第7話:たまには自分のことだって(side:niigaki)
「ばかだよねー、全くさ……」
結奈が呆れたように言う。柊の表情はなんとも言えない。
「柊くんったら、生徒会長のくせに明日の試験勉強してないの!」
「言うな、だって忙しかっ……」
「言い訳無用」
こんなときばっかり、結奈はちょっときつくなる。勿論ふざけてなんだけど。
桜ちゃんもあれから一緒にいるようになって、ますます賑やかになったものの。
「わ、私もやってないんだ、教えてくれる?」
この時期厄介そうなのが増えてしまった。かという俺もやってない。
……やってないのかよ!
というどこからか聞こえるツッコミに一人で凹みつつ、俺は未だ言葉を発していない二名(相原はいいの、どうせ寝てるから)を見た。
「さい、ですか」
すっかり忘れていたのだが、椎名と葛城は頭が良いのだった。俺もバカじゃないけど。
「もー、ほら邪魔しないの。しーくんは学年トップなんだから」
「数学苦手だけどね」
さり気なく柊が毒舌を吐く。凹んだふりの椎名に、葛城が「教えますから!」と叫んでいる。
なかなかシュールな光景だ。
「じゃあさ、椎が教えてくれよ」
「何を教えるん。英語?」
「イエス」
俺は英語苦手だし……。
「なら桜ちゃんでええやん」
「えっ私?」
「だって得意でしょ。俺苦手やから」
……嘘つけ!
「嘘つけ!帰国子女だろ?」
柊と同時に(心の中で)叫ぶ。まあ、流石に帰国子女ではないらしいが、発音がネイティブなのだ。
「ちゃうわ!帰国子女でこんなに関西弁使うか?」
柊はそう言った椎名にどつかれてしまった。
「じゃあ、現社教えて下さい」
まだ椎名にはかたい桜ちゃんが言う。それに微笑んだ椎名は「勿論いいよ」と頷いた。
「俺らもいいの?」
柊が身を乗り出す。そういえば、前回相当悪かったとか。
「しゃーないなあ、教えるよ」
何だかんだ彼は甘いのだ、ここのみんなに。
「だからね、経済成長率を出すには、これを……」
……先生、説明は分かるのですが問題解けません分かりません。
置いてけぼりの俺を余所に、椎名はどんどん進めて。
「えーっと、こう?」
「ちゃう、こっち。で、名目を実質にするからこの式で……」
数学が苦手な桜ちゃんは苦戦しているようだ。
俺は理数なのに苦戦してるけどな!
「椎わかんね」
「は?こうだよ、こう。あとはフツーに計算」
俺にはかなり投げやりだけど、それはツンツンなんだよな!
「じゃあ、こうでいいんだ。できた!」
桜ちゃんが嬉しそうに声を上げると、椎名は彼女の頭を撫でた。その瞬間桜ちゃんは固まる。
それを見た柊は苦笑いだ。
「あれ、そういえば今日は葛城は?」
不意に柊がそう言う。確かにいない、珍しい。
「ああ、あいつも教室で同じようにしてる」
ごく普通に答えたんだろうけど、違和感が。
……あ、そっか。「〜んじゃない?」じゃなくて断定だからか。
って、
「なんで分かんの、ってかそれ女子かもしれないじゃん」
からかって言えば、椎名は笑った。
「ナイナイ。友也に限ってないでしょ。女友達程度だよ」
そういう奴。
何でも知ってるかのように言う。パートナーだからな、羨ましい。でも俺も結奈のこと知ってる、幼なじみだからな!
