サンタは煙突からやってくる(風富来人さんへのクリスマスプレゼント)
数年前、“伊達直人”と名乗り、施設に入っている子供たちにランドセルなどを贈った人物が居ると話題になった。
「そりゃあ、確かに美談かもしれないけれど、不公平だよな」
彼はよくそんなことを言っていた。彼は来人の親友でフリーターをしている。山登りが趣味で場合によっては長期休暇を取らなければならないため、定職には付いていない。
「お前、楽をして良い目を見ようなんて考えるなよ」
「誰が楽をしているって?俺だって、山に登るために苦労して稼いでいるんだ」
「それは認める。だけど、そろそろ、いい年なんだから、ちゃんと定職について家族を作ることでも考えたらどうだ?」
「チッチッ!来人は男のロマンが解かってないな」
「何が男のロマンだ。そんなことばかり言っていると、そのうち山で死んでしまうぞ」
「いいさ、そうなったら本望だよ」
彼はそう言って席を立った。
施しを受ける人が楽をしているとは決して思わない。来人にしてもそういうのを羨ましく思うことはある。受ける方も受けるだけの理由があるってことだ。だから、施す方もやみくもに話題作りのためにやっているわけではない。
「楽をして儲ける…」
誰だって、そう思うさ。だけど、世の中そんなに甘くはない。来人はそう自分に言い聞かせて自分の口座の残金を確認した。そこに表示されている数字の数だけ努力している。そう思いながらキーを叩いた。
翌朝、テレビの情報番組が色めき立っていた。どの局もその話題で持ちきりだった。
『第二の伊達直人現る』
そんな見出しが画面に飛び交っている。ある施設に多額の現金が振り込まれたというのだ。来人は苦笑し、テレビを消した。
「どなたか心当たりはないんですか?」
テレビ局の女性リポーターが施設の園長にインタビューをしている。
「いやー、まったく心当たりが無いんですよ」
園長は遠い記憶をたどっているような表情で受け答えをしている。来人はそんな様子を遠巻きに見ていた。
「お兄ちゃん、久しぶり」
声を掛けてきたのはこの施設で園長を手伝っている美穂だった。美穂は小学生の時、事故で両親を亡くした。身寄りが無くなった彼女はこの施設へ連れてこらえた。その時のことを来人は良く覚えていた。
クリスマスイヴの夜だった。施設ではささやかなパーティーが開かれていた。園長がランドセルを背負った女の子を連れて来て言った。
「みんな、今日から新しいお友達が来てくれたよ。美穂ちゃんだよ。仲良くしてあげてね」
園長は美穂をみんなに紹介すると、恒例のクリスマスプレゼントを配り始めた。けれど、美穂にだけはプレゼントがなかった。突然連れてこられた美穂の分まで用意することが出来なかったのだ。美穂は部屋の隅でみんながプレゼントを手に喜んでいるのを黙って見ていた。
「ほら」
そんな美穂に来人は自分のプレゼントを渡した。
「いいの?」
「いいよ」
「でも、お兄ちゃんのは?」
「ボクはいいんだ。大きくなったら、お金持ちになってもっといいプレゼントを買うから」
「すごいね。美穂にも買ってくれる?」
「任せとけ」
それ以来、美穂は来人によくなついていつも一緒に居た。来人が中学を卒業して就職した時も一緒に行くと泣いてすがりついた。
「すぐに迎えに来るからいい子で待ってろ」
「うん」
泣きながら頷く美穂の顔を来人は今でもよく覚えている。
来人が美穂を迎えに来ることはなかった。美穂はアルバイトをしながら高校に通って百貨店に就職した。その後も施設を出ないで、園長を手伝っている。
来人が再び施設を訪れたのは10年後だった。美穂を迎えに行くために必死で金を貯めていた。どうにか二人で暮らすのには何とかなるくらいの稼ぎも得られるようになった。
「もう少しだけ待って下さい」
