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第4話「登校日」

 8月6日、今日は平和授業で登校日。

 夏休みなのに学校に行かなければならない憂鬱感に茜達はグチを漏らしながら通学路を歩いていた。


「まったく、なんで夏休みなのに学校に行かないといけないの〜。サムおじさんも空気読んで欲しいよね」

「……うん、そうだね」

「葵、なんか近くない?」

「……気のせい」


 いつもの様に手を繋いで登校している2人だが、今日は葵との距離が気持ち半歩ほど近い。

 それなのに葵がそっけなくて会話が弾まない。……いや、そっけないのはいつもの事だけども。

 葵との身体的距離感はみょうに近いのに、どこか葵が遠くにいるように感じる。


 葵がおかしくなったのは今日始まったことではない。

 ここ2週間――正確にはあの夜からだ。

 次の日に目が覚めてから葵は顔を合わせようとしなかった。茜との会話もしどろもどろで様子が変だった。

 深夜テンションで暴走してしまったのが恥ずかしいのかな、と茜は落ち着くまで待つことにした。

 その次の日くらいには顔も普通に合わせるし、会話もいつも通りに戻った。

 …………が、やはり何か違和感を感じる茜であった。

 やっぱり、あの夜のキスが葵の何かを変えたのかもしれない。そう思う茜であった。


 ふと、茜の視線がすぐ近くの葵の唇に引き寄せられる。

 ぷっくりとした桃色の唇。瑞々しいそれは、採りたての果実のような雰囲気を持っておりついつい見入ってしまう。

 葵が最近変なのと同じように、茜自身にも変化が起きていた。

 葵とは生まれて十一年、ずっと側にいて見慣れているはずなのに、茜は妹から目が離せない。


「……どーしたの、お姉ちゃん」


 葵の言葉で茜は現実に引き寄せられる。

 なぶるように葵の唇を見ていた視線を逸らし、彼方にある夏の雲を見やる。


「ん、久しぶりにユアちゃん達に合うの楽しみだなぁと思って」


 茜は誤魔化しの言葉を吐く。

 妹の唇を見ていたなど、恥ずかしくて言えるわけがなかった。

 別に友達に会う事は楽しみでない事はないので嘘ではない。色々とお喋りしたいネタもある。……と、自身を納得させる茜。


「……お姉ちゃんは友達多いもんね」

「葵だって仲の良い友達いるでしょ?」

「……いるっけ?」


 キョトンとした顔で葵はそう答えた。

 いやいや、ジョークでしょ……、と茜は笑うつもりだったが葵の顔は本気だった。


「カコちゃんと仲良いよね? 友達じゃないの?」

「……普通」

「ふ、普通……」


 友達かどうかと聞いて「普通」と帰ってくるとは思わなかった。「普通」とは一体なんなんだ、と茜は聞きなれた言葉なのに意味が理解できず頭を捻る。

 確かに学校ではあまり葵と接して来なかった茜だが、流石にこれは問題なのではないかと思った。

 仲の良い友達のいない学校は葵にとって、そんなに楽しくないものではないのだろうか。


「葵、学校楽しい?」

「……お姉ちゃんと登下校出来るから楽しいよ」


 まさかの登下校が楽しみだった!


「葵……もし1人が辛かったら学校でも私と喋っていいよ? というか何で学校では私とあまり喋らないの?」

「……お姉ちゃんが他の人と喋ってる中に入りづらい。……コミュ障ですけん」

「なんで訛った!?」


 超絶コミュ障に成長した葵。

 昔は性格まで瓜二つだった双子も小学校高学年となると個性が現れてくるらしい。


(葵の将来が心配……)


 茜は心の中でそう呟き、妹の未来を危惧するのであった。


   ■■■



 学校に着いて茜は親友達と少しお喋りした。まだ夏休みは始まって2週間ほどなのでそんなに大きな話題はなかったが、都会の大きなプールに行ったのだと、従姉妹の家に遊びに行ったのだと茜の親友達は中々充実した夏休みを送っているようだ。ちなみに茜達はこの2週間は親の都合でほとんどお出かけしていない。茜は「いいなー、羨ましいなぁ」と相槌をうちつつ、チラッと妹の様子を見る。