……じゃなくて、あいつちょっと慌てるかと思ったのに。
からかい損とはこのことか。
「しーくん!」
バタンと勢いよく入ってきたのは結奈。右手に青い教科書を持っている。
「先生捕まえられなかったから教えてよ!」
抱きつきながら教科書を見せている結奈に、それを見て眉をひそめる桜ちゃん。前から結奈は椎名にああだけど、桜ちゃんにとっては恋敵ってところか。
それをなんとも思わず、引き剥がすわけでもなくそのままでいる椎名も椎名だ。
「今日のところやろ?」
「へ?なんで分かったの?」
「だってさ、今日言ってたやんか。分かんないーって」
「聞いてたんだあ」
何だか嬉しそうにする結奈を見ていた桜ちゃんは、眉を下げた。嫉妬ではなく寂しさからか。
誰か、KYな二人をつまみ出してくれー!
そんな俺の願いも、誰にも(帰り支度中の一人にすら)届かないようだ。無情な世の中め。
仕方ないので俺のところに来させる。
「桜ちゃん」
「新垣くん、どうしたの?」
「俺らも帰ろっか」
その言葉に、少し戸惑う。
「結奈ちゃんは?」
「置いてく」
もうそれなりに時間は過ぎている。早く帰ろうと鞄にノートやらを詰め込む。
「ちょっと待ってあげたってや、隼。すぐ終わる」
椎名はそう言って、急ぎめで説明した。
「なるほど、ありがとう。しーくんわかりやすい!」
「どういたしましてー」
ほわほわしながら、椎名も帰る素振りをみせた。そんな中一人先に帰ろうとしていた柊が、俺の隣にいた桜ちゃんの頭を撫でる。ハッとして振り向いた彼女の視線を追えば椎名がいた。
結奈に飴を渡している。その手には、あと二つ。
「ん、隼」
俺には投げてよこすが、桜ちゃんにはちゃんと渡す。
……女の子に優しくするところが無性に腹立つ!俺には出来ないからだけど。
好きな子にはツンツンな新垣です、はい。
「あ、ありがとう」
顔を赤くした彼女が何だか可愛らしく見えた。
「椎は一人?」
「いや、友也と帰る」
そっか。忘れていた。葛城過保護だしなあ。
「気をつけてな」
明日、と手を振るので、俺たちも手を振る。去り際に見た椎名の横顔は見覚えがあった。
『俺ってそんな強くないの』とあの人が遺したというシンプルな髪留めを握って涙を堪えていた、あの日の彼だった。
暫く歩いて、さっき引っかかったことを聞いてみる。
「桜ちゃん、柊がさっき頭撫でたときに何ですぐ椎のこと見たの?」
言いにくそうな、困った表情を見せたので、俺は深く追及しないことにした。
「言えないならいいよ、気になっただけだし」
「ごめんね」
申し訳なさそうにするから、思わず手が伸びた。だけど椎名や柊みたいに出来なかった。
……ああ、そっか。何となく気付いて、少し悲しくなった。
「あれ、今日椎は?」
昼休みはみんなで食べている俺たちだが、一人分席が空いているのに気付く。
「ああ、椋ちゃんなら病院」
「え、どっか悪かったっけ?」
確かに病弱っぽいが、実際は結構タフだ。それも偽りだったのだろうか。
「違う、椋ちゃんは元気だよ」
あからさまにはぐらかす。他の人は知らないだろうし(何気にクラスメート歴長い俺すら知らない)、葛城は……やけに静かだ。いつもはおちゃらけているのだが。
「葛城、大丈夫か?」
「っ、はい」
椎名がいないからなのだろうか。やはり元気がない。
……全く、どんだけ椎名に懐いているんだ。っていう状況でもなさそうな。
「本当に大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。あの、俺行きますね。早退するんで」
葛城は慌てたように立ち上がった。そこに柊が声をかける。
「後で行くって伝えてくれ」
こくんと頷いて彼は去った。
「今日、変だな」
無理に触れるものでもないし、触れる気もない。
そこまでバカじゃないしな。
だけど、このような空気は嫌いだった。
「ほら、早く食べちゃおうぜ!」
そしたらみんなで遊ぼう。わざとらしい俺の言葉は虚しく響いた。




