31 和孝にとっての地獄
長い修学旅行二日目。やっとの思いでホテルへとつくこととなった。そのホテルは道路からよく見え、とても大きなものであった。本当に驚きを隠せなかった。こんなにもいいところで過ごせると考えただけで昔のようなテンションになりそうで困る。
そして隣にいる真司も目を輝かせながらいろいろなことを考えているのだろう。こいつの考えることといえば、面白くなるようなことであるから、まず心配いらないと願いたいところだ。
「和孝。あそこまで大きいとなるとすごいことになるよね。早くいってみたい」
「今向かっているだろ。本当にお前はせっかちだよな」
俺はこんなことでいつも華音を突っ込むというのには飽きてしまった。だけど、この突っ込みはすぐにはやめられそうにはなさそうだ。
「だって、初めての北海道での宿泊だよ。これほどうれしいことはないよ」
「そんなこと言ってもな、ホテルは遠くに行ったりはしないぞ。だから、落ち着くんだ」
そんなことを言っても聞かないことは十分承知だが、どうしても言いたくなってしまう。だからこそ、困る。いつも思うが華音と真司は一度テンションが上がると手を付けられないほどになる。本当にこれにはお手上げだ。
「とりあえず、バスの中だ。いったん落ち着こうじゃないか。ほかのみんなも見てるぞ」
「おいおい、いつも通り俺にけなされたい真司よ。静かにせんか」
「先生、俺はそこまでしゃべっていないんですけど。いつも以上にしゃべっているのは華音だと思うんですけど……」
「そんなこと言ってもな。お前の顔がしゃべりたそうなんだよ。わかるか。だから、しゃべる前に手を打っておくとして。俺の隣に来い。今すぐにな」
担任は嬉しそうに手を振っているが、本心はガチの顔をしているだろうな。あの鋭い目を獲物をしとめるときの目に違いない。
「俺的には嫌な予感しかしないんだけど。どうしよう、和孝」
いきなりおどおどする真司。俺に助けを求められても何もできないぞ。
「そこは俺に助けを求めるのかよ。それはどうかと思うけど……」
「いいから、いますぐに来いよ。楽しいことしよう」
目が笑ってないよ担任。このままじゃ、このいい雰囲気が台無しじゃないかと考えていると、
「皆さま、本日宿泊するホテルの定山渓ニューホテルになります。わたくしがチェックインいたしますので、荷物を降ろしてお待ちください」
そう話すと、ガイドはホテルの方向にダッシュしていった。
「やべぇ――な。あんな格好でも意外と早いのか。俺は驚いてしまったぞ。あのガイドには魅力がありそうだ」
「なんで、まじめな顔でガイドがいいなみたいな変態な感じを漂わせているんですか。これはセクハラってやつですかね」
これはさっきの仕返しに敬語で攻めていこうという真司の考えというのか。
「お前も偉くなったな。ただの独り言をバカにできるようになったんだ? とりあえず、お前にはあとで呼び出しな。それにあのガイドは俺の妻だぞ」
「「えぇ―――――」」
クラスのみんなは驚きを隠せなかった。あんな美人な人が妻だなんて、俺は信じないぞ。
「というのは嘘だ。俺に、あんなきれいな人がくっついてくるわけないだろ。お前らが一番わかっているだろ。それに俺の嫁が聞いたら、マジでやばいから、今のことは忘れろよ」
「俺の脳にはインポットされたぜ。これで忘れることはないだろう」
「やはりいろいろなりたいらしいな。一瞬だから、じっとしていな」
担任の顔は焦りと怒り、両方が一気に来たのか、少し恐ろしい顔でこちらを見ていると思っているのは、俺だけか。
「覚悟せい」
「みなさん、チェックインが終わり――――。すいません、私が何かしましたか?」
ガイドの笑顔が天使並みにかわいかった。俺まで惚れそうだ。どうやら、鼻の下が伸びたらしく、華音にとてつもない顔で睨みつけられている。怖いよ。そんなに俺を見つめないで。キャッ!
どうやら、俺の脳みそまでやられてしまったようだ。もう手遅れ。今回の修学旅行は勘弁してくれ。
やっとの思いで自分の部屋に入室した。これは一人部屋かなって喜んでいたのもつかの間、どこかで見たことあるやつがいるぞ。
「和孝。私とどうやら一緒ね」
「おいおい、何が『私と一緒ね』だよ。男女が同じ部屋なわけがないだろ。マジでそうだったら、あの担任は何を考えているってなるぞ」
華音は嬉しそうに俺に顔を向ける。
「それがまさかなのよ。家族ってことになっているからじゃないの。キャッ、エッチ」
「お前のなんか見たくもないわぁ――。だから、抗議してくる。男女はさすがにまずいと、何かあったら困るから」
「何よ。何かあったらって、私と夜の○○をしようなんて言うんじゃないでしょうね」
「お前の頭は相変わらず残念すぎる。俺がどうにかするしかないのか。俺はそこまでふざけたこと言ったか?」
「いいじゃないの。いつも通りなんだから」
華音はどうやら、心の中にハートマークを埋めているようだ。それに関してなんも触れないことにしよう。
「とりあえず、荷物の整理でもしたらどうだよ。本当に修学旅行でテンションがあげすぎな。水奈がいないからと言って……」
やばいやばい。これ以上言ったら、なんで水奈のことを言うのみたいになっちゃうから。俺の立場がなくなる。でも、こいつはそこまで理解が早い奴だっけ。いや違う。意外と鈍感なこと多いから、気づいていないことを。
俺は華音の顔を見たが、苦笑いしながら俺に抱き着いてきた。
「なんで水奈が出てくるのかな?」
華音に耳元でささやかれただけでなく、においで反応しそうになった俺は、どうにか理性を保とうとした。俺の中にいる虎が暴れるのをおさえるのに必死だ。だけど、こいつにはわかってしまったな。たぶん、華音が俺のことを好きなことを知ってしまっているとわかっているだろうし、そのうち話すしかないか。返事というのを。