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ウシロ向きな怪奇放浪 shadow picture編

作者: 花澤文化

「ふむ・・・」

 男が家を見渡す。隅から隅へと目を配り、これ以上ないぐらいに見る。目を凝らして近くで見たり、全体の景観を見るために少し離れてみたり。そのたびにふむふむと頷いている。

 男はこれが仕事だった。仕事と言うよりは本人の趣味という方がいいかもしれないが、男はこれで金を稼いでいる。依頼されてその現場まで見に行き、当たり障りのないことを言うだけ。それが男の仕事のはずだった。いうなれば詐欺まがいのものである。

 しかしそれもまた過去のことだった。

「どうでしょうか・・・やはり・・・」

 依頼人の女性が心配そうに男の方を見る。

 男はそんな顔を仕事上何度も見て来た。見て、そしていつものようにへらへらと答えて来たのだ。

「大丈夫ですよ、たぶん」

 と。

 相手を安心させたいのか不安にさせたいのか分からない返しに依頼人の女性もどんな顔をしていいのか分からなくなっている。

「まぁ、でも異質なもののせいでしょうねぇ、これは」

 と、今度ははっきりとはいかないまでも、たぶんとか恐らくとかいう言葉なくそれを伝えた。飄々とした言い方だったが、どこか芯のある言葉だったように思える。

 男の仕事は怪奇現象の解決または様子見であった。

 この世には不思議なことがたくさんある。その中でも特に異質で、現実的に危害があって、きちんとその異質さが目に見えるという場合において男は活躍する。

 昔はそれを詐欺として使っていた。自分に見せてください、分かります、解決します。そう言ってお金を稼いでいたのだが、ある時から男は本当の怪奇現象専門家となってしまったのだった。だからといって詐欺をやめる必要もなかったのだが。

 結果として男は自分に解決不可能な場合、詐欺として利用し、解決できるならば解決して依頼料をもらうという線引きをした。だから男は今から依頼人の女性を騙すこともありえるということなのだ。

「で、奥さん。この家の写真とかってあります?『1年前』のやつとか」

「あぁ、はい」

 奥さんと呼ばれた女性はどうやら家族がいるらしい。この家に4人で住んでいるのだとか。女性は男にこの家の1年前の写真を見せた。

「んん、なるほど」

 男は目を凝らす。

 まず、最初に見たのは家ではなく、家の目の前でピースしている家族でもなく、この写真を撮った日付の部分であった。珍しいフィルムの一眼レフでとったらしく、フィルムから現像された写真には日付がのっている。

 正しい。1年前のものだ。

「確かに1年前のものですね、わざわざ日付を改ざんする理由もありませんし」

 さらっと人を疑ったらしいが、その理由が見当たらずすぐに信じる事にする。ただ、口に出しただけで内心どう思っているかどうかは分からない。騙すにあたって人に騙されないようにする、それが一番注意することなのかもしれない。

「あの、それで、えっと・・・」

「俺はウシロと呼んでください」

「ウシロさん、うちは大丈夫なんでしょうか、子供たちに危害とかは・・・」

「中も見ないとなんとも言えませんね、外観だけだと子供たちには特に危害を与えているようには思えませんが」

 男、ウシロのセリフを聞いて女性は家の門を開け、ウシロを中に入れた。まだ家の中に入ったわけではないが、どこかぞわぞわとしたものを感じる。

 ウシロはこれが異質なものだと確信した。

 今回の依頼人の女性。彼女からの依頼はこの家の異変だった。4人家族。もうそろそろ一軒家が欲しいと思い、念願の一軒家を去年建てたところから始まった。

 最初の異変に気がついたのは長男だった。長男はなんだか床が軋むと感じたのだが、特に気にすることなく、日々を過ごしていたのだが。2週間後、さらにそれが悪化していると気付いた。

 しかし、家に住んでいてそのような音がしない方が少ない。長男は気にせず、さらにそれを伝えた残りの家族も全員気にしなかった。

「しかし異変は私がパートから帰って来た時のことでした。今日も疲れたと思いながら家に入ろうとすると『このように』なってしまっていたのです」

 このように、というのは今の現状のことだろう。

 ウシロはまたもや目を凝らす。そこにあるのは先ほども見た、新築の家。

「新築ねぇ・・・」

 男が見たその家は・・・どこの廃墟だというぐらいに退廃した家であった。去年建てたばかりの家。新築の家のはずだったのに、ツタが絡まり、ヒビが入り、色がくすみ、今にも崩れ落ちそうな家。

