第8話:所謂恋のキューピットってやつ?(side: niigaki)
俺はこの日、柊と相原と葛城を呼んだ。結奈と椎名と桜ちゃんは来させないようにしている。
というのも、ある相談をするためだった。それは、彼らに関係すること。
「あのさ、皆。」
俺が切り出すと、柊は全て分かったような顔をする。
「椎名と、桜ちゃんのことなんだけど。くっつけようって思わない?」
恐る恐る言った。相原は「えっ」という声を上げるが、柊と葛城は無表情だった。
「いいんじゃない?こっちも見ててもどかしかったし。」
柊の言葉に俺はほっとした。彼がこの提案を拒むとは思わなかったが。
だが俺が驚いたのは葛城の反応だ。あれだけ毎日べったりくっついているのだから、多少戸惑ってもいいと思うのに。
「良いと思いますよ。でも多分椎名さんは変わらないし、彼女も変わらない。」
それに柊が「それもそうだな」と同調する。確かに、二人が付き合ったからといって俺たちの仲がどうなるわけでもない。それに桜ちゃんは極度の照れ屋だから、くっつくのを今以上に恥ずかしがるかもしれない。
「でも、新垣さんがそうしたいというのならいいんと違いますか。」
落ち着いた声の葛城に、俺はただ頷くしか出来なかった。
この場を設けて提案したのは俺なのに、いつの間にか仕切っているのは柊になっている。いつもと変わらず、しかし椎名が関わるだけあって自分がやりたいのだろう。
不意にこの場に結奈がいたらどうだっただろうか、と思った。結奈は椎名が好きだ、態度で分かる。でも多分椎名は彼女のことを妹みたいな存在としか見ていない。それの関係で今のところ満足している結奈を邪魔するようで怖い。二人がくっついてしまえば、結奈はどうなる?
「でも葛城、アレはどうするんだ?」
突然柊が葛城に問いかける。俺や相原には分からない暗号だったが、彼には伝わったらしい。
「もうそろそろ、いいんじゃないかって。こないだ話してたんです。」
「そっか。"もしかしたら"はもう待てないのか。」
柊が落ち込んだ様子で溜め息をつくと、葛城は首を横に振る。
「俺が言ったんです。もういいんやないかって。もう解放されてもいいって。」
「解放、か。」
その話題は一応落ち着いたらしい、葛城が笑って「すみません、気にしないで下さい」と言った。
……笑えてないよ、お前。なんでそんなに引きつった苦笑いなんだよ。
それに、柊も。
なんか嫌なこと、言ったか?
そう思うも、やはり俺らには言えないことのようで。葛城からは踏み込むな、というオーラが漂っていた。
「まあ、じゃあどうするよ。」
結局くっつけよう、ということになったのだから。俺は切り出した。それに三人とも首を傾げる。
「一筋縄じゃいかない二人だよなあ……やっぱりどっちかをその気にさせないと、かな。」
「でもどうやって?」
「逆に結奈ちゃんをけしたててみるとか?」
相原の提案に皆考えこむ。悪くはない、悪くはないが……
「もし桜ちゃんが動かなくて、椋ちゃんがそれを受け入れてしまったら。」
そう、そうなんだよ。多分桜ちゃんは動かないと思う。諦めてしまう気がする。
「じゃあ素直に椎名さんに『告白しろ』って言っちゃいますか?」
「しか、ないよなあ。」
はあ、と全員の口から溜め息が零れる。椎名はそう言ったら適当にはぐらかしそうだけど、大丈夫だろうか。
「つか、真剣に考えすぎ。」
本人も至って真剣な(むしろ親が息子のために婚活を考える風な)表情で、柊が呟いた。
……面倒なやつらめ。
だがついに結論は出ず、とりあえず葛城が椎名に言ってみることになった。
「で、どうだって?」
昨日の帰りに言ったらしい葛城を柊たちと問い詰める。彼は非常にきまずい顔をしたあと、少しずつ話しはじめた。
帰り、二人で道を歩く。他愛もない話に区切りがついて黙ったときに、葛城は切り出したらしい。
『ねぇ、椋さん。』
『ん?』
『こないだ言ったじゃないですか、椋さんも幸せになってって。』
『ああ。』
『ほんまに、幸せになる気はありませんか?』
『お前が幸せにしてくれるんか?』
勘の良い椎名は、案の定笑ってはぐらかした。だが、葛城も引き下がらなかった。
『椋が幸せになるねん。それで……桜ちゃんを幸せにするんや。』
『友也、』
『自分の気持ちに素直になってもいいんちゃいますか?周りにバレてますよ。』
『でも、俺怖いねん。俺に深入りすると、不幸になってしまう。』
『阿呆なこと言わんといて下さい。俺は?柊さんは?何もなってない。それに、桜ちゃんも多分深入りを恐れてる。』
『それは感じてる。何か俺した?』
『きっと恋してるからです。好きになるのが怖いんですよ。』
『言っても、変わらない?』
『何も変わりませんよ。椋さんも桜ちゃんも、俺たちが守りますし。』
『そっか。』
だけど絶対、下の名前では呼ばせないとも言ったらしい。やっぱりそれは気を許した人にしか無理なのか。
「それなら、待ってみよう。」
俺らは頷いて、その日をまった。
案外"その日"というのは早くくるものらしい。
数日後、俺は生徒会室の戸締まりをしたあと裏階段で人影をみつけた。良く知った二人の声に、状況を把握する。
……今が告白、か。悪いけど聞いてもいいかな?
自分自身につらつらと言い訳しながら、バレないように壁に引っ付いて身を隠して聞く。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「う、ううん。」
声から判断するに、桜ちゃんはかなり戸惑っているようだ。
「俺ね、皆に言えないこと沢山ある。」
「?」
ん?
急に告白、ということもないだろうが、唐突にそんな話をする椎名に彼女も俺もハテナを浮かべる。
「だけど、こないだ言われたんだ。もう幸せになってもいいんじゃないかって。」
「うん。」
「俺が桜ちゃん幸せにしても良いかな?俺、桜ちゃんのこと好き。」
「えっ」
驚きの声を上げる。それに椎名は笑ったようだった。
「何泣いてるん、泣きやみ?嫌やったら忘れても……」
「違っ、違うの。本当は私も好きだったの。」
鼻声で少し叫ぶように桜ちゃんが言う。彼は「知ってた」とだけ返した。
「だから、嬉しくて泣いてるだけ。迷惑かけて、ごめん。」
「迷惑ちゃうよ。俺も嬉しい、よろしくね?」
「うん!」
ちら、と姿をみると抱きしめられた桜ちゃんの姿。少し複雑な気分になったが、俺は良かったと思いながらその場を去った。
それから変わらない二人。本当に付き合ってるのか、という感じではあるが確かに桜ちゃんは幸せそうに笑ったんだ。
「実はね、椎名くんと付き合ってるんだ。」