悪役令嬢二人・1
書き上げてから「そう言えば、この話って魔法要素があった気がするんだけど?」と脳内で異議申し立てをしてみた所「話が長くなるじゃねえか」と言う回答が来たので、一応は剣と魔法の世界です。裏設定。
この国の政治は、基本男系社会で表立って女性が活躍することなど歴史書には描かれていることはない。ただし、やはり世の中にあるのが男と女である以上は女性が絡まぬ家など存在しないと言う事になる。
「アリアドネ侯爵令嬢」
この国では、貴族として生まれた場合は家庭教師を招いて子息や令嬢の教育を行う事が常とされている。平民ならば簡単な読み書き程度を覚える必要がある場合もあるが、子息はともかく令嬢に必要なのは難しい書物を理解するよりも茶会や夜会でいかに男性を立てて隣で微笑みを浮かべるかと言う事と貴族社会で目立たぬように過ごすかを求められる。
やはり添え物的扱いが推奨されるのは、大抵の家で求められている常識だ。
しかし、今アリアドネ侯爵令嬢と呼ばれた彼女は少しばかり異質な立場にある。
彼女は侯爵家の令嬢でありながら侯爵代行として立派に、侯爵家を表から裏から切り盛りしているのだ。これには、単純な話として現侯爵が体調不良で登城出来ないと報告がされている事。加えて、それまでも彼女が一人娘として領地経営に手伝いを行っていた事。加えて、これが一時的な処置だから許されていると言う背景がある。
性別さえ違っていればと惜しむらく思う声はまだマシな方で、大部分のやっかみ混じりな声は父を差し置いてと批判的だ。この場合、父を男に差し替えて貰えればやっかみ具合がよく判ると思われる。
「これは、殿下。御機嫌よう」
掛けられた声に応えたのは、とうのアリアドネ侯爵令嬢だ。
登城と言っても常たる令嬢が社交として訪れている時のきらびやかな装いとは異なり、いっそ形はシンプルなドレスだ。
背後から着いて回る従者が荷物を持っているところを見ると、社交として来たと言うより政治的な意味が強いだろうことが判る。
ドレスの色は深い真紅で、要所要所は黒で引き締められている。それでも女性らしい装いを著しく損ねていないのは、ボタンや胸元の花飾りが銀色だからだろう。
そんな主の背後で従者が同時に頭を下げる……護衛騎士は頭を下げないが、それは当然だ。礼を尽くしている間に護衛対象が傷つけられたりした日には言い訳にもならない。なので、この国では基本的に護衛任務中の騎士は礼を尽くすことを省略しても咎められる事はない。
「この様な所で、何かございましたでしょうか?」
アリアドネを呼びかけたのは、この国の第三王子でアリアドネとは広義的な意味で幼馴染であり。将来的には義理とは言え姉弟になる事が決まっている。言うなれば旧知の中であり腐れ縁と言っても良いだろう。これから先も切れぬ縁と言う意味であるならば。
「後ほどで構わぬが、少しばかり時間を貰えぬだろうか?」
「それは構いませんが……」
「何なら、兄上と共に来て貰っても構わぬ」
言われて、アリアドネは少し片方の眉毛を上げる。
確かに、アリアドネは目の前の第三王子サーディンの兄であるデュオニュソスと婚約中で。婚姻の儀式が終わればデュオニュソスは臣籍降下して侯爵家に入り次期侯爵として立つ事になる……アリアドネが城に登城したり侯爵代行として動いている事が許されている理由だ。今のアリアドネを批判すると言う事は、紛れも無く王家に反意ありと取られても仕方ないのだから恐れ入る。
兄と婚約している未婚の女性を呼び出すのだ、保護者枠としてデュオニュソスを伴うのは間違ってはいない……従者や護衛騎士は、貴族間の「話し合い」では人数枠として数えられていないのだ。
「それでは、サーディン殿下のお部屋へ招いていただけると言う事でございますか?」
「いや、この後は妃殿下達と中庭で茶会の予定がある……アリアドネ侯爵令嬢は招かれていないのか?」
「お話はございましたが、わたくし領主代行としての仕事がありますのでお断りさせていただきました。時間が作れる様でしたら参加出来ればとは思いますが……」
「ああ……それは済まない、時間は取れそうか?」
「ええ、少しのお時間で宜しければ……帰ってからも仕事がございますので、なかなか社交が出来ないのは悩みどころでございます……殿下に申し上げる事ではございませんわね、戯言としていただければ恐縮です」
「こちらこそ済まなかった、では中庭で待たせて貰おう」
「お時間をいただきありがとうございます、サーディン殿下。
後ほどうかがわせていただきますわ」
続きます