 現在その家族は祖父母の家に泊まっているのだとか。

「確かに崩れたら危険ですね・・・んん?しかしあの一角、ヒビはあるもののツタはないみたいですが・・・古びる速度も場所によって違うのか・・・?」

 比較的きれいな一角、2階の左側、そこにはツタすらもなかった。

「あそこは私の部屋です」

「奥さまの・・・」

 そう言いながら、ウシロはとうとう家の中へと足を踏み入れた。

 ぎしぃ、ぎしぃ、ぎしぃ。

 今にも床が崩れ落ちそうである。一応、女性の目もあるし靴を脱いで上がったのだが、これでは靴で上がった方が安全だったかもしれない、とはやくもウシロは後悔した。

「なるほど、確かに去年建てたばかりとは思えませんね。建てたのはご主人が?」

「はい、こう言うのもなんですけれど、割といいお給料をいただく仕事をしていまして、それでこの家の購入を決めたのです」

 ウシロはあたりを見る。

 内装は外装ほどボロボロではない。しかし新築というには明らかに古すぎる。人が住んでいるという場所とは思えない・・・と感じるのは祖父母の家に家族全員が泊っているからであろう。

「これは異質ですね、確かに。とてもじゃありませんが、新築とは思えません」

 ウシロはこの時点で解決方法なんてまるで浮かんでいなかった。もうこれはとんずらするべきかな、なんて考えていたりしたのだ。しかし、ウシロは女性の部屋へと入ることにした。

「確か、あそこだけきれいだったような・・・」

 ならばそこに何かがあるということだろう。とはいいつつも、調査しました感を出すために一通り見ておく。まずはリビング。当たり前のようにものなんかほとんどないが、重そうな家具はまだそのままだ。

 埃はかぶっているもののこの家具たちは目新しい感じがする。これぞまさに新築という感じだ。

 これが正しい時間の流れなのだろう。

「うーん・・・」

 悩む。

 いや、厳密には悩むそぶりをする。そうすることでまた一生懸命取り組んでいると錯覚させるのだ。この時点でウシロは解決を諦める気満々であった。

『・・・セイダ・・・・・』

「・・・・・」

『オ・・・セイダ・・・・』

 声が聞こえた。

 これがウシロが詐欺ではなく、本職の怪奇現象専門家になろうかと思った理由の1つである。何かの声。異質な声。それが聞こえるという異質。それがウシロを襲った出来事であった。

「奥さん、あなたのお部屋見させてもらいます。あなたは危険ですので、ここで待っていてください」

「危険・・・?」

「異質なものが聞こえました。信じてもらえないかもしれませんが、危険かもしれません」

「分かりました・・・。もうこんなことにあっているので今更信じないことはないです」

 そう言われ、ウシロは階段を駆け上がる。

 2階、左の部屋。いや、外から見て左だったからどっちだ?と一瞬迷うものの、すぐに分かった。分かったというよりも、納得せざるを得なかった、ということだが。

 中に入らなくとも分かる。この異質な家で明らかに異質な場所。

「綺麗か・・・」

 そう呟きながら、中へと入って行った。

『オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ、オマエノセイデ』

 とてつもない声量。

 とてつもない悪意。

 それがウシロに流れて行く。しかしウシロはあくまで冷静にこれを『見ていた』。

 本物の怪奇現象専門家になった理由の1つ。

 異質を見る能力。

「わかったよ、お前の気持ちは十分な」

 そう言って、ウシロは扉を閉める。

 ウシロはある覚悟を決めて、1階へと降りていった。

「あの、どうでしたか?」

「えぇ、分かりました。確かにこれは怪奇現象で、異質なものだ。俺の範囲内ですね。では結論から言わせてもらうと、これは逆さ亀の仕業ではないかと考えました」

 ウシロはゆっくりと語りだす。

「逆さ亀・・・?」

 女性はなんだか分からないかのように復唱する。

「分からなくて当然です。この現象の名前を付けたのは俺の同業者ですし、俺だってこの職業をやるまでは分からなかったことです」

 そういう前置きを入れて、相手の理解を助ける。

「前例は何度かありましたね。正亀という現象もありまして、これは古くてしょうがないものが新しくなるという現象なのですが、これありきの逆さ亀です。正亀の現象の逆だったから逆さ亀と名付けられた。亀は長生きですからね、それは自然と長い時間の象徴とされてきたんです」

 長い時間の象徴。

 しかし逆さ亀はその逆。長い時間を瞬間的に短い時間へと変えてしまう。

「老朽化が進んだのもそのせいでしょう。ただ、逆さ亀だけでは説明できない点もある」

「それはどういう・・・」

「家の外装に生えていたツタですよ、植物。逆さ亀の現象でいうと植物も短い時間で死んでしまうのです。それこそあんなに成長することなく、しかもなぜかあなたの部屋には全く生えず」