 葵は机の上に突っ伏していた。

 クーラーが直接当たる机でスヤスヤと。……ってまだ、朝の8時半だよ!? と、茜は突っ込みたくなる。


 チャイムが鳴り、授業が始まる。

 8月6日は平和授業と言って毎年戦争のお話を聞かされた後に戦争映画を見るのがお決まりだ。

 今年も同じく全校生徒が体育館に集まり、戦争体験者の有り難いらしいお話を聞いた後に映画が流れ始めた。

 生徒は出席番号順に並んで鑑賞するので、必然的に茜の隣は葵だ。

 体育館に暗幕が張られ、辺りが暗くなる。


「ちゃんと起きてる?」

「……眠い」

「さっきの田中さんのお話ちゃんと聞いてた?」

「……お姉ちゃんだって、ハゲた頭しか見てなかったじゃん。……あと名前違う、中田さんね」

「うぐぅ……」


 確かに講演者の頭頂部が気になり、茜はまったく集中出来なかった。風の吹かない体育館でもピラピラと揺れるのは反則でしょと思った。

 あれ、そう言えばどうして葵は私が髪に気を取られてたってわかったんだろう、と疑問に思い葵に問いかけようとしたところで映画が始まってしまった。


 今年の映画は「この世界の片隅で君の名を」だった。


 悲惨なシーンばかりを推し出していた去年までの映画と違い、コミカルなシーンを挟みつつ戦時中の『生活』という一面を主題として描いている映画であり小学生でも分かりやすく見やすい内容であった。後半は戦争により日常が奪われていく中、未来から転生した主人公が悲惨な結末を変えるために奔走するやり直し転生モノ。

 児童たちにも好評で口々に「毎年コレならなぁ」と言い合っていた。


「今年のは面白かったね、葵」

「……うん、面白かったけど……これ平和授業?」

「まぁ、戦争映画だし。かなりコメディ感あったけども……」


 毎年刺激の強いシーンで泣きだす子もいたし、先生達も少し考えて刺激の少ないこの作品を今年は選んだのかもしれない。

 茜の聞く限り児童には好評だったみたいだし、来年もこんな感じの映画かもしれない。

 再来年は中学生になるのでどうなるかは分からないけど。


「……わたしは一昨年の戦艦が出てくるやつが一番好き」

「葵はそういうの好きだよね。船とか飛行機とか」


 映画が終わると、後は授業で今日の感想を適当に書かされて解散になった。

 茜と葵は持参したお弁当を食べ、学校のプールに入る事にした。

 この学校は夏休みの間は13時〜15時までプールを児童に開放しているのだ。学校の近くに住んでいる児童達は毎日のように足繁く通う。

 茜と葵もその例に漏れず、暇な時は毎日プールに通っていた。


「……今日は人少ない」

「ユアちゃんもカナちゃんも用事あるって言ってたしね。久しぶり二人っきりで遊ぼっか」


 更衣室で学校指定の紺色のスクール水着に着替える二人。他の児童も居ないのでタオルで身体を隠すことすらせずにパパッと着替える。

 冷たいシャワーを浴びて、適当に体操してプールに入る。登校日だからなのか、いつもよりプールに来てる人が少なく茜達以外だと10人もいない。

 プールと温度は少し生温い程度。それでも8月の炎天下の中ではとても涼しく感じて気持ちが良い。


「葵ってプールでいつも何をしているの?」

「……浮いてる」

「お、おう」

「……お姉ちゃんみたいにスポーツ星人じゃないから、泳げない」

「でも授業では25メートル泳いでいたよね? 何故か犬かきで……」

「……クロールの仕組みがわからない。……あんなの疲れるだけ」


 そう言うと、葵は仰向けでプカプカと器用に浮いてプールに身を任せた。まるでクラゲ見たいだった。


「そっかー。じゃあ私も今日は葵と一緒に浮いていようかな」


 茜も葵の真似をして水に浮いてみる。

 最初は上手くいかなかったが、何度か挑戦してるうちに葵と同じようにプカプカと浮く事ができた。


「……まじか」

「ん、何が?」

「……わたし、それ出来るようになるまで1時間かかったのに」


 ものの数分で出来るようになったスポーツ星人茜を見て葵は感嘆の声を漏らす。

 そのまま二人はプカプカと浮きながら他愛もない話をする。今日の映画の感想、講演者の髪の話、夏休みの終わりに行く予定のキャンプの話。毎日一緒にいるはずなのに話のネタは尽きる事はない。

 今朝感じていた違和感も今は感じられず、茜は楽しく妹との談笑を楽しんでいた。

 30分くらいそうしていると


「……お姉ちゃん競争しよ」


 急に葵が勝負を仕掛けてきた。


「競争って泳ぎで?」

「……25メートル。ハンデで泳ぎ方は犬かきだけ」

「私も犬かきで25メートル泳ぐの!?」


 犬かきは見た目よりずっとずっと疲れる泳ぎ方だ。クロールや平泳ぎなら簡単な25メートルでも犬かきなら難易度は跳ね上がる。授業中に葵が犬かきで25メートル泳いでる事は、逆にすごいのだ。


「いいね、葵。私を倒す気なんだね」

「……世界最強の……犬かき決戦……!」

「で、罰ゲームはいつも通りでいい?」

「……おけぇ」


 姉妹で何かを争ってゲームをしたりするときは基本的に罰ゲームをつけるのだ。内容は『負けた方が勝った方の言うことを1つ聞く』。電子ゲーム系では基本的に勝てない茜だが、スポーツ系ならまず負けることはない。今回も茜の必勝のはずだった……はずだったのだが。


