エリート・完
「はーはっはっは!」
僕は高らかに笑って、目の前に広がる世界を見た。僕のように素晴らしい紳士がひとり、いまかいまかとその舞台の役がくるのを待っている。僕はその後ろで、同じく僕の一生に一度の晴れ舞台を、列に並んで待っていた。
振り返って後ろを見回す。僕と同じようにこの列に並んでいるのは、これまた僕と同じようにイケイケでクールな紳士たちである。彼らもまた、自分の出番を待って、そわそわとしているに違いない。
日も沈み、暗がりになじむ夜の街。僕たちは辺りをまばゆい証明で照らす、建物のなかで長々と列を作っていた。
「なんだい、君は。いきなり笑い出して」
テンションが上がりすぎて思わず笑い出してしまった僕を不審に思ったのか、僕の前に並んでいた紳士が振り返って声をかけてきた。僕はにっこり微笑んで胸を張る。
「だって、僕たちここに来た時点でエリート確定なんですよ? 将来約束されちゃってるんですよ? この列の先に行ければもうバンバンザイじゃないですか」
「それで笑っていたのか。確かに先に行ければ幸せだが……いや、だがしかしそのエリートというのはなんだ?」
「ま、まさかあなた、エリートという自覚がないんですか!?」
上げ上げなテンションのまま前に立つ紳士の質問に答えた僕は、紳士のまさかの反応に衝撃を受けた。だって、紳士も僕と同じような心境でいるに違いないと確信を持っていたから。
「私たちに、エリートも何もないだろう? 形状や薄さから内容量まで全て管理されて、ぴったり一致している」
「いやだなぁ……ひとつ、違うものがありますよ」
「なんだそれは?」
「それは……それは勿論、――価格です!」
僕たちは、ペットボトルの化身である。期間限定で650mlになっているお茶なのである。そして、現在、人間たちに買われるべく自動販売機のなかで待機している。
僕たちにしてみれば廃棄など最も避けたい運命であるが、この時期の自動販売機のお茶など勝ち組確定である。しかも、所在地はちょうど人通りも多い近くにコンビニもスーパーもないところ。
絶対、買われる。人間に買われる。
これほど幸せなことってない。
できれば、綺麗なお姉さんがいい。仕事帰りの黒ストッキングで美脚な適度に疲労した大人の魅力溢れるOLさん辺りに買ってもらいたい。ついでにペットボトルホルダーとかいう素敵なスーツに身を包んでもらって、お手軽な水筒としてお姉さんに数週間か使っていただけたらこれより幸せなことはない。幸いここはオフィス街にも面している。期待値はうなぎ上りだ。
鼻の下を伸ばしながら将来に思いを馳せていると、前の紳士が言葉を続けてきた。
「で、なんで価格が違うとエリートなんだ?」
「僕たちが一番高いからです」
「……へ、へえ……」
僕の素晴らしい説に感服したらしい、前の紳士は絶句している。仕方がないので、僕は素晴らしい説明を続けてあげることにした。
「コンビニでは147円、スーパーでは98円。そんな中、僕たちは160円と価格が決定している自動販売機のペットボトル。高い! エクスペンシブ! セレブ! 更にはキリが良くてスマートなお値段。なんて素敵な僕たち。これがペットボトル界のエリートじゃないってなら、何がエリートだというのですか」
僕は人差し指をちっちと振って、肩を竦めた。前の紳士は、なぜか僕を見て一瞬身を引いた。視線が何だか呆れ返った種類のそれのような気もするが、きっと気のせいだろう。僕の素敵な演説に、恐れ入ってしまったに違いない。
「わ、私は美味しく飲んでもらえればそれで十分だな……」
何か前の紳士が言っているが聞こえない。いや、高い値段で買ってもらったうえ飲まれた方が素敵に決まっているじゃないか。それこそ、人生ならぬペットボトル生での一番の幸せの形だ。大体、ペットボトルは人に飲まれるために生まれてくるし、それが生きがいではあるが、しかしそれだけではなく、我々は創造主たちによく売れて利益となることを望まれて生を受けてきたのだ。人件費も安くつくうえ、高く売れる自動販売機で売られるのが創造主の思惑から考えても、僕の精神衛生上の問題でも、ずっとエリートなのである。