 これはおかしい、と説明する。

「逆さ亀だけじゃない、ここには2つ目の現象があったということです」

「2つ目の・・・」

 2つ目の憑きもの。

「植物を成長させるのは水通し、一部だけ怪奇現象を抑えることのできる怪奇は蝋燭照らし。しかしそのいずれでも説明できない点がある」

 ウシロはゆっくりと紡ぎだす。

「影絵、という怪奇がありまして。影とは死のことを現しているんです。すなわち死んだ人が描く絵、ということでしょうね、恐らく。今回はそれにそっくりだ。死んだ人の描いたものが絵になって見えるように、死んだ人がこうなってしまえばいいと思った怪奇が実現する。ただしそれは幻想の類でして、実際は怪奇なんて起きていない、人の目を騙すだけのしょうもない怪奇です」

 ただ、と区切る。

「ここまでのものは見るのも初めてでしたが。これでは確かに例え幻想でも実現してしまいそうな恐ろしさがありますね。だから、きっとツタを絡めたのでしょう」

「どういうことですか・・・?」

「あのツタは恐ろしく頑丈でした。この家に入る前に少し触ってみたんですけれどね。俺はてっきりあのツタは老朽化の1つと思っていました。古い家にはよく絡まったりしていましたし、とても綺麗とは思いませんでしたけれど。しかし違った。あれは老朽化による崩壊を防ぐものだったんです、たぶんですが」

 ウシロはまたそこで自分に保険をかけた。

 しかし女性はそれに気付かず、ウシロの話を真剣に聞いている。

「ツタで絡めて、もし崩れたとしても少しでも時間が稼げるように。まぁ、当然です。幻想とはいえ、幻覚とはいえ、家自身が錯覚してしまいそうなぐらいのものだったのですから。しかし、そうなるとおかしいですね。あなたの部屋の部分にだけツタがないのは」

 にやり、とウシロは笑った。

「まるであなたの部屋だけ崩れていいとでも言いたげだ。今は祖父母の家にいるとおっしゃってましたが、昔は住んでいたわけですよね。それで崩れでもしたらあなたは死んでいたでしょう。錯覚でも脳がそう認識してしまったらそうなってしまう、それが怪奇の恐ろしいところでもありますから」

 女性は息をのんだ。

「どうやら怪奇自身、怪奇にそういう自我があるかは分かりませんがそれ自身が逆さ亀と自分のことを認識していたのでしょう。自分自身もまた、怪奇に騙されていたとは滑稽ですが。だから一部の老朽化をとめることはできず、一部のツタをはやして乗り切ったということでしょうか。そう考えると水通しと誤認していた線もありますね。なんにせよ、他の怪奇だとすると中途半端だ。穴がある」

 そういえば、とウシロは言った。

「あなたの家は4人家族でしたね」

「・・・えぇ」

「で、その稼ぎのいいご主人はどこにいったんですか?」

「・・・」

「写真にうつっていたのはそれもあなた、長男、長女、次女の4人家族だけ。おかしいですね、新築の家を建てるためのお金を稼いだのはご主人でしょうし。さらにいうならそんなに十分な収入があるのになぜ、あなたはパートに行ってるんですか?見た感じキッチンやらの洗濯機はとても新しく素晴らしいものでした。それはあなたが家事に集中してほしいというご主人の要望だったのでは?」

 なのに。

「そのご主人がいませんね。ちなみに俺は先ほども言いましたが、異質を聞くことができまして。オマエノセイダ、とはなんのことでしょうか。まさか奥さま」

 一番の笑顔でウシロは。

「あなたのご主人、殺しちゃいました?」

「な、なにをっ!」

「ああ、いいんですいいんです。答えなんか言わないでください、見苦しい言い訳もそれは答えとして十分過ぎます。だから何も言わないで。俺は探偵でも警察でもない。俺に話されても困る。ただ、もしそうならば、あなたたち家族はずっと悩まされるでしょう、怪奇に」

「・・・・・どういうことですか」

「ご主人は諦めてないということです。次に老朽化するのはあなたの祖父母の家でしょう。どうしても怪奇から離れたいのならばあなたなりのけじめを見せる事でしょうね。何がけじめになるのかはどうかご自分でお考えください」





 ウシロは本当に答えを聞かないまま、家の外へと出てしまった。手には報酬金、依頼金。それをポケットにしのばせる。大きく息を吐いた。

 ウシロは歩き出す。遠目に家を見ると老朽化は嘘のようになおっていた・・・ように見える。実際はどうなのか分からない。あの女性が何かけじめをつけたということなのだろうか。そう思うもののウシロにはすでに過去のことだ。

 いつものように放浪を続けて仕事を見つけるだけだった。

ぱっと思いついたもので書きたいなーというものはこうして一度短編にすることにしてます。いざ書いてみると短編に向いたものだなと思いました。


~編とあるように恐らく他の編も思いつけばこうして投稿します。


お正月用の小説でも書こうかなとも思っていましたが、こんな日にちになってしまったので。


次は連載作品の投稿かな、と。いやこれ前も言いましたっけ・・・。

ではまた次回。

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