悪役令嬢二人・2
男尊女卑と言うと大げさな気がしないでもないですが、昔の日本も男子が生まれればまだ良し。生まれなければ妬と呼ばれたそうです。男の子だと力仕事とかが出来たからでしょうかね?
王族三兄弟は基本的に一途です…一途、だよね?
「お呼びにより参りました」
王宮では、前宮と奥宮として別れている行政部分と。
左右の塞と呼ばれる部分で騎士団と魔法士団とで区分けされている。魔法士団の敷地は王宮の敷地に繋がっているが外側に魔法士達の研究機関である魔法師の塔がある。
奥宮も中で数か所に別れており、それぞれ王家の居住区と諸外国からの賓客区域、それ以外の貴族達の宿泊施設が厳密に分けられている……何かがあっても困るので、そう言う意味では当然だろう。
前宮は主に行政区画で、前宮でも許可を得ていれば商人や職人が出入りする事が許されているのはこの辺りまでだ。
中庭と言うのは前宮と奥宮の中間にある所で幾つかあるが、茶会を開くと言う事から幾つかある中庭でも大きさがある所へと向かう。最も大きな中庭ではあちこちに配置されたテーブルや椅子で打ち合わせをしたり休憩をする事があるので、そこではないだろうと踏んでいた所、アリアドネの婚約者であるデュオニュソスの所に正式に招待状が届いたので将来の夫と共に訪れた。
そこは、家族だけの場所とするには手狭で、ある程度は大きさがある中庭だった。
流石に主要の貴族全員とは言わないだろうが、想像よりも人数が多すぎる……この異変に気付いた時にアリアドネは己の予測が正しい事を確信した。
「これはこれは……随分と多くの貴族達がおいでになっていますね?」
未来の夫であり婚約者の第二王子が、その美丈夫さを隠した笑みを向ける……この男、見てくれは優男で服に隠れているが細マッチョ。しかも王家の第二王子だけあって侯爵家に入る予定が無ければ王位を狙う事は容易いのではないかと言われる程度に腹黒く計算高いと言うのは知っている人は知っている……だと言うのに、一度懐に入れた身内は過保護なまでにがっちり守り抜く信念があるのだから、一部の男性からは兄貴とこっそり呼ばれているが気にしないと言う懐の広さが更に男前だと同性からの人気が高い。
そのデュオニュソスの視線が戦闘モードになっているのを、知っている者は誰もが感じただろう。
「デュオニュソスの兄上もアリアドネ侯爵令嬢も、ようこそいらしてくださいました……実は、王太子ファーガス兄上が側室を迎える話が出ておりまして。今回はそのお披露目の茶会なのです」
そう言って、第三王子が「頑張りました」と可愛らしく微笑む……何故に王太子の側室のお披露目の茶会を第三王子が主催するのか。どうしてお披露目が昼間の茶会なのかが疑問符に当たった。
しかも、最初にアリアドネが招待状を貰った時にもデュオニュソスから話を聞いた時も王太子の話も側室の話も出て来る事は無かった。
可能性としては、アリアドネだけではなく招待されたすべての貴族へ隠されていたと言う事。また、大々的に発表しないのは側室と言う点からおかしくはないが発表するほどのものでもない……側室と言うのは、あくまでも正妻に対しての愛人。または体だけの関係、もしくは正式に婚姻できないだけの子供を産む為だけの存在として扱われる事も少なくはないのだ。
なので、一応は正式な王家の子として迎え入れられている王子は今の所は五人。王女に関してはどれだけいるかは不明だが、後宮を漁れば石を投げれば王子王女にぶち当たるとまで言われている……それが、実際には何人が本当に王の子なのかは不明だが。それでも、王家の子として認められた後は成人すれば臣籍降下して公爵家を起こす事が出来る場合もある。王子に限り。王女は嫁入りにする道具としての利用価値も高いし、後宮に残したりして手駒にする事も出来るのだ。最悪、王子達の乳母や侍女達への教育をさせると言う使い道もある。表向きは。
「とは言っても、まだ正式に側室として迎えると決まったわけではないのですが……彼女が良い返事をしてくれなくて」
侍女達の誘導に従って、当然の事ながら上座に近い所へと席を勧められる。
片や現第二王子で、片やその婚約者たる侯爵令嬢なのだから当然だ。
