私が教えるよりも自分で調べた方が分かると思うわ。私の部屋のコンピューター使っていいから調べてきなさい。……晩御飯は1時間後には出来るからそれまでは自由に調べていいわ」
茜はコクリと頷くとその紙を持って二階の母親の部屋へ向かった。途中で葵がどうしているのか気になり自分の部屋を覗いた。ベッドの布団が盛り上がっているので、葵はお昼寝中なのだろう。葵が起きていると感づかれる可能性があったので、そこはホッとする茜。
母親の部屋にあるパソコンのスイッチを付けて、ネットの検索エンジンに最近覚えたばかりのローマ字で紙に書かれている言葉を打ち込んでいく。
「…………っ」
知らない世界がそこにはあった。
■■■
常夜灯の微かな明かりだけが灯っている暗い部屋。いつも通りベッドの上で茜達は2人仲良く寝ている。
そんな中、2人の内1人が――葵がゴソゴソと動き始めた。
茜の方へ寝返り、茜が寝ているのを確認すると茜の方へ体を寄せた。
茜の首筋に鼻を近づけて鼻腔いっぱいにその匂いを感じる。
(……んっ、あぁお姉ちゃん……良い)
夕方のキスで我慢のタガが外れかけている葵は、ダメだと理解していても自分の行動を制御できていなかった。我慢我慢我慢……そんな言葉を連呼する理性はすでに存在しない。
(……ちゅーしたい……。……こっそりなら……バレないよね)
十分に姉の香りを堪能した葵はキスしたい欲望を抑えきれず、寝ている茜の唇へと――
「無理矢理はダメだよ、葵」
「――っ‼︎」
寝ていると思っていた姉が話しかけてきて葵は驚きの声を漏らす。茜の眼がゆっくり開いて、葵の顔をジッと見る。
「……おね……ぇちゃん。……起きてたの?」
「私に夕方こっそりキスしたでしょ? もしかしたら夜もしてくるかなぁって。案の定……だったね」
「…………」
葵はバツの悪そうな顔で目をそらす。まさか夕方のキスも気づかれていたとは露にも思ってなかった葵。
「まったくもう。こっそりキスするのはいけないことなんだよ」
「……ごめん……なさい」
葵はションボリとうなだれる。
「お風呂の時にこれで最後って言ったのにどうして私にキスするの?」
「……ごめん……な、さい」
葵の声が震え出した。
まさかと思って茜は葵の顔を見ると、その瞳からはポロポロと涙が流れ落ちていた。
「ちょっ、葵。大丈夫?」
「……うっ……ひっく」
泣いてる顔を見せたくないのか、茜に背を向けて葵は縮こまる。背中を震わせて泣く葵には、いつもの無表情で物静かな彼女の姿はなかった。
ベッドの上に葵を座らせて、茜はその横で彼女の背中を優しく撫でる。
「ごめんね葵。お姉ちゃんが意地悪だったね」
優しく語りかけるように茜は妹をあやす。
少し時間が経ち、葵が落ち着いてきた頃を見計らって話しかけた。
「葵はお姉ちゃんの事好き?」
「…………うん」
「それって家族として?」
「…………違うと思うけど、よくわかんない」
葵は自分の気持ちが恋愛感情なのか家族愛なのかわからないのだろう。茜もそれは同じだった。
でもそれはどちらでもいい、茜はそう思い言葉を続ける。
「じゃあ、私と――お姉ちゃんとキスしたい?」
俯いていた葵の顔があがり驚いた顔で茜を見つめ、一瞬の逡巡の後コクリと一度だけ頷いた。
「そっか」
「…………でも、お姉ちゃんは嫌……なんでしょ?」
「ん?」
――嫌? そんなことはない、と茜が言う前に、葵は俯いてポツポツと震える声を漏らし始める。
「……わたしとお姉ちゃんは女の子同士だもん。……おかしいよね……わたしがお姉ちゃんとキスしたいなんて。……お姉ちゃんは優しいからあの日は受け入れてくれたけど……やっぱり、気持ち悪いと思ったから……わたしを拒否する……んだよね」
