第11話:夏休み、お泊まり会の一幕(side:niigaki)
夏休みに入って二週間。はじめの一週間は講習があったが、もうそれもなく暇をもてあます。高二なんて特に、受験でもないしそんなに課題が多くもない。毎日ちまちまやってたら終わるだろう。
……それに俺には椎名という最終兵器がいる!
多分皆が考えることだろうな。
そんなある日、柊からメールが入っていた。生徒会メンバーに一斉送信。
『今度、近所のお寺でお泊まり会&課題消化会&花火大会しませんか』
そんなお誘い。皆こういった行事が好きだから、絶対にキャンセルしない。俺も『勿論参加』と返信すると、さっそく一斉送信2通目。
『全員参加で!』
課題消化も出来るし、皆で集まって泊まるなんて初めてだから楽しみだった。
その日、何かが起こるなんて知らずに。
「おーい!」
泊まる場所のお寺はそんなに遠くなかった。だから現地集合。俺が行ったら、柊と相原が居た。
俺は結奈と桜ちゃんと一緒だから、あとは葛城と椎名か。
「相原が早いなんて、珍しいー」
茶化した俺に、「やめろよー」と言いながら笑う。
「純粋に楽しみだったんだよ」
「私もー!」
結奈が賛同する。俺や桜ちゃんも、口には出さないがニコニコと頷いた。
「で、椎名と葛城は?」
「もうすぐくるはずだせ。あいつら、離れるときあるのかね……泊まりとか関係ないじゃん同棲してるんだし」
「えっ」
「……え?」
全員驚く。確かに、二人は同じ方向だし、俺らはどちらの家も知らない。
……同棲してたのかよ。
道理で仲が良い、というか互いのことを何でも知っている風だった。それに、毎度一緒に帰るのは葛城が過保護なんじゃなくて、同じ家だからか。
「ほら、二人とも上京してるじゃん。金ないからルームシェアしてるわけ」
「そういえば上京してきたんだっけか」
二人とも関西弁ではあるが、この街に馴染みすぎてここ出身かと思うくらいだ。
「あ、噂の二人」
振り返ると、始終笑顔の葛城とそれを見て苦笑している椎名の姿。休日に遊ぶことは何故か少なく、普段は制服な俺ら。だから二人の私服は少し新鮮だった。
俺や柊はラフな格好で、ジーンズにパーカーといった感じ。俺はネックレスをつけてワンポイント。相原はスタイルが良いから、今どき男子、といったアクセサリーの多いオシャレファッションだ。
桜ちゃんも結奈もシフォンスカートを好むから、今日もそう。大人しい甘めな格好で、いかにも女の子らしい。二人はあまりアクセサリーをつけない。
葛城と椎名はどことなく似て、スタイルの良さもあってかサッパリと仕上げている。黒基調だが重くなく、アクセサリーも重厚感があるが暑苦しくはないシルバーだ。軽いパンク系といったところか。
「おっしゃれー」
柊がそう口にすれば、二人は似たように笑う。初私服姿を見た桜ちゃんは、頬を染めて俯いた。
……初々しいねぇ。
なんだかお兄ちゃん目線になってしまった。
無事全員到着した俺たちはお寺に入ることにした。
「なんかワクワクしてきた」
結奈がニコニコしながら言う。それに相原や柊も楽しげに頷いた。
「でも、宿題やるんやろ?」
意地悪く微笑んだ椎名を見て、葛城以外ががっくり肩を落とす。
忘れてた、わけじゃないんです……。
2泊3日の短いホリデー。
花火は最後の夜にやることになって、後は自然を見たり、宿題をすることにした。
勿論「分からなーい!」が飛び交うこのメンバー。何故か年下の葛城も加わって、椎名と二人で俺たちの謎解消を手伝ってもらった。
半ば近くまできた夏休みは、計画的な彼らが宿題をこなすには十分な時間があったようだ。
暇な時は、何か論文を書いていたり、読書をしたりしている。
正直、羨ましい。
まあコツコツやらなかった俺の自業自得なんだけど。
暑いし、折角みんなも居るしで、自然といつの間にかノート類は脇に寄せられていた。
こんなときだからか椎名も楽しそうにしていて、別に口煩く言うわけでもない(普段から口煩いわけではない、そこはちゃんと言っておく)。
でも愉快な関西弁は、桜ちゃんにはあまり向かれていないようだ。桜ちゃん自身もやはり恥ずかしがってか、話さない。
……こりゃあ、全く。
成長しませんなあ。
絶対花火の時にイチャイチャを見てやるんだ!と俺は密かに心に決めた。
ふと柊の方を見れば、長机には居らず外で伸びをしていた。その時目に留まった風鈴。風が吹く度に淡く鳴るそれは、気持ち的に涼しさを増幅させた。
「風流やねえ」
「せやなー」
そういえば京都人居たなあ、なんて考えながら俺も頷く。
「日常とは少し離れてみるのも大事だよね」
「こういうの好きだなあ」
桜ちゃんも穏やかに言う。
住職さんに「スイカ持ってきましたよ」と優しい声音で声を掛けられるまで、俺たちはぼんやりと外を眺めていた。
「スイカ美味い!」
「みずみずしくて美味しいーっ」
大食い二人、相原と結奈が満足げに食べているのを見て笑う。いつもと変わらない情景も、状況が変わればこんなに幸せに感じるんだなと思った。
ゆったりとした時間の流れが、俺たちの青春を包む。こうして1日は早くも幕を閉じたのであった。
次の日、人の気配で目を覚ました。外を見ればまだ夜明け前なのか薄暗く、誰も起きていないようだった。
