第10話:心だけで泣く者(side:niigaki)
『私の身体、知りませんか?』
はっきりと言葉が分かった瞬間、冷や汗が背中を伝った。誰一人悲鳴をあげない、声が出なかった。
数秒たって、徐々に身体の硬直がとけていく。葛城が"幽霊"に問い掛けた。
「身体無いんですか?」
『はい、気付いたら無くなっていました。きっと物にくっついて移動してしまったか、誰かが悪戯したか……』
幽霊に悪戯する勇気、そうそうねぇよ。
思わず身震いした。だがよくよく聞けば声に棘があるわけでもないし、実は良い奴なのかもと思いはじめる。普通に会話しているようなのだ、葛城と彼女は。
「生前の名前は?」
『凛香。』
「凛香、ね。いつ死んだん?」
結構デリケートなとこもぶっこんでいく葛城。やり手か?
『分かんない、でもそんな昔じゃないと思います。』
「そうか……聞いたことある?」
いや、と三人とも首を振る。名前にも事件にも心当たりはない。まだこの学校にきて2年だが、新聞などにも載った様子はない。
『お願いします、皆さん仮面を着けていらっしゃるということは白春レンジャーなんですよね?噂には聞いてます。私の身体、見つけてくれませんか?』
身体があったら土下座してる、という勢いで言われて断れるわけがない。その上こちらが"白春レンジャー"だと知ってのお願い、というより依頼だ。
「分かった、見つけたら成仏するんだよな?」
『はい、勿論です!』
柊はそれを聞いて、俺たちに目配せした。また厄介そうな依頼を受けてしまったものだ。だが受けた以上は全うさせる。
「よっしゃ、白春レンジャーに任せなさい!」
とはいえ、ねぇ。凛香曰わく全く見当がつかないようで、ほとほと困っていた。
「どう探すよ。」
「二手に分かれる?」
「それっきゃないですよね。」
当たり前のように、葛城椎名ペア・俺柊ペアになる……と思ったら違うようだ。安全なように、一番詳しい葛城と一番遠い柊が組む。必然的に俺と椎名はペアになり。
「よろしく。」
と言って差し出してきた彼の手を、「おうよ」と言って握り返した。
「じゃあ、一時間後に。」
そう葛城が言うと、二人は下の階に降りていった。隣で椎名が「そういえば」と言う。
「ん?」
「さっき足音したやんか。足、この部屋にあるんちゃう?」
そうか、確かに入る前椎名は「足音」と言っていた。俺は頷くと、再び音楽室に入った。
「ねえ、分かるものなのかよ。」
多分そこに居るだろう彼女に聞いてみる。するとうーん、という返事。
『多分、見える人には見えるかな。でもここにあるなら私も気付くと思います。』
だよなあ、そんな近くにあって気付かないわけないよな。振り出しに戻ったか、と思ったが椎名が俺を手招きしている。
「準備室や!」
「そうか、なら音も聞こえるし、見つからない。」
準備室のドアを開ければ、湿った空気と黴臭さが俺らを襲った。これは酷い、色々な意味で。
「さっさと見つけよう。」
長居出来たもんじゃない、と俺たちは必死で探した。
古びた楽器をどかす。このギターなんて弦が5本も切れてて、生きてるの1本だし、音可笑しすぎ。あのペットのケース、空だし。このスネア、破れたまま放置か。楽譜もボロボロで年季入ってる。
「うわあ、マスクあればいいのに。」
埃を吸わないようにゆっくりどかしていく。と、見つけた。薄らぼんやりと何かがある。足かどうかは分からないが、これはきっと彼女の落とし物。
「椎、見つけた。」
「ほんまか!」
椎名に呼びかけると、狭い通路をよいしょと通り抜けてきた。
「あっ……足やな。」
「椎には形見えてる?」
俺には足の形には見えないので聞いてみる。ただ気持ち悪い何かがあって、空間が歪んでいるようにしか見えない。周りが淡く光ってみえるだけ。
「おん、はっきりではないけど。多分友也ならはっきり足の形が分かるはず。」
「持ってく……っていうのも、ねぇ。」
俺には無理!形に見えなくても、想像しちまうもん。
ってわけで、椎名に手で示す。どうぞ、っていう手つき。
「え、俺が?」
「気持ち悪いから無理。」
あはは、と乾いた笑いを漏らして彼は足に触れた。ちゃんと持てるようだ。幽霊の足を持つなんて異様な光景。
……あ、誰だ!自分持ってないじゃんかって言ったやつ!
「分かってんだよ。」
ぶつくさ俺が言ってると、「変な隼」って笑われた。そういう椎名はもう慣れたのか大した反応もなく持っている。
「すぐそこやし、行こう。」
うん、分かってる。
あれから、もう片足も音楽室の近くの練習用個室に落ちていた。あと両腕は葛城と柊が見つけていた。
「手足だけ?」
『はい、ありがとうございます。頭と胴体は自分で見つけられました。』
「良かったやん。」
『本当にありがとうございました。もうここにいる必要もなくなりましたし、居るべき場所に戻りますね。』
凛香はそう言うと、俺たちの前に姿を現した。想像していたよりずっと可愛らしい、まだ幼さの残る顔。
『ありがとう、皆さん。あなた達に幸せがありますように。』
そう言って笑うと、夕日が差し込んで照らされた場所に進み出た。茜色に溶けていく。
「楽しかったで。」
葛城が最後にそう伝えれば、『私も』と聞こえて姿は消えた。
「これで良かったん?」
何故か椎名がそう聞く。葛城は少し俯くが、顔をあげて頷いた。
「良かったと思いますよ。あのまま居ても、良くなかったやろうし。」
「でも、少し楽しかったのは事実だよね。」
柊がのっかり、俺も笑って言う。
「貴重な体験出来たな。」
「三人仲間外れやー。」
依頼を遂行した達成感と、少しの恐怖から解放されて緊張感が解れたので伸びやかな気持ちになる。しかし、葛城の次の言葉でその気分も台無しになった。
「皆あんまり見えへん体質で良かったですよ。あんなグロいと思いませんでしたもん。」
とりあえず聞いておこう。
「どんなんだったんだ?」
「白っぽいから現実感はないんですが、断面はっきりして……血が出てないから余計気持ち悪いですよ。」
「良く耐えたな。」
褒めて褒めてー、と椎名に期待の目を向ける。それに気付いた彼は葛城の頭を撫でた。
……ってそれ聞いて、そんなアットホームな雰囲気で終われるかーい!
数日の間は、夢にあの腕がでてくるのだった。
他の三人は異常にタフで、何ともないらしいが。
こんなんじゃ俺も帰れば良かった!俺って意外にガラスのハート。