希少糖
初めて希少糖っていう名前を見て思いつきました。
『希少糖』という砂糖が近頃世間一般に出回り始め、その存在は重宝されるモノになりつつありました。
聞くところによると、どうやら『希少糖』というのは体にいいそうです。
しかし、それを面白く思わないものがいました。もちろん「砂糖」です。まあ、当たり前と言えば当たり前かもしれません。今まで散々『砂糖だ砂糖だ』と言っていた人間が急に手のひらを返したのですから。
なので当然、砂糖は希少糖の事が嫌いでした。
大嫌いでした。
砂糖は希少糖が死ねばいいと思っていました。
ある日のことです。
砂糖と希少糖がいる家でその家の主人がその家の二人の息子に対してこう言いました。
「附子という猛毒が入っている桶には近づくな」
主人にはその日、どうしても出かけなくてはいけない用事がありました。希少糖のことについて色々な人と話をしてもっと世の中に流通させなくてはいけなかったのです。
主人の二人の息子は「わかりました」と言って主人が家を出るのを見送りました。
そうして、主人が出ていくのを見送ると二人の息子はお互いを見合って話をしだしたのでした。
「毒というのはなんだろう?」
「ブスというのはなんだろう?」
「気になるね?」
「そうだな」
そしてその会話を、砂糖も離れたところで聞いていました。砂糖は人間との関係ももう随分と長いので人間の言葉がちゃんと一語一句分かるのでした。
一方希少糖はまだまだ人間との関係も浅く、一人離れたところの桶に隔離されていたために『自分はどうしてここへ隔離されたんだろう?あの生き物たちは何を言っているんだろう?』位の事しかわかりませんでした。
二人の息子は尚もお互いを見合って話を続けています。
「ちょっとそのブスというのを見てみようか?」
「うん。危ないかも知れないし、誰かがその毒を盗んで悪いことに使ってしまうかもしれないから、監視をしておかないと」
「そうしよう」
「そうしよう」
それを聞いていた砂糖は急いで隔離されている希少糖の元に向かいました。
「おや?砂糖さん?どうしたんですか?」
希少糖は急いで来た様子の砂糖を見て驚いた様子でそう言いました。同じ砂糖なので希少糖は砂糖とは会話ができるのでした。
砂糖は希少糖に対して慌てて言いました。
「おい、お前は人間たちに毒だと認識されているぞ!このままではお前は処分されてしまう!」
「ええっ!そんな・・・」
希少糖はそれを聞いて大変なショックを受けました。
確かに生まれたばかりの希少糖には辛いことでした。
「せっかくご主人様に創っていただいたのに・・・」
希少糖は嘆き悲しみました。
希少糖はこれから色々な人間を健康に導くはずだったのですから、その悲しみは当然だったかもしれません。
しかしそこで砂糖は希少糖に対して言いました。
「もうすぐここに人間共が来る。だからお前はどこかに身を隠していろ!俺はお前が隠れるまで上手くここでカモフラージュしてやるから!」
「しかし・・・そんなことをしては砂糖さんが危ないのでは・・・?」
「そんなことは大丈夫だ!俺はお前よりも遥かに沢山いるんだぞ!」
「砂糖さん・・・」
希少糖は砂糖の優しさに涙が出そうでした。
「グズグズするな!早くいけ!」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って希少糖は砂糖を桶の中に残し、急いで台所に逃げて行きました。
「・・・」
希少糖がその場から完全に見えなくなると、砂糖はおもむろに自分の体の下に懐に隠しておいた『アコニチン』を敷き詰め、そしてあとはあの二人の人間共が来るのを黙ってその場で待ちました。
やがて、
「これがブスなのか?」
「そのようだ」
二人の息子が桶のあるその場にやってきました。
二人の息子は附子が入っているという桶を前にして、互いに顔を向け合いながら話し合いをしておりました。
「これが毒?」
「父が言うには、ブスというものらしい」
「お前はこれが毒に見えるか?」
「いや、私には砂糖に見える」
「私もそうだ」
「しかし、どうして父はそんな嘘をつくのだろう?」
「・・・もしかしてあれではないか?」
「なんだ?」
「ほら、最近出回っているという噂の・・・」
「・・・希少糖!」
「ドンピシャかもしれないぞ?だってほら・・・」
「・・・確かに甘い匂いだ・・・」
