第1話「双子」
田舎にある小さな小学校。
全校生徒100名程度で一学年は多くても20人ほど。そして一番少ない学年は12人と正に少子化の影響を感じさせる。
学校から見える景色は彼方まで続く田んぼと山と森。盆地なので朝は濃い霧が朝日を塞ぐ。
夏らしい青々と茂った木々からは、田舎民には慣れ親しいセミの鳴き声が響く。
そんな夏の音に混じって、5年生の教室からは可愛らしい子供の声が聞こえてきた。
「ばいばーい、またね〜」
茜は親友達に別れを告げると、赤色のランドセルを背負って教室を出た。
先に教室を出て校門で待っているであろう双子の妹を待たせないために、ランドセルを上下させ駆け出す。今日は終業式なので溜まった荷物がランドセルの中に所狭しと入っているので、ランドセルが上下するたびに茜の肩に少なくない負荷が掛かる。
「ちょっと、お喋りしすぎちゃったなぁ。葵、まだいるかなぁ」
茜はそうひとりごちたが、葵が自分を置いて1人で帰ることは無いので実際には特に心配はしていなかった。どちらかと言うと待たせてしまって申し訳ないという気持ちの方が大きい。
妹の葵は家では茜にベタベタしてくるのだが、学校では――と言うか他の友達の前ではそっけない態度を取る。教室から出る時もいつも時間をずらす。
だから茜は友達から「双子なのにあんまり仲良くないの?」とか言われてしまった事がある。あと顔は似てるけど性格は似てないよねとはよく言われる。
活発的な性格でクラスの中心な茜と、基本的に静かで学校では1人で本を読んでいることが多い葵。茜自身も確かに性格は全然違うよね、とは思っている。
走ること数分、校門が見えてきた。
数ヶ月前まではピンク色の桜が辺り一面に咲き誇っていた校門の周囲は、今はただの青々しい葉っぱが生い茂るだけの木々がそそり立っている。
そんな木に寄りかかり、無表情で空を眺めている茜に似た女の子――葵がいた。
背負っているランドセルは茜と違い、深い青色をしている。親が自分たちの名前にちなんでそれぞれに買ってくれた物だからだ。ちなみに茜は本当は青色が良かったけど、お姉ちゃんなので我慢した。今となってはこの赤色のランドセルには愛着があるので、妹から交換してと頼まれても拒否するだろう。
駆け寄ってくる茜に気づいたのか、葵がこちらに振り向く。先ほどまで完全な無表情だったのが、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。
「葵、お待たせ」
「……うん、帰ろお姉ちゃん」
さも当然のように葵は茜の方に手を出してきた。
茜はその手を取って、指を絡める。
そして、2人は手を繋いだまま帰宅の途へついた。
「『あゆみ』、どうだった?」
「……算数以外ビミョい。……お姉ちゃんは?」
「体育は全部『よくできる』だったよ」
2人ともそんなに勉強が得意なわけでは無いので一学期の成績はいつも通り芳しくは無かった。
ちなみに茜の得意科目は国語と体育。葵は算数と図工。苦手科目はそれぞれ、その逆だ。
「夏休みの宿題めんどくさいなぁ〜」
「……いつも通りお姉ちゃんが国語、わたしが算数をして、後は書き写せばいい」
「それこの前の冬休みにお母さんにバレて怒られたばかりじゃん」
お母さん曰く、そんなことじゃ苦手はいつまでたっても克服できません、だそうだ。
その後、お母さんの用意したドリルを追加でやらされて大変だった。
「……バレなきゃいいだけ」
「葵、ホント悪だね〜」
「……それ、お姉ちゃんが言う?」
葵が茜をジト目で見てきた。
何を隠そう、この写し合いを考えついたのは茜なのだ。
小学2年生の頃からやっていたと言うのに、この前の冬休みまでよく誰にもバレなかったものだ。
「そう言えば明日の夜、盆地祭りだね。葵も行くよね?」
「……話すり替えた。……お姉ちゃんと2人きりなら行く」
「ん、じゃあ決定だね。明日はユアちゃんも、カナちゃんも彼氏と行くってさ。良いよね〜、デートだよデート。葵は彼氏とか作らないの?」
「……わたしはお姉ちゃんが居れば良い」
葵が茜の方に体を寄せてきた。
夏にくっつかれると暑くてたまらないが、嬉しいので我慢する。「お姉ちゃんが居れば良い」なんて直球で言われると茜の方が恥ずかしくなる
「そっか〜、葵はお姉ちゃんが入れば良いのかぁ。愛いやつめ〜」
「……っ⁉︎ ……にゃはっ……あははっ。……お姉ちゃんやめて〜」
恥ずかしさを紛らわすため、葵の脇をくすぐっていじめる。
葵も抵抗はしてくるが、本気で嫌がっては無さそうだ。
近所のおばさんが、双子の姉妹がじゃれあっている姿を微笑ましそうに見ながらその横を歩き過ぎていった。
■■■
夜、帰宅した母親に『あゆみ』を見せて少し小言を2人とも言われた。もう少し苦手教科頑張りましょう、だそうだ。
しかし2人とも1日も欠席しなかったことは母親も頭を撫でて褒めてくれた。
夕食を食べ、2人一緒にお風呂に入った後は早速夏休みの宿題に取り掛かる……予定であったのだが。
「……お姉ちゃん、ゲームしよ」
「宿題は?」
「……夏休みはまた始まってない」
二人共用の子供部屋で葵がダブルスクリーンのあの携帯ゲーム機を手に持ち茜にゲームを持ちかけた。
確かに夏休みは明日からだ。
だからと言って0日目からサボりはいかがなものだろうかと、茜は思った。
「そうだね、ゲームしよっか!」
思っただけであった。
さっそく机から自分のゲーム機を取り出す。かわいいシールでピンク色の表面をコーディネートされた茜専用型マーク2(茜命名。マーク1は昔持っていた3D機能の付いてない旧型)を手に持って電源を入れる。
葵と対戦するゲームは電気ネズミがマスコットのあの国民的ゲームの最新作だ。
ちなみに葵の持っているゲーム機は青色。シールも特に貼ってない。茜が善意で昔貼ろうとしたら本気で拒否された。
「6対6でいい?」
「……おーけー」
3日に1度はしている姉妹対決。
戦績はほとんど葵が勝っている。
たまに運が良くて茜が勝つ時もあるが……、まぁ本当に稀だ。
「ちょっと! ガブは使わないでって言ったでしょ⁉︎」
「……この子は『ガブまる』じゃなくて『ガブひこ』」
「ニックネーム変えただけじゃん⁉︎」
「……努力値の振り方も違うから別もん」
見た目が好きなキャラを使う茜と違い、葵のポケモンはネットで強いと言われているキャラを中心に組まれたガチパーティー。
いつも通りに茜の可愛いキャラたちは葵のゴツいドラゴンたちに蹂躙されていく。
「外れて! 外れて!」
「……『じしん』の命中確率は100パーセント。ステータスが上下してないから必中だよお姉ちゃん、わたしの勝ち♪」
茜は手も足も出ずに負けてしまった。
いつもはある程度は手加減してくれる葵だが、今日はいつにも増して本気で勝ちに来ていた。
「もぉ〜、今日は容赦なさすぎ」
「……お返し」
「お返し?」
なんのお返し?
