邂逅(一)
港には幾艘もの縦帆船が入港して荷役をおこない、波止場はそこに積まれたさまざまな荷物で賑わっている。港と市街をむすぶ税関は、荷物と人であふれて過密のなやみをかかえこんでいた。街の中心には鐘楼がそびえて、住人たちに入出港の時間を知らせる役を担っている。港と門とを横断する大通りは、その名と役目に違わず、多くの荷物と人を街の内外へと運ぶ道筋となっていた。いそがしそうに往来する馬車たちが、石畳に車輪を打ちつけて、大通りを幾度もすれちがっていった。
大通りの周辺には、さまざまな店や市が立ち並び、食欲を刺激する匂いが潮風にのって吹きつけてきていた。それにつられた船乗りや、ひと仕事を終えた港の男たちが、酒場で騒ぎたてている。多くの人があふれ、行き交い、毎日が祭りのような賑わいは、王都ジェラルディンにも劣らない。そんな風景が、連日のように見られた。
……かつてのクレジオスは、まさにそうだったのだ。だが、いまの状況を見て、誰がそれを想像できるだろう。
港には入港する船の影はなく、波止場は荷物など存在せず閑散としている。港からの税関は無人のままで、過疎になやんでいた。時間を知らせる鐘楼は、どこにも望むことはできず、大通りを行き交う馬車は見あたらなかった。その大通りの周辺には、賑わいを見せる店や市など立ってはおらず、行き交う人もほとんどなく、街は静かにたたずんでいた。壊滅した鍛冶の街アレイユのように、クレジオスは死の匂いを潮風とともに漂わせていたのだ。
倒壊し、無残な姿をさらす鐘楼を境界として、港に向かう方角には廃墟しか存在していなかった。アレイユと同様にあらゆる建物は倒壊し、がれきに姿を変えていた。ただ、港と市街をむすぶ税関のみが、両者をへだてる石壁とともに鎮座していた。
それでも、全滅をまぬがれたクレジオスはすこしずつではあるが立ち直ろうとしていた。
故郷の惨状を聞きつけた人々が、各地から集まってがれきをかたづけている。また、倒壊した建物を再建しようとする人たちもいる。そして、そんな人々に食事や寝床を提供するために、さほど多くはないが店も開かれているようだ。
もちろん無料で、というわけではないのは、店主たちにも生活がある以上、しかたないことなのだろう。
数日をかけて、ワルド山脈からクレジオスへたどり着いたシーサリオンも、街の状態を悲哀なまなざしで見つめていた。
だが、これほどの状況だというのに、クレジオスには死者や負傷者の姿が見受けられなかった。がれきの下から、誰かのなきがらが見つかったなどということもなかったのだ。
シーサリオンは知ることはなかったが、アレイユのときと同様の事態がクレジオスにも起きていたのである。しかし、アレイユと決定的にちがうのは、街の住人に生き残った人々がいることだ。
状況を知るものと知らないものとで会話が交わされ、それがざわめきとして街の息吹になっていた。
「だから、目の前で消えちまったんだよ! あいつが……」
「落ちつけよ。人が光になるなんて、そんなこと……」
聴こうとしなくても、さまざまな会話が耳に飛びこんできた。それらの会話は、シーサリオンの心を万力のように締めあげているようだった。むろん、シーサリオン自身に非はないのだが、彼がもつ王族としての責任感に近いものが、シーサリオンを苦しめていたのだ。
だが、シーサリオンはその苦しみにつぶされることはなかった。悼みを力にしてその瞳に宿すと、彼は前をまっすぐ向いた。ルヴェインとの別離が、シーサリオンの心にさらなる強さを与えたようだった。
太陽は天頂に所在を定めたばかりだったが、シーサリオンは宿をさがしていた。初冬とはいえ、日暮れは予想より早い。暗くなる前に、寝床を確保しておくことは重要だろう。