早く起きすぎたなー、と二度寝の体制に入ろうとしたとき、近くで何かが動いた。
「えっ?」
その人影はそっと縁側に出る。俺は上半身だけ起こすと、その影を見つめた。
「椎?」
「えっ、あ、隼?起こしちゃった?」
「いや大丈夫。それよりどうかしたのか?」
そう聞けば、眉を下げる。
「友也が居らへん。呼ばれた気がしたから起きてみたら、もぬけの殻で」
指差す先を見れば、確かに布団には誰もいなかった。シーツに触ってみても、体温は薄れている。布団を出てから暫く経っているようだ。
「見つけな。隼、手伝ってくれる?」
「おうよ」
このとき俺は、まだどこかに出掛けたくらいにしか思ってなかった。だから椎名の焦り具合に、内心首を傾げたんだ。
二人で皆が起きるまで探した。まだ暗かったからそう遠くには行けなかったが、一通り回る。
「居った?」
「居なかった」
「どこ行った……」
眉をひそめる彼に、俺はとりあえず言ってみる。
「ひょっこり帰ってくるかもよ」
「ならいいんだけどな」
事情を他の人に話せば、皆俺と同じように言った。だけど彼は腑に落ちないという顔をする。
「もうちょっと待ってみよう。それでも戻らなかったら探そう?」
柊が仕切ると、椎名も渋々頷いた。
だが、2時間経っても葛城は戻って来なかった。昼になるまで一回探してみよう、ということになった俺たちは散り散りになった。
俺も探そうとしたとき、椎名に止められる。
「なあ、ついてきてや」
「どこ行くの?」
無言で彼は歩き出す。山の方へ進んでいき、細い獣道を辿って中に入っていく。
「こんなとこに来ていいの?」
「こないだの、覚えてる?」
椎名はふと振り返ると、そんなことを言い出した。俺はオウム返しに聞く。
「こないだの?」
「おん。学校で幽霊の……やったやん」
「ああ、それ」
それが何か関係があるのか、というように俺は椎名を見る。彼は苦笑いで道の先を見た。
「この先にお稲荷さん祀ってある小さな祠があって。あいつも呼ばれたんちゃうかなって」
勝手な妄想やけど、と少し申し訳なさそうい言うもんだから、俺は「行ってみようぜ」と告げた。それに椎名は頷いて、俺たちは先に進んだ。
「あ!」
薄暗くなりつつあるなか、祠を見つけた。その前に二人分の影がある。
……二人?俺たち探してるの、一人じゃ……
「やっぱりここに居った」
椎名のその言葉に、どこからか風鈴が鳴って返事する。ぞわっと鳥肌がたつ。
「友也、戻るよ。長居したらあかん」
「……」
片方の影が振り向く。その顔は、レンジャーのときに椎名が着けている仮面と同じもので覆われていた。
「椎名の、」
「折角来たのに、椋くん」
少年の高い声が響く。それに椎名はむっとした表情になる。
「友也を持っていくなよ」
「大丈夫、返してあげる。椋くんに会えたことだし」
素早く葛城の腕を掴むと、俺たちの間につれてきた。それに狐の仮面の子は笑っている。
「もう遅いから、送ってあげる。またね、椋くん、友也くん。それから、隼くん」
「え?俺の名前……」
一瞬霧が濃くなって、気付けば山の入り口にいた。
「あれ?なんか夢でも見てたような気がする」
「本物ですよ」
久しく聞いてないような葛城の声がしてほっとする。さっきあまりに虚ろだったから。
「皆が心配してる。早く戻ろう」
それに頷くと急いで部屋に戻った。
帰ると俺たち3人は皆に怒られてしまった。
「心配したんだからね!」
と結奈が、隣で赤い目をした桜ちゃんの肩を抱き寄せて言う。椎名は「ほんまごめん!」と手を合わせて頭を下げた。
葛城も頭を下げるから、俺も「ごめん」と言っておいた。
その夜、予定通りに花火をした。
皆が楽しんでいる間に、俺は二人にさっきのことを聞くことにした。
「なあ椎、前あの子に会ったのか?」
「ああ、小さい頃俺と友也で山に行ったときに迷子になってさ。そのとき助けて貰ったんだ。さっきみたいに入り口に戻してもらって」
どうやら夢ではなかったようだ。次に葛城にも質問してみた。
「居なくなってた間、何してたの?」
「知ってるような声に呼ばれてな、縁側見たらあの仮面が見えたんですよ。そういえばあの山に祠があるって思い出して行って。何話してたっけなあ……昔を、思い出してた気がする」
そう言うと、悲しそうな顔で椎名を見る。それに椎名はにこっと笑うと立ち上がった。
「よし、俺も花火楽しんでこよう」
そう言って去った椎名を見つめたままの葛城。それを俺は不審に思ったが、葛城が慌てて言った。
「邪魔したらあきませんから」
皆の方を見ると、ワイワイと走ったり喋ったりと楽しそうで。その中で椎名は桜ちゃんと笑いあっていた。
それに満足した俺は、自分の手元の線香花火を見る。儚い時の流れを表すようなそれに、俺たちの淡い青春を重ねた。
突然、ひゅーひゅー!と声がするからそちらを見ると、椎名が桜ちゃんを抱き締めている構図が。彼女は顔を茹で蛸のように真っ赤にして、椎名は満更でもない笑顔でいて。
……ごちそーさまです。
幸せをお裾分けして貰った気分だ。
そうして俺たちの楽しい楽しい夏は終わって、摩訶不思議な体験も思い出になっていくのだった。
結局あの日宿題終わらせられなかった俺は、ギリギリまで追われるはめになったんだけどね。