茜が「常識」に縛られて自分の気持ちに素直になれなかったように、葵も「常識」に苦しめられて、自分の感情に疑問を持っていた。
2人を苦しめるものは幼いが故の無知の常識。自分の周囲という限られた世界しか知らない子供は、身近な他人との差異に怯える。世界を見れば多く仲間のいる事でも、子供が知る小さな世界では自分だけが他とは違う事に苦しめられる。
葵が実の姉を好きな感情が異端であることに苦しめられたように。
「……わたしはお姉ちゃんが……大好きなの!」
葵が茜の胸に抱きついきた。
「……お姉ちゃんが好きで好きで好きでたまらないの! ……お姉ちゃんが好きで、お姉ちゃんとずっと居たくて、お姉ちゃんの匂いを嗅ぎたくて、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入りたくて――――――――お姉ちゃんと、ちゅーしたい!」
感情を表に出さない葵が振り絞るように自分の感情を叫ぶ。好きで好きでたまらないという思い。それを言葉にして目の前の姉に伝える。
「――そっか」
茜は一言。
そして葵を優しく抱擁する。
葵の体重を受け止めて、頭をゆっくりと撫でる。
「私もね、葵の事大好きなんだよ」
「……でも、それはわたしが妹だから……でしょ」
「うん、葵が妹だから。――でもね、私もあなたとキスしたいんだよ」
茜は葵の頬を持って自分の方へ顔を向かせる。
そして、妹に求められた訳でなく――初めて自分の意思で妹の唇へキスをした。
「……お姉……ちゃん、なん……で?」
「私も葵の事が大好き。大好きだからキスしたの。おかしいかな?」
「……おかしいよ……だって、だってだってわたしとお姉ちゃんは女の子同士……」
「うん、そうだね。でも葵もキス、したかったんでしょ? 2人ともやりたかったならオールオッケーだよ。だって好きという気持ちに違いなんてないから」
ニコっと恥ずかしげに笑うと、茜は葵を引き寄せてギュッと抱きしめる。耳元に口を寄せて、
「葵からも……キスして」
艶かしく妹を誘う。
大好きな人に甘く囁かれ葵の理性はいとも簡単に彼方へと消し飛んだ。
刹那のうちに葵は茜をベッドに押し倒すと、有無を言わさずに口付けをした。
ピチャピチャと水音を鳴らし、姉の唇を貪る。茜もそれに抵抗せずになすがまま受け入れる。
我慢した、我慢させられた分だけ存分に味わおうと一息も付かずにキスを続ける。
5分……いや10分だろうか。無限にも一瞬にも感じられる葵とのキスは、突如として終わりを告げた。
葵が突如として唇を離したのだ。
「……ごめんなさい」
「ふふ、だからどうして謝るの?」
今日は謝りっぱなしの妹がおかしくて茜はクスクスと笑った。
「……夢中になりすぎた」
「それは私も同じだよ。だから謝らないで、葵」
「…………お姉ちゃんは……どうして……またキスしてくれたの? ……女の子同士だからって言ったのはお姉ちゃんの方だよ」
「ん、それはね」
茜はネットで調べたことを説明した。
同性愛、LGBT……、自分達と同じく同性に対して強い想いを抱く人が世界には他にもいた。自分達だけじゃなかった。
普通ではないかも知れない。でも変な事ではない。
誰かを好きになる気持ちに嘘なんてつけない。
「私達だけじゃなかった。他にも同じ悩みを抱える人はいたんだって。……葵の事を受け入れても良いんだって、そう思えた」
「……わたし、お姉ちゃんの事好きで良いの?」
「うん! 私も葵な事大好きだよ」