下座から上座に行くに従い、参加者達の爵位が上がって行くのが判る……最も高い上座にあるのは、現在は空席だが恐らく王妃。向かって左側にぽつんと空いているのは第三王子サーディンの席で、右側には王太子ファーガスが座っている。その隣が空いているのは、例の側室とやらが座る予定なのだろう。
サーディンの近くには他に二つの空席があり、予測に違わずアリアドネ達の席である事が判った。
「時間が取れないかと思っていましたが、来て下さり礼を言います」
「一度はお断り申し上げました身の上に加えて、お待たせいたしまして申し訳ございません、王太子殿下」
「私が未だままならぬ為、アリアドネには迷惑をかけています」
「いいえ、デュオニュソス殿下はまだ始めたばかり……一朝一夕に出来ると言うものではございません。全て日々の努力を必要とされているのです、何より。始めたばかりの殿下が完璧にされてしまえば、御歴々の皆様に申し訳が立たないかと……ねえ、皆さま?」
通常であれば「何を女の身で」とか「小娘が」とか「生意気」だとか言われれるだろうが、この場には王子が三人揃っているし何より最高上座には王妃が座るのだ。ここで下手な事を言えば王子や王妃を蔑ろにしていると言われかねない……女性であろうと、王妃と言う立場は伊達ではないのだ。
口々に嫌々と言う体ではあるが「う、うむ」だの「そうですわね」とか言っている人達がいる。
何にしても、この場にいる人達の人数こそ多いが爵位はバラバラだし現職の王宮勤めの人達が少ないのが共通と言う所だろうか。何人かは領地持ちの爵位持ちが居ない事もないが、かと言って数十人と言う数は軽く見て良いものではない。
「ファーガス殿下、お相手の方は王家のご意向に対して逆らっていらっしゃいますの?」
「逆らう……と言う程の事なのかな? サーディン?」
「いいえ、それは誤解と言うものですよ。
彼女はとても控え目な方なので、王家に迷惑をかけると思い気後れをされているのです……ですから、アリアドネ侯爵令嬢が気に留められる程の事ではございません。
それに、ファーガス兄上をお相手にするには時間が少ないのではないかと……どうか、アリアドネ侯爵令嬢も彼女に気を掛けていただきたく思います」
言われて、アリアドネは頬に手を添えて首を傾げた。
「何故でしょう? 側室となられる方とわたくしとでは、立ち位置が異なります。
お力添えが出来るかと言う事になりますと、お役に立つ事がありますでしょうか?」
もっともな話である。
王太子の側室となると言う事は、公的にはともかく妻ではない。表立って公務を行う事も出来ないし「恥ずべき存在」として後宮から出る事さえままならない状態で、公務が出来ないと言う事は人を招いて茶会を行う事も出来ないし外交も許されない。本当に、扱いとしては「人の形をしていて子供を産む事が出来る」と言うだけの愛玩動物的な扱いをされても女性側に文句を言う事は出来ない……場合によっては、子供を産めない状態にされる事も覚悟しなければならないのだから徹底していると言えるだろう。
流石に、現在は子供を産めない状態にされる事は多くはないが、かと言って真実は闇の中だ。
何しろ、正式に王位継承権を持つ歴代の男子の何人が真実王妃の腹から生まれたのかは。少なくとも、今この場に居る者の内では誰一人として知る者が存在しないのだから。
「アリアドネ侯爵令嬢でしたら、彼女に助言をしていただく事も可能だと思います。それに、今はともかくこれから先のファーガス兄上の時代になれば後宮のあり方も変わると言うものでしょう」
この言葉に、いずれの面々も一瞬だけではあるがぎょっと反応をした。
まさしく「王太子の後宮に女を送り込んで王位を簒奪するつもりです♪」と宣言した以外の何と解釈すれば良いのかと誰もが模索しただろう……。
が、幸か不幸か知っていた。
「サーディン、そなたの立場を考えて口になさい……私はまだ、その人物と会った事もないと言うのに……」
あるいは、サーディンは愚かなのだ。
はっきり言おう、馬鹿なのだ。
見てくれは好青年なのに頭の中身は花畑……勿体無いにも程がある人材である。