見るからにやくざな男に園長と美穂が必死に頭を下げている。
「借りたもん返せないんだったら、立ち退いてもらうしかねえだろう!」
そう言って凄む男にひたすら頭を下げている。
「いくら返せばいいんだ?」
「なんだ、てめぇは?」
「いくらだ?」
来人は声を荒げた。男は一瞬ひるんで答えた。
「一千万だよ。お前が払ってくれるのか?」
来人は持っていたカバンを男に差し出した。中身を見た男は急に猫なで声になった。
「なんだ、あるじゃねえか。だったら最初から出せばいいんだよ」
「借用書をよこせ!」
来人は男から借用書取り上げると、その場で破り捨てた。
「とっとと消えろ!」
男がその場を去っていくと園長と美穂は来人を見た。美穂は思わず来人に飛びついた。
「お兄ちゃん!」
「美穂、待たせたな。でも、ごめん。連れて行けなくなっちゃった」
「いいよ。そんなの。こうしてちゃんと来てくれたもん」
その後、園長から事情を聞いた。地主が亡くなった後、その息子が土地を売ったと言うのだ。買い取ったのがヤクザみたいな連中で、高額な地代を請求してきたのだと言う。当然貧乏施設にそれだけの金を払える当てもなく、積もり積もった借金が一千万。
「それにしてもあんな大金を…」
「いいんですよ。美穂を引き取ったらあの金はここに寄付するつもりで貯めたものですから。役に立って良かったですよ」
園長は泣きながら来人に感謝の気持ちを伝えた。
それから5年後、来人は必死で勉強して株で多額の財産を築いた。そして、再び施設へ寄付をしたのだ。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「何のことだ?」
「第二の伊達直人はお兄ちゃんでしょう?園長もちゃんと解かってるよ」
「それにしちゃあ、名演技だな」
「そりょ、そうよ。お兄ちゃん迷惑がかからないように必死で練習していたもの。でも、わざわざ、クリスマスイヴの日に寄付をしてくれるなんて。マスコミが大騒ぎするって思わなかったの?そう言えば、5年前も確かクリスマスイヴだったよね」
「マスコミとか、そんなものは知ったこっちゃない。俺にしてみれば、この日だからこそ意味があるんだ」
そう、20年前の12月24日。美穂が初めてこの施設に連れてこられた日。来人と美穂が出会った日。だから、来人はこの日にこだわった。
「なあ、美穂。ちょっと時間あるか?」
「いいよ」
来人は美穂を連れて施設を出た。そばに止めてあった車に美穂を乗せると、役所に直行した。そして、カバンから1枚の書類を出した。婚姻届だった。
「お兄ちゃん!」
その後、園長が亡くなると、来人は美穂と共に施設を引き取った。
「園長先生!今年のクリスマスもサンタさんは来てくれるかな?」
「あたりまえじゃないか。どうしてだい?」
「だって、学校でお前のところにサンタなんか来るもんかって、みんなが言うんだもん」
「真美ちゃん、サンタさんはどこから来るか知ってるかい?」
「知ってるよ。煙突からでしょう?」
「ここに煙突はあるかな?」
「うん!ある」
「だから大丈夫!」きっとサンタさんは来るよ」
来人がこの施設を引き取って真っ先にしたことはこの煙突を作ることだった。
「なんでまた急に煙突なんか…」
「煙突がなけりゃ、サンタが来られないだろう。サンタさえ来てくれたら、プレゼントを貰えない子は一人もいなくなるからね」
「お兄ちゃん…」
美穂が初めてここに来た時、一人だけクリスマスプレゼントを貰えなかった。来人はそんな子供が一人でも居たらいけなと、その時からずっと思っていた。美穂はそんな来人の優しさが好きだ。
「泣くなよ」
「お兄ちゃん…」
涙が止まらない美穂を抱き寄せて来人は言った。
「いつまでお兄ちゃんって呼ぶんだ?美穂はもう僕の妻なんだよ」