「死ね!」という言葉【1000字】
「死ね!」
最近はなぜかありふれたこの鋭利な言葉に、私は思うことがあります。
あなたならどう思うでしょう。ただ悔しいでしょうか。それともただ悲しいのでしょうか。
状況にもよるでしょう。例えば、あなたが誰かと意見がぶつかって、その争論の末相手が叩きつけるように言ったもの。例えば、あなたが何か失敗をして、その失敗を知った誰かが呆れて突き放すように言ったもの。
誰に言われたかにもよるでしょう。例えば、仲の悪い知り合い。いつもいつも嫌がらせをされ、日常的な悪口や皮肉の中で言われたもの。例えば、気が合う親友。気が合うだけに自分と違うことを言う親友が疎ましく思ってしまい喧嘩をして、その末に言われたもの。
その人の性格や状況によって様々な感じ方があります。私の場合は感じ方に一つの共通点と、少し変わった点があります。
共通点は「死ね!」と言われた瞬間に、一気に冷めてしまうことです。それがたとえ、どんなに激しい喧嘩の最中であったとしても、それを言われた瞬間何もかもがくだらなくなってしまうのです。
それは悔しさや悲しさとも違います。強いて言葉で表すならば、相手に対する軽蔑でしょうか。
ここまでなら同じ意見の人も多くいるでしょう。私がよく変わっていると言われる点は、「死ね!」ではなく「死ねばいいのに……」と言われると、軽蔑するのではなく逆に相手に好感を持つことです。
私はただ「死ね!」と言うのは面白くないと思うのです。よくそういう問題ではないと言われるのですが……。
「死ね!」は命令形です。つまり自分の要望でありながら、相手に死という最悪の状況と責任を勝手に転嫁し押し付けています。なんと身勝手で無責任なことでしょうか。これならば「殺す!」の方がまだマシです。
また、いくら気が立っていたとしてもこのたった二文字(会話中の言葉ですのでビックリマークは数えない方向で)でしか自分の気持ちを表すことができないとは、なんと投げやりで語彙力の少ないことでしょうか。例えば、先に提示した「死ねばいいのに……」という言葉。これなら相手に死んでほしいほど憎いのに、そうすることができないという悔しさに満ちていると思いませんか?
これが「死ね!」という言葉に対する私の考え方です。正直、かなりどうでもいい話かもしれませんね。
しかし、こんな考え方をすれば「死ね!」と言われてもあまり傷つかないのではないでしょうか。これも一つの自己防衛ですよ。




