2 日常からあふれる空間
――いつもの通学路
なんか、新鮮な気持ちだ。華音と水奈が来た時のことを思い出すなと。何もない日常、そこに1人の妹ができた。これが俺にとっての分岐点へとなった。
今までは、勉強だけしていればどうにかなると思っていたほどだ。友達も真司しかおらず、家と学校を往復する日常ばかり。誰かとどこかに出かける。特に、女性と出かけるなんてことはなかった。
「なんか、俺も変わったな。今までなら、こんな日常が楽しいなんて思わなかった」
「どうしたの。真剣な顔をして……」
「いや、俺の周りもにぎやかになったなと思って。今まではこんなことなかったからな。華音と水奈が来るまでは」
「そうだったの。最初に会った時の和孝はいつも暗い表情していたものね。この世の者とは思えないほどに……」
「余計なお世話だ。まあ、二人のおかげで変われたのは本当かもな。ありがとうな、華音」
俺は華音を見ながらお礼をいうと、顔を赤らめていた。相変わらずわかりやすい奴だ。本当に素直になればいいのに……。
「何よ、急にお礼を言われても何も出ないわよ」
「それでもいいんだ。俺も素直にならないといけない時期がやってきた気がするからな」
「それってどういう意味?」
「そのままの意味さ。そのうちわかるよ、その意味がな」
華音の質問に濁しながら答えた。今、ここでいうことではない。俺の気持ちを。ここではない、しっかりとした場面で伝えるべきだと。
俺は華音の腕を取りながら、
「ほら、行くぞ。早くしないと学校に遅れるぞ」
学校に着くと、いつも通りのメンツと顔を合わせる。そのメンツの一人が不思議そうな顔で見ているではありませんか。
「おい、お前らいつからそんな関係になったんだ?」
「何のことだ?」
真司は知らないかのように聞いてくる。本当にいい性格をしているよ、本当に。
「それは、手をつなぎなら登校してくるというのは、そういうことだろう。お前も本当に変わったな」
「いや、一緒に住んでいるんだし。それくらいはあたり……」
俺は気が付いてしまった。いや、修学旅行のせいで感覚が鈍っていたのかもしれない。一つ屋根の下で暮らしていたとしても、手をつないで登校してくる奴はいるか。それに、水奈とは一度もやったことなかった。やべぇ――、しくじった。
「それは、まあ。あれだ、なんというか……」
「会話できていないぞ。やっぱりな。お前はそういうやつだと思ったよ。というか、あの二人が来てから、変わったといえばいいか」
「ねぇ、もう離してくれる? 周りの視線がものすごく痛いんだけど……」
「そうだな、ごめん。つい、学校に行くことに夢中になってしまって……」
二人とも沈黙してしまう。なんか、気まずい。それでも、真司は笑っているし。
涙をだしながら、笑っている真司が俺の耳元で話す。
「お幸せにな。お前ら二人とも、両思いだろ。このまま付き合っちゃえよ。それとここに東京スカイツリーのペアチケットがある。これを使って、休日にでもデートしてこい」
素直に喜んでいいのか、分からないが応援はしてくれるみたいだ。相変わらず、隅に置けない奴だ。俺たちの行動を瞬時に察し、二人が幸せな方向に進むように下準備をする。
本当にいい奴だよ。誰か、こいつをもらってあげてくれ。
「おっと、言い忘れたが、俺も恋人出来たからよろしくな。まあ、まだ公表はしないけどな。だって、面白くないからな」
本当にいやな奴だ。俺はこいつが嫌いだ。本当に嫌いだ。気を使ってくれるそのおせっかいが心にしみるから。
「何を話しているのよ。私を置き去りにして。本当にこの二人の考えていることは分からないわ。それに、私はこのクラスで浮いている気がするわ」
「奇遇だな。俺も実は浮いているような気がするんだ」
「和孝もなの。それはいいわね。やっぱり、私たちはおかしい人たちなのね」
「それは当たり前だろう」
誰だろうか、遠くから声が聞こえてきたような気がする。
「お前たちのために修学旅行を用意したんだ。そうなってもらわないと困る。というか、みんながカップルを作ってもらわないと、今後の日本はな」
はい、出ました。恩着せがましい人がここにいますよ。本当にこの人のせいで振り回されたというのに、それに対しては何とも思わないのか。
「はい、ホームルームを始めるぞ。席について」
この時のクラスはとてもにぎやかであった。だって、教師である担任が行ってはいけないことをいったからだ。カップルを作るために作られた修学旅行だと。
おいおい、高校生に不純異性交遊をさせていいのか。まあ、俺の場合はそうではないが。
「真剣な話をしよう。修学旅行はどうだった。担任としてはとても楽しかった。なぜなら、カップルがこんなにもできたのだからな。担任にも春が来たし、めでたしめでたし」
「全然、めでたくんねぇ――わ。あんたのせいで色々大変だったんだぞ」
「どうした、和孝。今日は威勢がいいな。ああ、素敵な異性を見つけたからか。さすが、草食気取りの肉食は、レベル違うな」
「学校の先生がそれをいうのか、どう見てもおかしいだろ」
「おうおう、学校の先生には敬語を使うのが礼儀ではないのか。勉強しすぎてそんなことも忘れてしまったのか。先生は悲しいよ」
「棒読みでいわれても全然、響かないんですけど。どうなっているんだ、この学校は」
クラスのやつらはまた来たよみたいな感じで盛り上がっている。そんなに面白いやり取りをしているわけではないのだがな。
「そうか。つい、いじるのが楽しくってな。それにもどかしかったからな。今回の修学旅行で収穫はあったんじゃないか? それともヘタレだったのか」
何だろう、この羞恥にさらされている気分は。俺にはプライバシーというものがないのかを考えてしまう。担任はあんな感じだし、いつもからかってくるし。
「それは収穫だってありましたよ。なんですか、信じていないんですか?」
「だって、ガリ勉にそんな度胸があるとは考えられないからな。まあ、せいぜい頑張ることだな」
「それはいわれなくてもそうしますよ。もう、公開処刑を受けましたからね」
本当にこの担任は苦手だ。かばうってことをしないのか。
担任を言い合っている中、華音は不満げにこちらを見ながら、一言。
「本当に和孝って、デリカシーがないわね。呆れるわ」
これは愛情の裏返しなのだろうか。不満げではありながら、顔は真っ赤ってどういうことだよ。本当にいいツンデレだな。
「おっと、HRに戻るか。今日の連絡は……」
担任の一言で場の空気はいつも通りの授業体制に入った。それでも、一部の人の目線は変わらない。いつもよりも居づらいクラスになってしまった。