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最後の一人

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/27

「ついに、七十万人か。予定より十七年も早い。実に優秀じゃないか」

厚生労働省の担当官・タナカは、手元の端末に表示された数字を眺め、満足げにうなずいた。

隣の席のヤマダが、けげんそうな顔で聞き返した。

「何がです?」

「わが国の目標達成能力だよ。昔から、この国は決めた目標に向かって突き進むのが得意でね」

「目標なわけないでしょう。少子化対策ですよ」

ヤマダは力なく笑った。

「そうかな」

タナカはぬるくなったコーヒーを一口すすった。

「これだけの予算を注ぎ込み、これだけの専門家を集め、これだけの会議を重ねてきたんだ。その結果がこれだ。何もかも計画通りに進んでいると考えるほうが、自然だとは思わないか?」

「ネットの陰謀論みたいですね。エリートたちによる、日本人削減計画ですか」

壁に映し出されたグラフは、見事な放物線を描いていた。

少子化対策予算が増えるたび、出生率は規則正しく下がった。

対策会議の回数が増えるたび、婚姻数は律儀に減った。

配布される資料の厚みが増すのと反比例して、公園から子供の姿が消えていった。

まるで、莫大な国家予算を投じて「いかに子供を産ませないか」という壮大な実験を行っているかのようだった。

「来年の推計が出ました。六十五万人です」

ヤマダが差し出した資料を受け取り、タナカは満足そうに立ち上がった。

「よし、会議を開こう」

「またですか」

「決まっている。対策を練らなければならないからな」

タナカはふと思いついたように、ドアの前で足を止めた。

「ところで、ヤマダくん。きみに子供は?」

「いません」

「そうか。私もだ」

二人の足音が、静まり返った廊下に響いた。

会議室の扉を開けると、そこには使い古された「少子化対策」の看板が掲げられていた。

円卓を囲む出席者たちは、みな一様に白髪の老人ばかりだった。

議長が、重々しく口を開いた。

「えー、本日も、わが国の未来について真剣に検討したい。我々の最終的なゴールについてだ」

一人の老人が手を挙げた。

「トキやパンダのように、最後の一人には名前をつけ、特別なケージで保護すべきではないか」

「異議なし。その個体こそが、我が国の歴史の結晶なのだから」

「血統書も発行しましょう。もっとも純粋な、最後の日本人として」

出席者たちは、深く、深く、満足そうにうなずいた。

この調子でいけば、数百年後には、ついに「最後の一人」という究極の希少価値に到達できるはずだった。

それこそが、あらゆる社会問題から解放された、もっとも平和で、もっとも管理の行き届いた、完璧な「標本国家」の姿に違いなかった。

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