ナインイレブン妄想部支店 もりシフト
「店長、藤田店長!」
大学に入ってすぐに始めたこのバイト、コンビニの兄ちゃん歴ももう三年以上が過ぎた。今年四年に進級したのと同時に大学へはゼミ以外に出席する事もないので、俺はほぼここの主と言ってもいいぐらいにシフトが入っている。
「ん?渡辺君なに?」
で、俺の呼び掛けに呑気な声で答えたこのおっさんが店長であり、エロ本の趣味が酷く悪い事を除けば気さくないいおやじで、バイト仲間達もみんな慕っている。
ああ、もう一つだけ。店長が淹れるコーヒーはクソまずいので要注意だ。面接で出された時には飲んで死にそうになったが、あのコーヒーが飲めるか飲めないかが採用の基準じゃないかとバイト仲間達は密かに思っている。
まあ、それは置いといて……
「彼女、変じゃないですか?」
「何が?」
「何がって……彼女、もう一時間近くも店内をウロウロしてますよ?なんかやたら落ち着きないっていうか……」
今までにも何度か見かけた事がある彼女は何せちょっと……いや、かなり可愛いのでついつい目で追ってしまうのだが、いつもは買い物をするとさっさと出て行ってしまうのに、今日は珍しく雑誌コーナーで立ち読みを始めたかと思ったら、次第に落ち着きを失くして雑誌を持ったままソワソワしだした。
便所かとも思ったが、違うらしい。
で、携帯を取り出して開いたり閉じたりしているし……雑誌の中身を撮る気かとも思ったけどそのうち雑誌を置くと、店内をウロウロしだした。
まさか、万引き?いや、そんな行動でもないしな。
そんな俺の心配をよそに、店長はまたまた呑気な声で答えた。
「……ああ!ハハハ、心配しなくても大丈夫だよ」
「何を根拠に大丈夫なんすか?」
「彼女はきっと誰かを待ってるんだよ。恋人か友達か、たぶん恋人かな?外を何度も心配そうに見てるでしょ?」
「へ?待ち合わせ?」
まあ、確かにここの店は幹線道路に面していて、他に目立った建物もないから待ち合わせにはいいのかも知れない。
平日は近所にある高校の学生で朝夕に、昼間は外回りのサラリーマンや職人のおっちゃん達でかなり忙しいのだが、今日は日曜という事もあり、昼のラッシュを過ぎた所で暇なのだ。
「いやあ……店長、それはないですよ」
「そうかい?ずいぶんはっきり否定するね」
「来ないなら携帯で連絡すりゃいいじゃないっすか。それを一時間も待つ必要ないっすよ」
「ずっと携帯握り締めてるだろ?きっと連絡が取れないんじゃないかな?」
「そうですか?俺だったら帰るけどなあー。もし何かあったんだとしても、そのうち連絡くるでしょ?」
「……渡辺君って恋人いるんだよね?」
「残念ながら、この前ふられましたね」
「……やっぱり。渡辺君は他人の恋愛には真剣なのになぁ」
店長の小さな呟きはしっかり俺の耳に届いた。どういうことかと問いただそうと思ったら、さとちゃんが話に入って来たのでお預けにする。
「私はあの彼女さんの気持ちわかるなぁ。連絡取れないなんてすごく心配じゃないですか。でも、何かがあって遅れてしまってるだけなら、やっぱり待ち合わせ場所で待っていたいっていうか」
「そんなもんかなぁ?」
そう呟いた俺に「そうですよ」と笑いかけるさとちゃんはオーナーの姪で素直な可愛い子だ。女子高生は残念ながら対象外なので、俺にとっては妹みたいなもんだが。
ちなみにオーナーはもう一軒店を構えているので、こちらには滅多に来ない。
あちらは慢性的人手不足なのでたまに俺も手伝いに行くのだが、もし時給が二割アップでなかったら絶対に断っている。
なぜならあの店は営業中にもかかわらず有名な肝試しスポットとなっているからだ。
神社・寺・墓地を頂点にもつ三角地帯の丁度中央に位置している為か、深夜の時間帯はマジで出るらしく、霊感の全くないはずの俺でも背筋がうすら寒く感じ、長時間いると体調を崩してしまう。