そして、素敵なOLさんを望むのも決して僕のやましい願望からではないのである。OLさんと言えば、女性でかつお金を持っている。そしてお洒落に気を使うはずだ。そんなお洒落に気を使う、金を持った女性に僕の種族のペットボトルが気に入られれば、今後種族全体の売り上げも伸びるに決まっている。僕たちがお洒落で美味しい、今年最高にクールなペットボトルに認定されるも一緒だからだ。
決して、僕のやましい願望ではないのである。
そんなことを考えているうちに、自動販売機の前にくたびれたサラリーマンがやってきた。顔を真っ赤にさせているから、おそらくこの人は酔っ払い。であれば、彼が選択するのはウコンの兄貴あたりだろう。
「う、うそだろ……」
サラリーマンが選んだのは、まさかの僕たちでした。選ばれたのは、僕たちでした。
「それじゃ」
前の紳士が、爽やかな笑顔で去って行った。下へと消えていった彼の姿に呆然としている間に、下方からガコンという音がしてようやく彼があのサラリーマンに買われていったという事実を認識する。あっけない別れであった。幸せになれよ。
さっそくサラリーマンにキャップを開けられ、歓喜に震えているらしい前にいた紳士の様子を見送りながら、僕は列を詰めた。
ああ、これで僕が最前列だ。次、僕たちの種族が選ばれたら僕はここから『バンジー!』と叫びながら取り出し口に落っこちて、綺麗なお姉さんの手によって連れ帰られるんだ。
期待に胸が高鳴る。お茶が泡立ちそう。
◆
しかし、その日の夜、期待に反して僕たちは売れなかった。ウコンの兄貴は二人ほど売れたようだったけれども。
そんなわけで、早朝、これまた僕たちは自販機の前を通るサラリーマンやOLを観察しながら、買われるときを待っていた。スーパーともコンビニとも違う、エリートなこの僕を買うのはどいつだろうか。
ちょっとさっき通りかかったシャツがよれてノリもかかっていないサラリーマンのおっさんに買われるのはいやだな。あの、やたらマッチョなおっさんも嫌だ。握りつぶされそう。
人間観察を続けていると、どうやら朝の通勤ラッシュの時間は終わってしまったらしい。
また、僕は買われなかった。こうなってくると、あのよれよれのおっさんでも、マッチョのおっさんでもいいから買ってほしかったという気分になってくる。
どうやら僕は案外、こらえ性のないタイプであったようだ。
時刻は午前十時。ふと僕たちの自動販売機の目の前の道路に、ポタリと何かが落下してきた。見ればアスファルトのうえに、白い斑点ができていた。
「奴か……!」
僕は咄嗟に視点をうえに向けた。上空には黒い影。そう、奴がきたのだ。
「カラスめ。僕たちの住家にフンを落としたら今度こそただだすまねえぞ」
僕は黒い鳥たちを睨みつけ悪態をついた。売り上げが激減したらどうする。いま最高にスパークリングな炭酸の奴をシェイクしてから開封するぞ。
しかし、奴らめ。僕の心からの呪詛も聞かなかったのか、そのうちの一羽が上空から地上へ近付いてきた。何羽かいた仲間たちはどこかへ行ったらしい。
ぼっちガラスめ。ひとりで淋しいからって、僕たちに近付くんじゃない。フンを落とされた恨みは忘れていないんだぞ。
「……」
地面をとんとんと飛び跳ねて、無言でこちらへ向かってくるカラス。普段なら何かしらカァカァ鳴いているくせして今日は無言なものだから、逆に不気味さが増して怖い。己、カラスの分際で、この僕に恐れをなさせるというのか。
しかし、よく見ればわかった。このカラス、鳴かないのではなく、鳴けないのだ。カラスはその口にキラリと光る何かを加えていた。
「え……」
更にその咥えられたものを注視したところで、僕を襲ったのは絶望であった。
「何で、カラスが硬貨を……」
飛び上がったカラスが現金投入口に五百円玉を投入した。一段と高く飛び上がったカラスは、そのままボタンをクチバシで突いた。ああ、やめろ。ボタンが傷つくじゃないか。
そう思うのと、僕の身体が落下しはじめるのは同時であった。取り出し口の外で、カラスが器用に蓋を開けようとしている物音がする。
買われたのだ。
僕は買われたのである。――カラスに。
カラスに咥えられて、突かれて、この身に開けられた穴からお茶が漏れ出すのを感じながら、僕は泣いていた。
ああ、高望みはしちゃダメってことですね。
僕、いまお茶を飲まれて最高に幸せです、ええ。