38 買い物だけ
「なんか、深刻な顔をしているな。どうしたんだよ」
「いや、大したことじゃないんだけど、担任にどんな権力があるかと思っただけさ」
「確かにな。あれは本当に考えていることが見えないだけじゃなくて、やることがすごすぎてやばい」
「くだらない話をしていないほうがいいじゃないの」
「確かにそうね。和孝がどんなことをやってくれるのか楽しみね」
「麻衣、変なこと考えているわけじゃないよな」
「そんなことあるわけないでしょ」
バスの中で横一列で話すのは何か変な感じもするが、楽しい。それが顔を見ながら話せるからかもしれない。
「みんな楽しそうで何よりだよ」
「悠馬も楽しんでいるの。話に入れないでしょ」
「大丈夫だよ。真司。聞いてるだけでもいいからさ」
悠馬の笑顔は輝いていた。それは周りを知っているかのように……。俺たちにはわからないことを詳しく知っているかのように聞こえるのは怖いと思った。
「もうそろそろで札幌の市街地に入ります。今までの景色とは変わり、都会のような街並みが見えてまいります」
今までゲームをしたりと時間をつぶしていたメンバーが一斉に窓を見始めた。
「札幌市内には北海道では有名な会社がございます。その会社の名前はお分かりになりますか?」
そんなことをいきなり聞かれたせいなのか、みんなは全然ぴんと来ていないみたいだ。
「さすがにわからないよな。どう思う、和孝」
「俺に振るのかよ。俺だって旅行をするのが趣味じゃないから詳しくは知らないぞ」
「だよな。悠馬は知っているんだろうな」
真司は何もかも知っていると思える悠馬を見ながら話す。意地の悪いやり方だ。
「そんなの僕が知っているわけないでしょ。北海道に住んでないとわからないよ」
「じゃあ、私が答えて見せるわ」
「いやな予感しかしねぇ――」
俺と真司は出しゃばりたい華音を見てあきれた。どうせ、変なことを言い出すんじゃないかって。
「ルタオでしょ。本社は札幌にあっても不思議じゃないもの」
「それは違うんですよ。あまり予想はつかないですよね。小樽に直営店はありますよ」
「わかった。六花亭ね」
麻衣がすんなりと答えると、華音は悔しそうに下を向いた。麻衣は偉そうにせずに、笑顔を見せるだけだった。どうやら、華音の扱いになれているみたいだ。
「知っていたわよ。少し間違えただけじゃないの」
「そんなこといわれても説得力ないよ」
「うるさいわね。私の勝手でしょ」
このまま、二人のことをほっといても拉致があかない。仕方なく俺は間に入ることにした。
「そんなこといいだろ。それよりも、今日はどうやって過ごすかを考えろよ」
「確かにそうね。いわれたら目が覚めたわ」
「とりあえず、華音が私が言うことにムキで対抗するから楽しくってね。つい、いじっちゃんだよ」
「何よ。私は別に対抗なんてしてないし。ただ、変なこと言うから修正しているだけだし」
「まあ、そんなこと言わずに、今日は大変な一日になるんだから」
こんなことを言っているうちに最初の目的地についていた。
「皆さん。もうすぐ札幌市内に入ります。その後は自由散策になりますのでよろしくお願いします」
ガイドより案内があると、バス内の雰囲気が一気に変化した。
「いや、なんかやっと着くのかって感じ。北海道ってこんなにも移動が大変なんだな」
「初めてだとわからないよな。俺も少し驚いたし」
「そうね。私も北海道は魅力がある場所として認識していたけど、観光地がバラバラで移動するのも容易じゃないことがわかったし」
そんなことを話しているうちに到着していた。
「お前らしっかりと楽しむのはいいが、羽目を外しすぎないようにな」
担任のいうことに従うクラスのみんな。これこそ、うちのクラスである。
バスを降りた先にあったのは札幌に本社を持つ六花亭である。北海道では有名なお菓子メーカーで俺たちはそこで何かを見学するらしい。
「それでは、本社内について買い物をしましょうか」
まさかの買い物で足がすくむ。
「大丈夫。なんか、やばいことになっているけど」
「やばいことって。しっかり説明しないとわからないだろ」
「じゃあ、足がおかしいとだけ言っておくか」
真司は何かを察したかのように話すが、華音は全くに気にしていなかった。
「はっはは、なんかすごいね」
「おいおい、キャラ崩壊しているじゃないか」
「前からしているんだから気にしたら負けだよ」
「それもそうか」
「おいおい、そこで納得するな。さすがに毎日生きていると自分がどんなキャラなのか忘れることはよくあるけど、でも、認めちゃいけないだろ」
真司の言う通り。確かにキャラがどの自分だかわからないこともあるけど、それを認めたら何もかもダメになってしまうし、頑張って耐えよう。
「それよりも中を見なくてもいいのか」
「へ?」
俺は買い物をする気になれなかった。