幾ら何でも、後宮から生きている間は一歩も出る事が許されない側室の。しかも候補と、第二王子を臣籍降下させるとは言え領主直系の正妻となる相手を同列に扱うなど通常の神経では考えられない。そもそも、時に領主代行としての仕事を請け負い社交をこなし、時に領主以上の仕事をこなす必要がある正妻に「逆賊の手駒になれ」と言われて喜ぶ方がどうかしている。
重要な立ち位置にある貴族達ではないとは言え、彼等の前で言われてアリアドネがうっかり「是」と頷いてしまえば、その時点で第二王子が幾ら庇っても第三王子を王位につける逆賊だと公言するに他ならないのだ。
これが普通の認識ならば、先ほどの王位簒奪に加えて「その為に侯爵家は彼女の後ろ盾になってね★」と言っている事になる……王太子の目の前で。
「まあ……そうでしたの……」
しかし、サーディンは決してそんな考えをしていないと言う結論を何とか停止しそうな脳裏で結論を導き出した。誰も褒めてくれないからと言うわけではないが、自分自身を褒め称えて何とか奮い立たせて倒れない様にする。
それでもアリアドネは激しい頭痛を覚え……これが私的な空間ならば、速攻で長椅子か寝台に身を預けてふて寝したくなる程度には頭痛を覚えた。もしくは白目になりたい。涙目でも良い。これが王家に連なるものかと泣けば良いのか、王太子で無くて良かったと泣けば良いのか……どちらも泣く羽目になるのだが。
とりあえず、婚約者と繋いでいる手には力が入った事だろう……びくともしないので安心だ。
同じような事を思ったらしい王太子は、よく見ると目元がひくひくと動いている様に見える……流石に指摘するわけにもいかないしサーディンには理解出来ないのかも知れないが。
「待って下さい、私はこれでも立場を考えて動いています。
デュオニュソス兄上は、すでに侯爵家へ臣籍降下する事が決まっておりますが先行きがどうなるかは未定に近い状態でファーガス兄上のお相手が決まらなければ私の先行きを決める事もままなりません。それに、アリアドネ侯爵令嬢でしたら彼女の事をご存じですから、良い話し相手になれるのではないかと思うのです」
なるほど、とアリアドネは納得こそするつもりはないが理解する。
侯爵令嬢であり未来の侯爵夫人としての立場が決定しているアリアドネは、どうやら未来の義弟から嫌われたか何かをして足元をひっくり返したいと思われているらしい。隣に座るデュオニュソスが怒りを抑えながら弟に対して今にも噴火したい様子だ……ファーガスを含めてアリアドネが周囲に知られぬように二人には抑える様にと視線で指示をしているからこそ我慢しているが、陥れられたと感じているらしい意外と短気なファーガスも、すでにアリアドネを身内として認定しているデュオニュソスも片方だけでも面倒なのに両方を抑えるのは更に面倒だ。
と、こうして記すとアリアドネはどれだけ王家に影響力があるのかと言われそうだが。そもそも、アリアドネは侯爵令嬢として元々の出来が良かったのと現侯爵は若い頃には王家の覚えも目出度く城に出入りする事も少なくはなく、アリアドネも共に登城する事が少なくは無かった為に非公式的な幼馴染に近い存在だと言うのが理由だ。
実を言えばアリアドネよりサーディンの方が若干年上ではあるが、幼い頃のサーディンは第三王子であった事や体が弱くて長い間静養していた事もあって面識は薄い。
そうこうしている間に、サーディンは立場が悪くなったと思い呼び寄せたらしい貴族達を巻き込んで同意を得ようとしている……ここで王太子を口説き落とす事が出来れば己の関係者を潜り込ませる事が出来る。もし、その子が男の子を生めば未来の王子の後見人になる事も出来るかも知れないと思えば、彼等の必死さも判らなくはない。側室の子として生まれたとしても、王家が王妃の子である=王位継承権を持つと宣言してしまえば、それが事実となるのだから公然の秘密とは言っても大概腐っている。
だとしても、女の子を産めば立場は大して変わらない……万が一の確率で寵愛を得る可能性もあるが、政治的な立ち位置といては使い道がそこまで多くはないのだから生まれて来る子供は女であるより男の子である方が喜ばれるもので。
続きます