「ま、負けた……。私が葵に運動で……」

「……ふふふ、犬かき技術では負けないよ♡」


 無表情なのに満面の笑みで勝利の余韻に浸る葵。

 そして、まさかの5メートル以上突き放されて負けてしまい悔しさを滲み出す茜。茜が普段やらない犬かきとはいえ、それでもここまで大差で負けるとは思っていなかった。


「授業の時より速いじゃん」

「……授業で本気出すわけない」


 とは言え茜のクロールよりは遅いので自由形なら茜が負けることは万が一にもない。

 葵はプカプカと浮かびながら「うーん」と罰ゲームを何にしようか思案していた。


「……決めた」

「はいはい、今日は何をすればいいんですかー」

「……秘密」

「いやいや、秘密にしたら何もしてあげれないじゃない」


 それでも得意げな表情で(あくまで無表情だが)鼻歌を刻む葵。何か企みがあるのだろうと茜は思ったが、葵のことだからしょうもないことだろうと放っておくことにした。


「じゃあ次はクロールで競争よ!」

「……やってもいいけどわたしは犬かきだよ。……あと罰ゲームは一日一回って約束だからもうないよ」

「わかってるって。葵に運動で負けたままで終われないのよ!」


 声高々にそう宣言した茜は最終的にプールが終わる時間ギリギリまで泳ぎ尽くして、ヘトヘトになってしまいフラフラしながら帰宅の途へつくことになった。

 


   ■■■



 プールから帰った茜は倒れるようにリビングのソファーで寝転がった。

 そして数分もしないうちにスヤスヤと昼寝を始めてしまった。

 葵は茜ほど全力で泳いでないので自分の部屋でゲームするために二階へ上がっていった。



 コツコツと時計の針が進む。

 太陽が傾き夕日が空を赤色に染める頃。


 カチャリ

 小さな音と共にゆっくりとリビングのドアが開き、1つの影が物音を立てないようにリビングに入った。

 レースのカーテン越しに橙色の夕日の光が部屋に差し込んでいる。

 その影は疲れてソファーで寝ている茜に近づいた。


「……お姉ちゃん」


 影――ゲームをやめて二階から降りてきた葵――はボソッと小さく姉を呼ぶ。

 茜はよほど疲れているのか葵の呼びかけにも反応することはなく、スヤスヤと寝息をたてている。

 葵はソファーの横で膝をついて、姉の寝顔をのぞき見る。


「……お姉ちゃん」


 指で姉の頬を突つきながら、先ほどより強く呼びかける。

 それでも茜は起きることはなかった。

 葵は誰もいないはずの部屋をキョロキョロと見回す。

 そして、胸に手を当てドキドキと強く鼓動している心臓を深呼吸をすることで落ち着ける。

 葵は姉の頬をつついていた指を離すと、今度は姉の唇を指で触れる。

 頬とはまた違ったプニプニとした弾力を楽しみながら、上唇と下唇を交互になぞる。

 唇の隙間からは姉の温かな吐息が漏れ出ており、葵の指をうっすらと湿らせる。

 葵は十分に楽しむと指を離し、その指をそのまま自分の唇に付ける。

 自分の唇と姉と唇の感触を比べるかのように、自身の唇をプニプニと押す。


「…………」


 唇を弄っても起きない茜。

 一瞬の逡巡を見せた後に葵は意を決したのか、今度は顔をゆっくりと近づけ始めた。

 姉に気づかれないように息を止め――


 チュッ


 5秒ほど、触れるだけのキスを楽しみ唇を離す。そして追い討ちのように舌で茜の唇をチョロっと舐める。


「……ごめんなさい、お姉ちゃん。……罰ゲーム……我慢できなかった」


 申し訳なさそうに、うつ向いて葵はそんな懺悔の言葉を呟く。

 そして葵は言葉を続ける。

 

「……お姉ちゃんを見ているとドキドキが止まらないの。……お姉ちゃんと手を繋ぐと身体の中がキュンキュンするの……。……いつもお姉ちゃんとのちゅーが頭の中に浮かんで我慢できなくなるの。……ねぇ、お姉ちゃんはわたしと……………………」


 その後の言葉は、首を振って意図的に声にしなかった。

 葵は立ち上がると、入ってきた時と同じように物音を立てないようにしてリビングから出た。






 葵がリビングから出て行くと同時に、寝ているはずの茜の瞼がゆっくり開いた。

 その瞳には動揺と……小さな興奮が垣間見えていた。

作中に出てきた映画はフィクションです。

現実とは何も関係ありませんし、作者の感想でもありません。


私の通っていた小学校では毎年平和授業で映画を見ていたのですけど、都会の学校でもそういう事するんですかね……。私、気になります。

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