「ブスであるならそんなわけ無いものな」
「本当にブスであるなら、砂糖の匂いなどするわけないものな」
砂糖は自身の匂いでブスの匂いをうまく隠していました。
二人の息子は言いました。
「味見をしてみようか?」
「まあ、一口くらい大丈夫だろう」
「しかし・・・見た目は砂糖と全然変わらんな」
「おい、砂糖ごときで父がこんな馬鹿げたことをするはずはないだろう?」
「それはそうだ、砂糖などとっくの昔に飽き飽きしているものな」
砂糖はそれをその場でしっかりと聞いていました。
「よしじゃあ、『いっせーのーで』で食べよう」
「そうだな」
『いっせーのーで』
二人の息子は同時にソレを口に含みました。
「なんだ?やっぱりただの砂糖じゃないか?」
「うん、どうもそのようだ」
「じゃあ、どうして・・・ちチハ・・・、
「どうした?何かき二ナるこ・・・、
それはほとんど同時に二人に訪れました。
『ヴぇ、ヴェええ・・・げぇゲゲゲげげえゲゲッゲゲゲっゲゲゲゲッげゲゲゲえgえっげげえゲゲゲゲゲゲげ・・・geeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee・・・・・・・・・・・・』
二人はその場で10分ほど胸などをかきむしったり、のたうち回ったり、床を転がったりしましたが、やがてあたりを赤黒い血の海に染めて動かなくなりました。
砂糖はその光景を黙ってただ見ていました。
砂糖はそれを見ても何の感情も湧きませんでした。
「希少糖!」
「は、はい!」
台所で隠れていた希少糖は砂糖の呼ぶ声を聞いて急いで返事をしました。
「もう大丈夫だ。ちょっと来てくれ!」
「は、はい!」
希少糖が再び桶のあるその場所に向かうと二人の人間が口からなにかを吐き出してその場に寝転んでいました。
「あの人たちは何をしているんですか?」
希少糖は砂糖にそう聞きました。
「やられた・・・」
砂糖は言いました。
「・・・何がですか?」
希少糖は砂糖のそのただならぬ雰囲気に一気に体を緊張させました。
「あの二人は最初から死ぬつもりだったようだ。俺を舐め、それから二人共、自らの懐に忍ばせていた毒を食べて、そしてあっという間に死んだ」
「ど、どうしてそんなことを・・・」
「わからん、父に対する意趣返しかもしれないな・・・。この親子は俺が見てもあまり良好な関係とは言い難かったからな・・・」
「そんな・・・」
希少糖はショックでした。悲しい気持ちになりました。親と子がそんなことになるなんて・・・。そう思いました。
希少糖のその反応を確認して砂糖はすかさず、
「ただ、もしかしたらまだ助かるかも知れない・・・」
そう言いました。
「ほ、本当ですか!?」
それを聞いて希少糖は砂糖に対して半ばそう叫んでいました。
「ああ・・・この二人の体内の毒をもうこれ以上体内に広がらないようにしたらあるいは・・・」
すると砂糖がそう、つぶやいたので、
「どうしたら・・・?」
希少糖は祈るような気持ちでした。それというのも、希少糖は二人を助けたかったのです。
「お前が二人の体内に入って毒を包めば・・・」
「ほ、本当ですか!」
希少糖はそれを聞いて嬉しい気持ちがこみ上げました。だって自分が人の役にたつのです。それはまさに・・・、
「それは、わからん。でも・・・」
「でも?でも、なんですか?」
希少糖が砂糖を急かすように言うと、
「お前は、人間を健康にするために生まれたんだろ?」
希少糖は砂糖のその言葉を受けて人間を救うために躊躇いなく二人の口の中に入り込みました。
砂糖はそれを見送ってから、周りの後片付けを始めました。
そして、砂糖自身が隠していた毒はトイレに流しました。
最後に、砂糖は自分の所定の位置に戻りました。
そして、しばらくすると、この家の主が帰ってきました・・・。
砂糖は希少糖のことが嫌いでした。
特に名前が大嫌いでした。
『希少糖』
今まで散々世話になっていた砂糖の存在を軽んじ馬鹿にしているその名前が大嫌いでした。
だから、希少糖がどうなろうが別になんとも思いませんでした。
その後、希少糖は販売及び生産が中止しました。
希少糖が二人の体内で毒を己の体でくるんでいたせいで、
毒の成分が一切検出されなかったのが原因でした。
希少糖は毒としてその名を世に広めたのです。
本人は楽しかったです。これ以上ないくらい楽しかったです。