葵に今日は何かしたかな、と茜は考えるが思い当たる節は…………。
「もしかして、校門で待たせちゃった事、根に持ってる?」
「……ぷい」
「ぷいって口に出しちゃってるし……」
顔を逸らしてご機嫌斜めアピールをする葵。しかし眼はチラチラと茜の方を期待した眼差しで見ている。
「はいはい、何がお望みですか」
葵は素直じゃない。
だから茜に甘えたい時はこうやって、罰ゲームや罪滅ぼしという形で甘えられる理由を作ってくる。
つまりこれも怒ってるわけではなく、お姉ちゃんに甘えたいだけなのだ。
本人はバレてないと思っているが、茜にはその心は筒抜けだ。
そして茜はあえてその作戦にいつも乗ってあげる。
可愛い妹に甘えられるのは姉として極上の喜びだからだ。
「……お姉ちゃんは今日はわたしの抱き枕。……はい、決定♡」
生き生きとした声で、若干頬を染める葵。
今日は生き抱き枕の刑らしい。
天国かな、と茜は心の中で一言。
「はいはい、分かりました〜」
もちろん茜は言葉の上では嬉しさを表に出さない。
こういう場面で素直になれないところは似ている姉妹だった。
ゲーム機の電源を切って机に直す。
それから部屋の電気も消して、常夜灯だけつけた状態にした。
常夜灯の暗いオレンジ色の光がうっすらと暗闇を照らす。
「…………」
葵はすでにベッドの上で待ち構えていた。
この部屋には大きめのサイズのベッドが一つあるだけだ。
ずっと二人一緒に寝る習慣が付いているので、小学五年生になった今でも茜と葵は同じそのベッドに並んで夜を過ごす。
茜は葵の横に潜り込み、葵に背を向ける。
そのままじっとしていると背中に温かな感触が生まれた。
手を胸の前を回され、うなじに顔を押し付けられる。
グッ、と身体を引きつけられ胸を押し付けられて密着する。
(そういえばお風呂上がって結構経つから汗臭くないかな)
茜のそんな心配をよそに葵は頬を擦り付けてくる。まるで自分の匂いを塗りつけるように。
「にゅふっ」
葵の髪の毛が肌を撫でてこそばゆくて、声が漏れる。どうにかそれから逃れようと身体を動かすが。
「……お姉ちゃん、抱き枕なんだから動いちゃメッ!」
「はい……」
ふむ、葵が満足して寝るまで我慢するしかないか。
葵に言われるがまま、そしてされるがまま茜は受け入れる。
(本当に葵は甘えん坊さんだね〜。学校のみんなもこの姿を見れば私たちの仲が悪いなんて思わないんだろうけど。………まぁ、見せるつもりなんてないけどね)
こんな可愛い妹の姿を知っているのは自分だけ、という優越感に茜は浸る。
そんなこんな考えてるうちに葵があまり動かなくなり、すうすうと寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったかな」
大好きな姉に抱きついたことで、とても安心した顔で寝ている葵。
しかし抱きつかれた姉の方は妙にドキドキして、逆に目が冴えてしまっていた。
「まったくもう。今度は葵が抱き枕になってね」
クルッと葵の方へ寝返ると、さっきのお返しとばかりに抱きしめた。
首筋に顔を近づけて、深呼吸をする。
(双子なのに、自分とは違う匂いがする)
心地よいミルクのような匂いを茜は堪能する。
スーハースーハー、と妹スメルを嗅いでいると自分の貧相な胸部を押し返す微かな膨らみに茜は気づいた。
その正体は考えるまでもなく葵の――胸だろう。
膨らむ兆しすら見えない茜とは違い葵の胸は膨らみ始めていたのだ。
「お風呂じゃ気づかなかった……。今度お風呂で思い出したら見てみよ」
そう小さく呟く。
そしてだんだんとまぶたが重くなってきた。
どうやら、妹の匂いには快眠作用があるらしい。
茜の意識はそれから程なくして眠りへと落ちた。
学校は私の故郷モチーフです。
あとポケモンSMは百合ゲーです。