にしても、あんな可愛い子を連絡もなしで待たせるなんてどんな彼氏だ? 女の……いや、男の敵だな。
そう思いながらチラリと彼女の方を見ると、彼女と目が合ってしまった。
やべ、失敗した。
どうやら店長を交えた三人で彼女の事を話しているのがばれてしまったらしい。彼女は顔を赤くしてペットボトルを一本手に取ると、申し訳なさそうにレジへとやって来た。
「四十二円のお返しです」
「……すみません」
「……ありがとうございました」
お釣りを渡した俺に小さく謝罪した彼女はそそくさと出て行ってしまった。
悪い事したなと彼女の背を見送ったが、これで彼女が諦めて家にでも帰るならいいかと、見たこともない彼氏に腹を立てながら思った。
が、大失敗だった。
彼女はあのまま家には帰らずに外で待つ事にしたらしいのだ。
時間は午後二時半を回った所。
真夏のこの炎天下の中、敷地を仕切る塀が作り出す小さな影の中に目立たないように立っている。
ダメだ。店の中で待ってもらおう。
「店長、彼女に店の中で待ったらどうかって、言って来てもいいですか?」
「ああ、もちろん」
店長の許可をもらって店の外へ出ようとしたその時、駐車場に一台の車が急いだ様子で入って来た。それに気付いて駆け寄る彼女。
来たのか!!どんな野郎だ!!
苛々しながら、赤いコンパクトカーを睨みつけたが、車から降りてきたのは……女?
「おや、友達だったんですね」
「……そうですね」
店長に上の空で答えながら、俺は彼女達をついつい見つめてしまっていた。
会話は聞こえないが、必死で謝っているらしい友達に彼女は安心した様な笑顔で応えている。そうして二人は車に乗って立ち去り、俺も店長もさとちゃんもホッと胸をなでおろした。
「でも、素敵な関係ですよね?」
「なにが?」
「だって、連絡が取れない友達を心配してずっと待ってた彼女も、帰っているだろうと思って諦めずに、急いで待ち合わせ場所にくる友達もお互いの事を信頼してるからっていうか……」
「ああ、そうだなぁ」
さとちゃんは上手く言えないようで最後は言葉を濁したが、言いたい事はわかった。その通りだと思う。
「二人とも、コーヒー飲むかい?」
なんだか、胸が温かくなった俺とさとちゃんに、休憩する事にしたらしい店長が奥から声をかけてきた。
いや、いらないって、胸やけするから。
「―― 店長!それで淹れるコーヒーはただでさえ美味いしくないのに、その牛乳って消費期限切れたやつじゃないですか!!私を殺す気ですか!? ああ!なみなみ注いだコーヒーに牛乳足したら!!ほら、こぼれたー!!」
キッパリと断った俺と違って、律儀に店長のコーヒーを飲む事にしたらしいさとちゃんの悲鳴にも似た苦情を聞きながら、俺は仕事に戻ったのだった。
そうそう、あとから聞いた話だが、彼女の友達は遅刻しそうな事に慌てて家を出た為、携帯を忘れてしまったらしい。そして更に、待ち合わせ場所である店に高速を使って来ようとして事故渋滞に巻き込まれ、たったの一区間で二時間もかかってしまったと言う訳だ。
彼女はそれでも友達が事故に遭ったんじゃなくて良かったと安堵していた。
あ、何で俺がこの話を知っているかと言うと、その後も客としてきた彼女がどうしても気になって、必死で口説き落としたからだ。
あの時、店長が言いたかった事が今ならわかる。
俺ももし、彼女が何の連絡もなく待ち合わせに来ないなんて事があったら、何時間でも待つと思うから。
お読み頂きありがとうございました。
全部抱き合わせて?お読み頂くとより一層お楽しみ頂けるかと・・・更に、koru様のページにて某幽霊支店のお話も同時公開して下さってますので是非是非!!