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第3話「お風呂」

 シャワーから出る水音がお風呂に反響している。

 流石にこんな遅い時間からお湯を張るわけにはいかないので、茜と葵の二人はシャワーで汗を流すだけにした。


「葵、まだー?」

「……まだー」


 じゃんけんに負けた茜は浴槽のふちに座って、妹がシャワーを終えるのを待つ。

 夏とはいえ夜。衣服をまとわずに待ちぼうけていると風邪をひきそうだ。

 目下で温かなシャワーを浴びて、気持ちよさそうにしている妹を退屈な目で見つめる。


 自分より少し長めの黒髪が水に濡れて葵の肌に吸い付いている。

 低学年の頃は何でも茜とお揃いにしたがっていた妹が、ここ最近になって姉離れを始めた。その最たる例が、伸ばし始めたこの黒髪だ。ショートカットの茜と、セミロングの葵。

 髪型で見分けがつけれるようになったおかげで、最近は両親も双子を見間違うことは少なくなって来た。


「……〜〜♪」


 鼻歌を鳴らして、ご機嫌な妹。

 長風呂なのは知っていたが、長シャワーでもあったのか。

 茜も葵も普段はシャワーは使わない。湯船に肩まで浸かってくつろぐのが好きだった。


「――むむむっ」


 ふと――思い出したように茜は葵のある部分を注視する。

 凹凸のない寸胴体型…………だったはずの妹に微かな膨らみが生まれていたのだ。

 妹に抱き枕にされていた時に感じたあの(・・)感触は錯覚ではなかった。


「……………………うぅ」


 茜は自分の胸を見下ろし、妹のモノと見比べ……うめき声を漏らした。

 真っ平らな平原。

 地平線の幻覚が見えて来そうなほどの更地。

 地平線の代わりに見えるのはポテッとしたイカ腹。

 自分の身体ながらあまりの貧相さに落ち込む。


 それに対して妹。

 さすが双子と言わんばかりの同体型。

 ただ一部を除いて。


(姉離れしたと思ったら、姉超えされてた……)


 微かに、ほんの微かにだが。

 そこには茜にはない膨らみが確認された。


「……いや、私だって寄せれば…………むーん。揉めば育つか……?」

「……終わったよ、お姉ちゃん」

「うわあっ⁉︎」


 第一次双子姉妹胸部格差問題について真剣に考えていたら、いつも間にか妹のシャワータイムが終わっていた。

 真剣に自分の胸(平原)を揉んでいた姿を見られた茜は、顔を赤らめながらシャワーのホースを受け取る。


「……お姉ちゃん」

「な、なに葵」

「……心配しなくても双子だから……ね」


 何故だろう。

 いつも通り無表情なのに、隠しきれてない妹のドヤ顔が見える。

 妹も格差問題に気づいていたことに、茜は歯噛みしながらシャワーのハンドルを回す。


「はぁ〜〜……」


 あまりの気持ちの良さに茜は声を漏らしてしまう。温かなシャワーが、汗と共に疲れも流していく。

 本当は湯船に浸かりたいが、たまにならシャワーも悪くない。


「…………」

「…………」

「ねぇ、葵。先に上がっていいよ。濡れた体拭かないと風邪引くよ」


 先まで自分の座っていた浴槽のふちに座って茜をジッと眺める葵に、茜はそう言ったが。


「……わたしはずっとお姉ちゃんに見られてた。……だからわたしもお姉ちゃんを見る」


 よく分からない謎理論を言い始めた妹。

 つまり、なんだ。

 茜がシャワーを浴びている葵をずっと見ていたから、逆に今度は葵がシャワーを浴びている茜を見ている……そう言っているのか。


「わけわからないこと言ってないで上がってよ。せめて体拭いて。本当に風邪引くよ」

「……やー」


 嫌と即拒否される。

 湯冷めは本当に身体に悪い。

 妹をこのまま放置しておくのはさすがに姉として茜はできない。

 だからと言って、葵の頑固さはお鍋の油汚れ並み。ちょっとやそっとじゃ、説得などできない。

 茜は少し唸って思案した末に。


「むぅ〜、じゃあ一緒に浴びる?」

「……‼︎」


 本当はシャワーを独り占めしたいが、妹に風邪を引かれるよりはマシだと、茜はそう提案した。

 どうせこうなるなら最初から2人で一緒にシャワーを浴びてればよかった。


「……にゃあ〜」


 猫の鳴き真似みたいな声をだして葵は茜の側に来た。肌と肌が接触する。気持ちいい。

 葵にも当たるようにシャワーの位置を茜は調整する。


「葵はさっきシャワー浴びから、ちょっとだけよ」

「……じゃあ、お姉ちゃんにくっ付いてる。……あったかーい」


 ベタっとくっ付いて姉の肌の温もりを葵は味合う。

 正直鬱陶しいが、嫌ではないのでそのままにして茜はシャンプーを手に取る。

 寝る前に髪も体もお風呂で洗ったが、ベッドで汗もいっぱいかいたので改めて洗うことにした。


「……わたしが髪洗ってあげようか?」

「ん、そう? じゃあお願い」


 黄色のバスチェアーを取り出し座る。

 茜はシャンプーを手に取って、後ろにいる葵に手渡す。


「……泡あわ〜」


 葵の手によって茜の髪が洗われる。

 少しこそばゆかったが、しだいに気持ち良さが優っていく。


「……ねぇ、お姉ちゃん」

「ん、どうした?」

「……ちゅー……どうだった?」

「!?」


 どうだったと言われましても……、と茜は返答に困る。正直どうして妹とキスしたのかわからない。深夜テンション? 真夏の夜のアレ?