やがてシーサリオンは、人魚をかたどった小さな看板を掲げた、一軒の宿屋を見つけた。「人魚亭」という、看板そのままの名を持つ宿屋は、掲げる看板の大きさに比例した規模の宿屋だった。二階建てではあるが、部屋数は三、四室ていどだろう。それでも一階が酒場なら、食事もここでとれそうだ。
その控えめなたたずまいがシーサリオンは気にいったのか、入口の扉に手をかけた。なんの抵抗もなく開かれた扉を抜けて店内に入ると、ひとけのない閑散とした酒場がシーサリオンをむかえた。数脚の椅子を供にしたテーブルが四つ、無人のままで店内を占拠していた。テーブルと椅子にはうっすらと埃が積もり、彼らが使われていない時間を視覚化していたようだった。
「……いらっしゃい」
奥のカウンターで店主らしき中年の男が、うろんそうな目をしてシーサリオンを見ていた。シーサリオンは穏やかな笑みを浮かべて、男に顔を向けた。
「こんにちは。部屋は空いているかな?」
カウンターにいるやせぎすの男は、薄くなった頭髪をかきむしると、細い目をさらに糸のようにして、もっともらしく宿帳をめくった。
「あいにくと今日はもう満室だな。相部屋でもいいってのなら、ベッドはひとつ空いてるがね」
「大丈夫。相手がいいというなら、かまわないよ」
「先客には承知してもらっている。部屋は二階のつきあたりを右側だ。悪いが宿賃は前払いでたのむぜ。あと、食事はよそですませてきてくれ。残念ながら、うちじゃあそこまで賄えないんでな」
差し出された店主の手に銀貨を五枚のせて、シーサリオンが宿帳に記入すると、真鍮の鍵がカウンターになげだされた。店主の無愛想な顔が、薄汚れた鍵をさらに貧弱に見せていた。
「鍵はそれだけだ。なくすなよ」
「ありがとう」
成立していない会話を交わすと、シーサリオンは階段へと向かった。
一階の床から十段めが踊り場で、踊り場から八段めが二階の床だった。正面に延びる「人魚亭」の廊下は、静まりかえって薄暗く、旧い時代の旧い坑道を思わせた。誰かが往来した形跡をしめすように、乾いた空気に埃っぽさはなく、それが人の存在を感じさせていた。
二階のつきあたりの右側。そこがシーサリオンが泊まる部屋だった。かるくノックをすると「あいてるよ」と返事があった。ややあってシーサリオンは扉をあけた。
部屋のなかは狭く、調度は少ない。入口の正面と左側に窓があるおかげで、部屋のなかは明るかった。左の窓際に小さなテーブルがあり、その従属物のように椅子が二脚向かいあっていた。その反対の壁際に、ベッドがふたつ。それがこの部屋の調度のすべてであり、それらがあるだけで、この部屋はずいぶんと手狭になっていた。
正面の窓際に青年が立っていた。青年は窓からクレジオスの街並みを見つめていた。
「なんだよ。そんなに見張らなくったって、逃げやしねえよ。そりゃあ……って、こりゃ失礼」
振り返った青年が、ばつが悪そうに頭をたたいた。年齢は二十代後半くらいだろうか。シーサリオンより頭半分ほど背が高い。陽に灼けた身体は、しなやかな筋肉でおおわれており、肉食の獣を連想させた。闇夜のような黒髪は背中まで伸びて、それを肩口でまとめている。鼻梁の高い端正な顔だちは、シーサリオンとはまた違う好男子だった。切れ長の目に琥珀の瞳をのせて、青年は精悍さと悪戯っぽさの同居した笑みを見せた。
「なんだ、相部屋の相手だったんだな。こいつは悪いことをした。ここに泊まって三日めなんでな、宿屋のおっさんが宿賃を踏み倒すんじゃないかって、たまにようすを見に来やがるんだ」
「でも、さっき宿賃は前金で払ってくれっていわれたよ」
「ああ、そりゃおれのせいだな。おれが来たときは、はじめは手付だけで、残りはあとで精算だったんだ。おれがちっとも出ていかないもんだから、不安になったんだろうな」
肩をすくめると、青年は右手を差しだした。
「おれはエモルディだ。傭兵稼業であちこちを渡り歩いてる。短い間だが、よろしくな」