2人の想いが通じ合う。好きな人に好きだと言える幸せを噛み締め――――2人の間に静かな時間が流れる。
想いが通じあったのは良いが、そこからどうすればいいか2人には分からなかった。
ただただ、互いの瞳を見つめ合う。
そんな静寂を破ったのは意外にも葵だった。
「……えーっと、……ふにゅ……」
葵は何か話そうと努めたが、それが意味を持つ言葉になることはなかった。何も言えなかった恥ずかしさに顔を歪め、眼を逸らす。
「えへへ、何だか恥ずかしいね」
改めて言葉にして意識しあうと、恥ずかしくて会話すらまともにできなくなった。
「とりあえず――もう一回キスしてみる?」
茜がそう提案すると、葵の顔かパァと明るくなる。顔を赤らめ期待の眼差しで茜を見つめてくる。
そして、自然と二人の顔が近づいていく。
「……んんっ」
あれだけ口内を貪るようなキスをしてきた二人とは思えないほどの慎ましいキス。チョンチョンと触れ合うだけ。
それでも二人の心は満たされていく。お互いの気持ちが通じあったから触れ合うだけでも幸せな気持ちになってしまう。
だが、やはり二人はもっと奥――深くを知っているからそこで止まることはない。どちらからともなく舌を伸ばし、相手の口内を攻め始める。
ンチュ、チュパッ……
「ねぇ、もっと来て葵」
「……ん、お姉ちゃん」
子供部屋に瑞々しい音が響く。
茜の舌が葵の口内を犯すようにねぶる。
(あっ、葵。ここ好きなんだ……)
葵のある部分を弄るように舌で刺激すると、葵がプルプルと体を震わせ始めた。
もっと妹を気持ちよくさせたいと茜は思い、その場所を重点的に攻め始める。
「……んくっ、あっ……」
葵が声を漏らし始める。
いつのまにか葵の舌は止まっており、茜からの攻めをひたすらに受け入れていた。
「……んんぅ!」
葵の体がビクッと跳ねた。
急なことに茜は驚いて唇が離れる。
「あ、葵? 大丈夫?」
「……いぢわる」
「船の上に揚げられた魚みたいだったけど……」
「……んっ……知らないっ!」
肩で息をしている葵がジト目で返す。
葵に何が起きたか分からず、本気で心配する茜。
葵はプイッと顔を背け、小さな声で。
「……キスだけで……お姉ちゃん上手すぎる……」
前にキスした時よりも明らかに成長してる姉の腕前に葵は悔しそうに歯噛みする。
「……今度はわたしのターンだもん」
「?」
「……えいっ!」
葵は茜を押し倒して、組み伏せる。
「……今日は……ずっとちゅーしよ、お姉ちゃん」
「ん、それは流石に疲れない?」
「…いーの、わたしが勝つまでやるの!」
チュッ
二人は夜が明けるまでキスを続けた。
■■■
「いってきまーす」
「……まーす」
元気な双子の声が響く。
夏の強い日差しの中、茜と葵は手を繋いで学校に向けて駆け出す。
「……めちゃんこ暑い……帰りたい」
「まだ家出たばかりだよ!? プールに着けば冷たい水に入れるから頑張って」
茜は葵を励ましながら学校のプールまで歩いていく。徒歩十数分だが、この暑さでは十分も歩くと汗がダクダクと流れる。
「……お姉ちゃん」
「どうしたの茜。キスならしないよ」
「……!?」
「外じゃダメ。私たちの関係は……まだ秘密にしたいの」
まだこの国の同性愛への偏見は大きい。ましてや小学生なら間違いなく囃し立てられる。だから今はまだ茜は葵との関係がバレたくはなかった。
「……わかった。……でも、家帰ったらちゅーしよ?」
「ん、しょーがないなぁ」
あぁ、私の妹かわいいなぁ、とニヤつく顔を抑えて茜は素っ気なく返事をした。
(……ニヤニヤするの我慢してるお姉ちゃんかわいい)
妹をには全てバレバレであった。