 つい妹に求められるがままキスしてしまった。お風呂場に来てワザと話題にしなかったのだが、逆に妹から話題にして来るとは思っていなかった。

 茜が返答に困り、お風呂場に静かな時間が流れる。

 髪を洗っていた葵の指もいつのまにか止まっていて、ポタポタと落ちる泡の音がお風呂場に響く。


「……ごめん」

「どうして葵が謝るの?」

「…………」


 今度は葵がダンマリ。

 嫌な静けさが辺りを包み、茜は居心地が悪かった。

 茜はどうにかしてこの空気を破りたいと。


「別に気にしてないよ。葵だって花火でテンション上がっちゃっただけでしょ。私もつい葵のノリに乗っちゃったしさぁ」


 茜は陽気な声で気にしてない素振りを見せる。妹の気持ちが少しでも軽くなるように、明るい声を出すように努める。


「…………うん」


 長い間を取り、葵はそう返答した。

 そして茜の髪を再び洗い出す。

 ショートカットの茜の髪はすぐ洗い終わって、シャワーでシャンプーが洗い落とされる。


「……お姉ちゃん、身体もわたしがあらっていい?」

「えぇ、それはくすぐったいから遠慮するー」

「……えーっと、石鹸は……」

「話聞いてた!?」


 結局、茜は背中だけは葵に洗わせることにした。前と手足は流石に自分で洗う。

 葵の細い指で茜の背中が撫でられる。

 なんで今日はこんなにべったりしてくるのだろうか、と茜は疑問に浮かべながら手足に洗っていく。


「……ねぇ、お姉ちゃん」

「今度は何?」

「……もう一回だけちゅーしていい?」

「ゴホッ!?」


 混乱のあまりむせてしまった茜の背中を、葵は「……お姉ちゃん、大丈夫?」と優しく撫でる。

 茜の思考が音速よりも、光速よりも、タキオンよりも速く巡る。

 茜には今日の妹がわからなかった。いつも突拍子も無いことをして驚かせる妹だが、今日は何だが吹っ切れているみたいにキレッキレだ。


「どうしたの……葵。今日……変だよ」

「わからない。わからないわからないわからない。わからないけど……お姉ちゃんとキスがしたい」


 わからないのはこっちの方だよ! と叫びたくなる気持ちを茜は抑える。

 どうする。どうする。どうする。

 茜は迷う。葵とキスすることには全くと言っていいほど拒否感はなかった。だが良いのだろうと悩む。

 寝起きの先ほどとは違う。今はスッキリと目が冴えている。もう、寝起きで妹に流されたなどと言い訳出来なくなる。


「……これで最後、一生に一度のお願い」

「その一生に一度のお願いは人生何度目?」

「……初めて?」

「平然と嘘つく!?」


 一生に一度のお願い常習犯の葵。

 茜は頭を抱えて思案する。

 葵の性格的に、絶対に自分の意見は曲げない。ここで拒否しても駄々をこねて来るに決まっている。


「まったくもお。これが最後だからね。私達は姉妹で、女の子同士なんだから」


 だから茜は、これで最後だと釘を刺して葵のお願いを叶えてあげるのが正解ではないかという結論に至った。


 葵の方へ向き直ると、茜を綺麗な双眸が見つめていた。

 なぜか恥ずかしくなり、茜はプイっと顔を逸らして背を向けてしまった。


「……顔、どーして逸らすの?」

「いやー、なんか恥ずくて」

「……ベッドの上でいっぱいやったばかりだよ。……こっち向いて、お姉ちゃん……」


 葵は後ろから茜の両頬を持って、自分の方へ振り向かせた。グググっ、と互いの顔が近づく。ゆっくり……ゆっくりと。


 チュッ


 瑞々しい音を奏で、茜と葵の唇がくっつく。

 茜はベッドの上での記憶が鮮明に蘇って顔が、カッと熱くなる。

 自然と肌と肌が触れ合う。白磁のような葵の肌は絹のようにすべすべしていて心地よい。茜は両手を茜の背に回して、抱き合う形になる。


 葵が唇の隙間から舌を入れようとしてくる。深く……深く絡まろうと……更なる気持ち良さを求めて。

 茜の理性が警鐘を鳴らしている。

 これ以上深くすると……もう戻れなくなると。でも、あの気持ち良さをまた味わいたい誘惑が茜の理性を崩そうとする。

 葵の舌を受け入れようと、茜の口が開――


 チュパッ


 気持ち良さに溺れそうになる寸前の所で茜は唇を無理矢理離した。


「はぁはぁ……危なかった」


 ハマってしまう所だった。

 茜は無意識に唇に手を当てて、感触をリフレインする。

 葵は頬をプクーッと膨らませて無言の抗議を示している。物足りなかったのだろう。


「これで終わり! もうキスしないからね」

「…………わかった」


 納得したのかしないのか。口ではそう返事をした葵はお風呂場から出ていこうとした。


「アレ、葵上がるの?」

「……もー、眠い」

「ちょっとまっ! 私まだ身体洗い終えてない!」

「……みー」


 姉の言葉を無視して葵はさっさとお風呂場から出て行ってしまった。

 茜はお風呂場にポツーンと残されてしまい、1人で虚しく身体を洗ったのだった。



 ちなみに、茜がお風呂から上がると葵は既にベッドの上でスヤスヤと丸くなっていた。

葵は猫。

気分屋で、素直に甘える時と素直になれない時があります。


猫飼いたいなぁ……

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