「ぼくはシーサリオン。よろしく」
差しだされた手を握りかえし、シーサリオンは短く名乗った。素性をいうわけにはいかなかったし、いったとしても信じてはもらえないだろう。
「しかし、ひどいありさまだな」
エモルディが窓の外を眺めやって、つぶやいた。つられてシーサリオンが視線を向けると、クレジオスの街並みが見えた。この「人魚亭」あたりを境界にして、線を引いたように、崩壊した部分とそれをまぬがれた部分が分かたれていた。それがあまりにも明確すぎて、見るものにどこか現実ばなれした印象を与えていた。
「これをやったのが、たったひとりの魔術師だっていうじゃねえか。信じられるかよ?」
音が鳴るほど奥歯をかみしめて、エモルディはくやしげな声をもらした。シーサリオンはむろんわかっているのだ。この惨劇を引き起こした魔術師の存在と、それが現実であるということを。そして、エモルディ同様に、その胸にくやしさを抱えているのだろう。
「それに、死体も見つかっていないそうじゃねえか。これじゃあ……」
アレイユと同じじゃねえか。そういおうとしたのだろうが、エモルディはすんでのことで言葉を飲みこんだ。
ふしぎそうに首をかしげるシーサリオンに、エモルディはややぎごちない笑顔を向けた。
「腹へってないか? 飯でも食いにいこうぜ。おごってやるよ」
「そんな、悪いよ」
遠慮するシーサリオンの言葉にかさなるように、彼の胃が抗議の声をあげた。態度とは逆に、シーサリオンの身体は空腹を訴えたのだ。朝からなにも食べていなかったのだから、当然である。きまりが悪そうに苦笑するシーサリオンを見て、エモルディが破顔した。
「なんだ、胃袋のほうが正直じゃねえか。なあに、懐工合は気にすんなよ。前の仕事がいい稼ぎになったんだ、余裕はあるぜ」
「それじゃあ、遠慮なく」
「そうこなくちゃな。他人の好意は受けとくもんだ」
シーサリオンの肩に手をおくと、彼を半ば引きずるようにしてエモルディは部屋を出た。無愛想な店主に鍵をあずけると、かわりに割符をわたされた。戻ってきたときに、これが鍵の引き替えにいるそうだ。「飯にいってくる」そうエモルディが告げると、店主は不満そうに短く鼻を鳴らして応えたのだった。
店主の態度に、なにかいいたげなエモルディをシーサリオンがなだめるようにして、ふたりは「人魚亭」をひとまずあとにした。
「……さて、どこかいいところはねえかな」
エモルディはそういって、人通りの少ない大通りを見わたした。その言葉に驚いたようにシーサリオンがエモルディを見た。視線に気づいて、エモルディは照れくさそうに笑った。
「おれは昨日まで手持ちの食糧でやりくりしてたからな、外へ飯を食いに出るのは今日がはじめてなんだよ」
「ああ、なるほど」
「だからシーサリオン、おまえもさがしてくれよ。うまい飯が食えて、若くて美人の看板娘がいる店をさ」
それは贅沢な望みというものだ。いまのクレジオスの台所事情で、潤沢な食材をそろえることなど至難だろう。もっともそれより、若くて美人の看板娘を見つけるほうが大変かもしれない。まあ、それはどの街でも共通のなやみではあるのだが。
ともかくシーサリオンとエモルディは、食事のできそうな店をさがすことにした。とはいっても、対照的ながら、どちらも人目を引く容貌のふたりである。老若とりまぜた女たちからは恍惚の視線を、男たちからは羨望と嫉妬の視線をあびせられ、それを引きずりながら街を歩くこととなったのであった。
店の繁盛ぶりは、客の数であるていどの予測ができるだろう。混雑しているのは安いだけかもしれないし、かといって少なすぎるのは味のほうで不安になる。折合いをつけて、ふたりはそこそこ客の入っている酒場をさがしだした。陽に灼けた男たちがいくつかのテーブルについている。その騒がしい連中からすこし距離をおくように、ふたりは隅のテーブルに席をとった。
愛想のよさそうな娘が注文をとりにきた。小麦色の肌が健康的で、すこし気の強そうな顔だちは整っているほうだろう。ただ、娘というにはきびしい年齢かもしれない。
エモルディは「あたりだ」といわんばかりの視線をシーサリオンに向けたが、どう反応していいかわからないシーサリオンは、あいまいな苦笑を返しただけだった。
「とりあえず、なんか食うものを。いろいろ出してくれよ。……酒? おれはいいや。おまえはどうする」
「ぼくも酒は遠慮するよ。かわりに香茶をもらえるかな」
シーサリンの注文にエモルディが便乗し、しばらくすると料理が運ばれてきた。
小麦で作られたパンはふっくらとしており、ともに出された野菜のスープとも相性がいい。数種の香草とともに焼かれた魚は、香ばしさのなかに鼻腔と食欲を刺激する成分が含まれているようだ。肉と野菜をつつんだミートパイは、胃袋を満たすのにじゅうぶんであったし、ウズラの肉いりシチューは、残ったパンをかたづけるのにも役にたった。
供された料理をきれいにたいらげたふたりは、最後に出された香茶を口にしていた。その香気は、食後の気分を落ちつけるのにちょうどよかった。
「あんたたち、ここらじゃ見ない顔だけど、旅人かなんかなの?」
香茶を運んできた女が、興味深げな目を向けた。シーサリオンとエモルディは一瞬目をあわせ、「そんなものだ」と応えた。
「ふうん。しかし、ずいぶんともの好きね。こんな荒れ果てたところに立ちよるなんて」
「……ここはおれの故郷よりましさ。まだ人や建物が残ってるんだからな」
香茶を飲みほして、エモルディは寂しげな笑みを浮かべた。シーサリオンは驚き、給仕の女は困惑の表情を見せた。
「あんた、ひょっとしてアレイユから来たの?」
「ああ。襲撃を受けたってうわさを聞いたんで、ひさしぶりに故郷に戻ってみたんだが、無残なもんだったよ」
エモルディの顔には、どこかあきらめたような色があった。シーサリオンも給仕の女も、どう声をかけていいのかわからず、酒場の喧噪さえも沈黙したような空気を漂わせていた。
「こんなしけた話はやめにしようぜ。胃袋も満杯になったことだし、そろそろ行くとしようや。いくらだい」
つとめて明るくふるまうエモルディにあわせて、給仕の女は笑顔を見せた。
「ありがとね。三金貨いただくわ」
その金額に、シーサリオンは香茶を吹きだしそうになった。エモルディはというと、腰の革袋を紐解きかけたまま、固まっていた。
「……は? すまん、もういちどいってくれないか。いくらだって?」
大きく息をついて、給仕の女は腰に手をあてた。そして、幼児にでもいいきかせるように、ゆっくりと口を開いた。
「三ギル。大陸金貨で三枚よ。銀貨で六十枚でもかまわないけど、銅貨はやめてほしいかな。なんたって千二百枚にもなるんだからさ」
わからないのは金の単位ではない。そもそも、大陸で金の単位は共通だ。金貨一枚は銀貨二十枚、銀貨一枚は銅貨二十枚。このランテーゼ大陸にいれば、それは変わらないのだ。おかしいのは金額のほうである。
「おいおいおい、いまの料理が金貨三枚だと? ふつうに暮らしてりゃあ、ひと月は過ごせる額だぜ! それともあの料理は、王宮に出すようなお高い食材でも使ってたってのかよ」
「たしかに、料理だけなら銀貨十枚くらいだけど。でも、あんたたち旅人だよね? この街は復興中でさ、あんたたちみたいに手を借りられない連中からは、金銭で協力してもらってるの」
もっともらしい言分だが、相手の意思を無視しているのでは、それは略奪と変わらない。その一方的な要求に、「ふざけるな」といわんばかりに立ちあがろうとしたエモルディだったが、そのとき離れたテーブルにいる男たちから、ただならぬ気配が漂ってきた。それを感じてか、エモルディは行動を実行には移さなかった。さすがに、まともに相手をするには数が多すぎるだろう。エモルディがいくら腕が立とうとも、数の暴力にはかなわないのである。
灰汁をまとめて飲みほしたような忌々しげな表情で、エモルディは腰の革袋をはずすと、中身をテーブルにぶちまけた。はでな音をたてて、数十枚の硬貨がテーブルを転がった。一枚の金貨と、十数枚の銀貨。残りはすべて銅貨だった。
「金貨が一に、銀貨が十九。あと銅貨で二十二か。金貨一枚ぶん足らないね」
半端の銅貨二枚とともに、冷たい声がエモルディに返された。それとともに、周囲の男たちのただならぬ気配が陰惨な濃さを増してきていた。足りないぶんは労働で補え、ということだろうか。
殺気にも似た気配をはらんだ男たちが、実力を行使しようと席を立つより早く、シーサリオンが意を決したように口を開いた。
「金貨三枚だね。これでいいかな」
思わぬところから差しだされた三枚の金貨を、ためらいなく給仕の女は手にとった。なんども眺め、確認し、表の刻印を見る。
「……へえ。フランジアの金貨なんて、めずらしいじゃない」
流通する最高額の貨幣である金貨は、製造した国によって表面にさまざまな刻印がなされていることが多い。そのため、製造した国の名をとって「フランジアの金貨」などという呼ばれかたをされることもあった。もちろん、フランジアで金貨はもう造られてはいない。めずらしいというのは、そういうことだった。
「それじゃだめかい?」
「いいえ。どこの金貨だろうと、真物なら大歓迎よ。たしかに金貨三枚いただいたわ。……こっちはもういらないかな」
給仕の女は呆然とするエモルディに、彼の全財産をそっくり返した。「じゃ、また来てよ」といいのこし、女は店の奥へと消えていった。給仕の女がいなくなるとともに、酒場に漂う不穏な空気も消えていったようだった。
シーサリオンは、幻想の国へ逃避したまま、いまだ現実へ帰ってこられないエモルディを強引に立たせた。テーブルに散らばったままの彼の全財産を革袋に戻すと、半ば逃げるように酒場をあとにした。
大通りに出ると、エモルディはやっと幻想から帰ってきたのか、恥ずかしそうにシーサリオンに頭をさげた。
「すまねえ。でかい口をたたいたわりに、みっともないことになっちまったな。この借りはかならず返すぜ」
「あれはしかたないよ。あの食事で金貨三枚だなんて、想像できないもの」
シーサリオンはなんともいえない苦笑を浮かべた。「まったくだ」と同じように苦笑したエモルディだが、その目はなにかをいいたげにシーサリオンを見ていた。それに気づいてシーサリオンが怪訝そうな顔を向けると、エモルディは意味ありげな笑いを浮かべただけだった。
「さて、腹もいっぱいになったことだし、無愛想なおっさんがいる宿に戻るとしようかね」
飄々とした態度で、エモルディは「人魚亭」へと足を向けた。はぐらかされたようなシーサリオンは、どこか納得がいかないようすだったが、問いかけても答えは返ってこないだろう。シーサリオンはすぐに表情をあらため、港の方角に視線を向けた。
「ぼくはちょっと港を見てくる。エモルディは先に戻ってくれていいよ」
こんどはエモルディが怪訝な表情をすることになった。
「行ったってがれきの山だぜ、たぶん。アレイユがそうだったようにな」
「それでも、この目で見ておきたいんだ」
シーサリオンの王族としての責任感が、そうさせようとしたのだろうか。それとも、伝聞ではなく、自身の目で見ることこそが重要だということに、どことなく気づいていたのかもしれない。
いうだけむだだと悟ったのか、エモルディは足を向けた。「人魚亭」ではなく、港のほうへと。
「しょうがねえな。つきあってやるよ。だけど、徒骨だったからって文句はなしだぜ」
微笑いながらシーサリオンの肩をかるくたたくと、エモルディは先導するように歩きだした。